第20話
イタチに追いかけられてから三日たった。あれからも町に入り情報を集めているが毎回追いかけられている。今日は3回ほど追いかけられた。だんだん追跡の精度が上がっていってるのか?行動パターンを読まれているのかもしれない。
そのせいで情報収集の効率も落ちている。相手が諦めるまでじっとしているべきか。しかし、それではなんとなく負けた気がする。まだ相手はこちらの姿をとらえてはいない。ギリギリまでは躱し続けることにしよう。
いつものように夜明け前に町に入り探索を開始する。大通りは遭遇率が高いが情報が多く得られるのもここだ。慎重に足を進める。午前中は何事もなく調査を進めることが出来た。
向こうが諦めてくれたのか?
あり得ない話ではない。町の中に魔物を放つことを長々とやれるとは思えない。最初、町に入ったときは遭遇する気配もなかった。時間をおいて定期的に行っていることかもしれない。
何者がどのような意図でイタチをけしかけているのかは定かではないがお金がかかったりすることなのだろう。結果が出ないことをいつまでも続けるようなことはしないだろう。
それに俺とは違うネズミを捕まえている可能性もある。それで満足してくれていることを願いたいところだ。いささか都合のいい解釈かもしれないがあり得なくはない。この日は何事もなく調査を終えることが出来た。帰って飯を食って寝よう。
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(別視点)
ルセルがネズミの捕獲にイタチのルルとララを放って3日ほどがたった。あれから毎日、郵便ギルドでの仕事が終わると魔物使いギルドに赴きルルとララから進捗を聞いていた。
(ララの方は問題ないな。農地で外から来る害獣を追い払ったり畑の周辺でマーキングして害獣が近づいてくるのを防ぐ。いつもと変わらない業務だ。)
魔物使いの方からは魔物に明確なイメージを伝えてかなり詳細な指示を出すことが出来る。しかし、魔物は言語を話すものではない。魔物側から伝わるイメージはなんとなくのぼんやりしたイメージである。あいまいなイメージから同時に伝わってくる感情や直接の身振りなどの情報を合わせて的確に情報を推察していく能力も魔物使いとして重要なものだ。
(ルルの方は相手の存在を認識できているようだが逃げられているようだ。悔しい。残念だ。イラつくといった感情がある。このまま続けると鬱憤が溜まってしまうか?いや、途中でやめると不満になるともいえるな。)
ルセルは使役する魔物の心理状態に気を配りつつこれからどうすべきかを考える。そもそも依頼を受けたわけでもない。金銭的にはギルドにとってなんら得にはならないものである。前回の依頼の延長という名目ならもう十分とも言える。自分自身の興味もあったが続ける理由としては薄い。
しかし、ルルとララにとってはいい運動になり得る。定期的に指示を出してねぎらいのご褒美をあげるのも必要なことではある。それももう十分と言えば十分か。後はルルの意思次第だと思う。
様子をうかがう。やる気はまだまだありそうだ。途中で止めてもかえって不満が募るかもしれない。ルセルはいろいろ考慮した結果2匹に指示を出す。
《ルル、ララ。明日はお休みにしよう。》
《明日、仕掛けを作る。》
《ルル。お休みしたら仕掛けを使って獲物を捕獲しよう。》
2匹はまた右前足を上げてキュッ!と返事をして了解の意を表す。
次の日、ルセルは宣言通りに仕掛け作りを実行する。郵便ギルドの仕事もちょうど休みであった。大工のブランドのところに行き木材や釘をもらい道具も借りる。ブランドから助言をもらいながらそこそこのできと自負するものができた。完成した仕掛けを見ながら考える。
(普通に考えれば町の中でラピエ・ラタスがドル・アシュトラから逃げ切れるとも思えない。ネズミ系の魔物ではないのか?それとも新種?誰かが飼っているものだろうか?だとしたら殺すのはまずいか。許可なく飼うことは違法だがそれでも殺さないにこしたことはない。)
ルセルはネズミなどの害獣を仕事で駆除しているが殺すことを良しとしているわけではなかった。種類が違うとはいえ同じネズミ系の魔物を使役している身としてはネズミの魔物を駆除することに抵抗がないわけでもない。可能な限り寄せ付けないように対策をとることが魔物使いギルドとしても推奨されている。
思考を巡らせた結果、ルセルはルルには殺さないように厳命しようと思った。この仕掛けとルルならば難しくないと根拠はないが信じている。たまたま選んだ仕事だがテイマーとしての自負があった。
仕掛けは出来たので町役場に行き設置の許可をもらう。魔物使いギルドの信用があれば許可をもらうのはそう難しいことではない。魔物使いギルドに駆除の依頼をだすのは町役場の窓口である。対応にあたったのは顔見知りであった。
あっさりと許可が下りたので仕掛けに行く。仕掛けた後、農業ギルドや倉庫ギルドによって害獣被害がないか確認する。特に被害はないとのことだった。これが成功しても失敗しても最後にしようと思った。
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さて、今日も町で情報収集をしよう。人が活動し出す時を見計らってそれより早く大通りを目指す。道中に人がいればこっそりと後をつけて会話でもしないかと期待する。昨日はイタチに追いかけられなかったのでなんとなく気が楽だ。気を抜いているつもりはないが危機というものはそんなことはお構いなしに訪れるものだ。
そんなことを考えていると突然、胸騒ぎに襲われる。ヤツが近くにいる。まだ諦めていなかったようだ。ヤツから距離を取るように移動する。移動した先でまた気配を感じる。
!? どういうことだ? 一瞬で移動した?
恐ろしいスピードで回り込まれたように感じる。それからさらに逃げるように移動。その先で今度はヤツとは別のにおいをとらえる。
もう1匹いたのか!?
俺はさらにその気配から逃げるように移動。また回り込まれた。その後も気配から逃げるように路地や通りを駆け回るがそのたびに2匹のどちらかに回り込まれて進路変更を余儀なくさせられる。おかしい。いくら2匹がかりでこちらを追いかけるにせよ移動が速すぎる。連携が巧みすぎる。
これは、罠か。
どうやらイタチを操る何者かが自ら動き出したらしい。こちらの行動パターンを読んで動きを制限し追い込んでいく算段か。相手の意図には気づいたがどうやら少々遅かったらしい。今いる路地は幅60センチメートルぐらいで目の前には背の高い木の壁が立ち塞がっている。見覚えがない。最近設置されたものだろう。両サイドはコンクリートっぽいつるつるした固い壁。ここが終着点らしい。まんまと罠にはまったようだ。目の前の木の壁は上れなくはないがそんなことはさせてくれないだろう。
後ろで濃厚な気配がする。振り返るとそこには小さめの木の箱が積み上げられていて一番下の箱からキャットドアをくぐる猫のようにイタチが顔を出している。
おはようございます。はじめまして?
直接顔をつきあわせるのは今が初めてだ。距離にして2メートルほど。完全に相手の間合いだ。敗因はなんだろうか?ネズミの優秀な嗅覚に頼りすぎたのだろう。ネズミの本能に引っ張られていたことに気づけなかった。ネズミの脳がパニックを起こしていたのかもしれない。冷静に思考していれば途中で屋根の上に逃げる手段を取れていたかもしれない。まあ、今更考えても仕方がない。
こちらが考え事をしているうちにイタチはその全身を現す。体長は尻尾を除いて50センチメートルぐらいか。体格差は歴然。フィジカルでは圧倒的に向こうが上。こちらがこの状況を切り抜けるには魔法が鍵になる。
だがあまり派手にやりすぎると周囲の人間に気づかれることになる。イタチを殺してしまうのもまずい。危険な魔物が町に入り込んだとなれば大規模な調査が行われるかもしれない。そうなればこちらは当分の間活動できなくなる。だいぶハードルが高いな。だがやるしかない。
目の前の相手はこちらに興味津々といった感じだろうか。敵意はあまり感じられない。ずいぶんと余裕を見せつけてくれるじゃないか。こちらから仕掛かけるとしよう。
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(別視点)
ルルが捕獲対象と接触した日の前日。ルセルは朝から魔物使いギルドに来ていた。ポーラがいつものようにカウンターに座っている。
「おはよう。ポーラ。」
「おはようございます。ルセルさん。今日は休みではなかったですか?」
「休みだったけどちょっとやりたいことがあってな。」
ルルとララに会い、指示を伝える。
《ルルはこの青い瓶におしっこをして。1回でいい。》
《ララはこの赤い瓶におしっこをして。1回でいい。》
指示を出し終わったので2匹と少し遊んだ後、仕掛けを作成しに行った。作成が終わるとまたギルドに戻る。2匹に渡した瓶を確認すると確かに1回分とおもわれる尿がたまっていた。ポーラがそれを見て疑問を口にする。
「今朝ルルとララに渡していた瓶ですよね。それにおしっこをしてましたけど何に使うんですか?」
「これを薄めてネズミが通りそうなところに撒くんだ。人間にはにおいを感じないくらい薄めるけどネズミにはしっかりと感じ取れる。本能的にイタチのにおいを避けるからネズミの行動を操ることができるんだ。」
「ネズミ駆除に使うんですか。ああ、この前話していた変わったネズミの件ですね。解決しそうですか?」
「それはわからないな。でも結果はどうであれこれで最後にするつもりだ。あまり関わってもいられない。」
ルセルはギルドから町の詳細な地図を持ち出して詳細に状況を確認する。相手はよほど自信家なのか痕跡をいくつも残している。迂闊なだけかとも思ったがそれにしてはルルが捕えきれないことに違和感がある。
(こちらをおちょくっているのか?ルルがいら立つわけだ。)
いままでの対象の行動パターンを考えながら仕掛けを設置し、霧吹きで薄めた尿を路地に撒いていく。やがて作業がすべて終わると人気のない路地裏で独り言をつぶやいた。
「あとはルル次第だな。」
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俺はビー玉サイズの水弾を3個作り出して時間差をつけて発射する。イタチは完全に予想してなかったようでぎょっとした表情で硬直する。そして顔面にすべて着弾する。水が目や鼻にに入ったのが嫌だったのか、目を閉じて頭を振ったり手で顔をぬぐったりする。
そのすきに横を駆け抜ける。ネズミの小さな魔石で出来る身体強化をフルに使い、土魔法で地面との摩擦を制御した最高スピードだ。多少は距離を開けたようだがイタチはすぐに立て直して追跡を開始したようだ。後ろから足音が迫る。
トップスピードは向こうが上か。こっちは土魔法まで使っているのにな。だが俺の土魔法を侮ってもらっては困る。摩擦のコントロールはカーブでこそ威力を発揮する。丁字路を曲がる直前にアウトコースに体を振り直進すると見せかけインコースに急角度で入る。曲がった後、壁ギリギリのアウトコースまで膨らむがそこで耐えて走り抜ける。ほぼ直角に近いカーブもきれいに曲がれる。
少しは稼げるか?
しかし、壁を走る音が聞こえる。すぐに地面を走る音に変わったが音の感覚からすると先ほどとあまり距離は変わっていないようだ。どうやら曲がりきれないと考え壁走りを選択したようだ。カーブでもアドバンテージを取れないのか。相手のフィジカルはこちらの想像より上らしい。
どうする?魔法を使うか?
しかし、安易に魔法を使って躱されると手の内をさらすだけになりそうな気がする。考えがまとまらないまま十字路に近づいていく。
今度は先ほどと同じ要領で左に曲がる。曲がりながら亜空間から砂を取りだし十字路の中央に撒いていく。砂で足が滑れば曲がることは出来まい。
期待を込めて後ろをちらっと振り返る。見えたのは砂に足を取られて直進を余儀なくされた姿ではなかった。砂を避けるために空中に飛び上がり、体をひねりながら体勢を整え壁に着地。そのまま壁を駆けてこちらに向かってくる。
くそっ!なかなかやるじゃないか。
もうなりふり構っていられないか。しかし、どうやら行き止まりを引いてしまったらしい。向かう先には壁が待ち受けている。壁がどんどん迫ってくる。俺は逆に壁に向かってさらにスピードを上げる。
後、1メートル。すかさず亜空間から水を出し水球を作り出す。地面から少し跳んで水球を四つ足で正面に抱え込む。魔力を注ぎ水球ををゴムのように弾む堅さに調整。勢いそのままに地面と壁が作り出す直角に水球をねじ込むようにたたきつける。グニュッ!そういう音が聞こえてきそうに壁と地面に押し当てられた水球が形を歪めていく。
このまま壁を越えてやる。
水球はゴムまりのように弾み、俺を空中に放り投げていた。塀を超えてその向こうが見える。俺はこのまま逃げ切れると確信していた。
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