邂逅
僕とシリウスが知り合ったのはお互いに十歳の時、学園の入学式が終わってクラスへと案内された時だった。
僕の性格というか人格はその時にはもう大体確立されていた。だからその頃から騒ぐようなタイプでも無ければ積極的に友人を作りにいくような社交的なタイプでもなかった。ただ魔法の勉強が出来るということには浮かれていたように思うし、自分以外の魔法の素質を持っている人間に会えるのも楽しみにしていた。
けれど教室に足を踏み入れて一番に思ったのは「なんだこのうるさい奴は」だった。
「すっげーー! 教室すげえ広い! てかみんなマジで魔法使えんの? 火とか出せる? 俺は火と雷とあとなんか色々得意!」
何故か椅子に座るのではなく立っていて、そして星でも入ってるのかと思う程キラキラとした金の目をこれ以上ないくらいかっ開いた短い黒髪の男が僕を見た。
「うわ! お前すっげえキラキラしてる!」
「は?」
これが僕とシリウスの出会いだ。
僕は正直自分の才能に驕っていた。生まれは田舎で人口も少なく娯楽も少ない。そんな閉鎖的な町で生まれた僕は自分で言うのもなんだが神童扱いされていた。僕は基本的に苦手なものがそんなに無い。やろうと思えばどんなことだってそつなくこなせるし勉強も運動も得意だ。
それに加えて僕は魔力測定以前から既に魔法が使えていたし、その力も田舎の町でいえば規格外レベルだった。町長曰くその町始まって以来の魔法の才能を僕は持っているらしかったし、それを疑いもしなかった。
魔力測定の時だってそうだ。国からやってきた測定員は僕の魔力量を水晶で見た時確実に驚いていたし「これは素晴らしい」と褒めてまでいた。
調子に乗るなと言う方が無理な話だ。
僕は非常に調子に乗っていた。大体の事はパッと出来てしまう器用さも仇になった。だから僕は勘違いしてしまったのだ。
自分は選ばれし天才なのだと。
「一番大きな火球が作れたのはルーヴ君でした。皆さんも頑張りましょうね」
「いいかお前達、魔法使いは体力も必要だ。案外肉弾戦も多いからな。だからお前達もルーヴを見習って体を鍛えていくように!」
「今回の攻撃魔法の応用テスト、実技の部門の最優秀はシリウス・ルーヴ君でした。みんな彼に拍手を」
本物の天才というのは他を圧倒するのだと、その時痛感した。
僕が考え付かなかった方法で課題をクリアし、僕が試行錯誤してようやく手に入れた技術をそいつは一回見ただけで覚えて披露して見せた。他にも上げたらキリがない程そいつは圧倒的で、でもそれをそいつはすごい事だなんて一欠片も思っていなかった。
「んー、なぁんか違うんだよなー。俺の親父とかはさ、もっとバーンって感じなんだよ。多分魔力込める速度が違うんだけど、どうやったら速度上げられるかがわかんねー。なあなあお前そういうの得意じゃん。わかったりする?」
どんな授業でも試験でも、座学意外なら全てにおいて僕より先を行く男の問いかけに苛立ってしょうがなかった。
その苛立ちはシリウスに対してじゃない。
自分は天才だと勘違いしていた自分があまりに恥ずかしくて腹が立ったんだ。
そう頭では理解していても感情が付いていかない。その頃の僕はあまりに子供で、生まれて初めて対峙する自分よりも圧倒的上位の生物の存在に心が掻き乱されていた。
できないのは自分の責任なのにシリウスを羨むことが増えていった。ほとんど妬みといってもいい。
魔法に精通した親がいるから。都会に生まれて幼い頃から己の才覚を高め合える環境があったから。その環境に生まれた時点でお前は幸運だったんだ。だけど僕はそうじゃない。
町よりも村と呼んだほうがいいくらいの田舎の出身で、周りに魔法を使える人なんていなくて、学べるような場所も機会もなくて、それに田舎だから両親の仕事の手伝いだってたくさんしていた。
僕はお前より悪い環境にいた。お前は環境に恵まれただけ。
環境さえ整っていれば、僕は絶対にお前より優れていた。
「イイ御身分だな、お前」
そんな僻みが声に出たのは入学して半年程経った頃。
生まれて初めて感じる劣等感に僕の心は荒み切っていた。
何をしても座学以外は一番になれない。けれど次点の座だって睡眠時間を削って勉強をして対策をしていつもギリギリまで残って練習をしてようやく維持している位置だ。
この学園には、クラスには、才能が溢れている。気を抜けば抜かれてしまう。
だから僕はどんなことも妥協する訳には行かなかった。それなのに、シリウス・ルーヴは授業中には寝るし宿題は忘れて来るし、実技だって手順を飛ばして結果で力を見せつけて来る。
そんな傍若無人ぶりが耐えられなくて、思わず声に出してしまった。
「……?」
肉食獣みたいな大きくて丸い目が僕を捉えた。
だけどそいつは何も言わず、むしろ難しそうな顔をして首を傾げた。
「……それ、どういう意味だ…?」
「………は?」
眉間に皺を寄せ唇をもにょもにょさせながら心底わからないという顔をしたシリウスに、僕はとんでもない表情を浮かべていたと思う。何故なら僕を見たシリウスがいつも以上に目を見開いて怯えていたからだ。
「確かに俺は親父が騎士団の団長だし、母さんは貴族だしでその間に生まれてる俺はいい身分に当たると思う。むしろそれが客観的に見た俺のステータス? になるんだと思う。それはお前も知ってるのに、なんで今更そんなわかり切ったこと言ってくるんだ…?」
「……お前がとんでもなく大事に育てられたのがわかったよ、今ので」
天才には嫌味すら通じないのだと、僕は十歳にして悟った。
だから当時の僕はこう考えた。
もうこいつの言葉や行動で苛つくのはやめよう。盗めるところは盗んで、それでもう関わらなければ良い。成績上二人一組の時は仕方がないにせよ、それ以外はなるべく関わらない。そうすれば僕の精神は安定するし、きっと様々な物事の効率が上がる。
うん、名案だと思った。
思ったのに。
「なあなあスタクー、ここの魔法効果について教えてー」
「スタクう! 本当にお願いだから俺の勉強一緒に見て! スタクがいないと俺座学やばいの! 本当にやばいの! 赤点取っちゃう! 親父と母さんとにいちゃん達にボコボコにされちゃう!」
「ねーねー、思ったんだけど苗字呼びって窮屈じゃね? 今日から名前で呼ぶな」
「アルー! うわあ暴力反対‼︎」
シリウスは雛鳥の如く僕の後ろを付いて回った。
何度さりげなく距離を取ろうとしても流星のような速さで僕の隣にいるし、どうしても授業では首席と次点だからかセットで扱われるし、一度だけ勉強を見たのがいけなかったのかテスト期間になると馬鹿が無理矢理僕を捕まえて来るようになった。
「──どうして実技で出来てることがテストになると出来ないんだよ! お前僕より上手いだろ魔法効果の組み合わせ!」
「だ、だって」
「はあ⁉︎」
「だっていっつも感覚でやってんだもん! それを急に文章にしろとか無理だって! そもそも俺考えながら魔法使ってねえもん!」
「はあああ?」
天才やっぱりムカつく。
どうやら僕は天才に懐かれてしまったようで、どう足掻いても距離が取れない状況になってしまった。
シリウスは成績こそ優秀だが性格は非常に短絡的で無鉄砲で直情的。テンションの差が激しくパフォーマンスを一定に保つのも本人曰く非常に難しいらしい。
それに引き換え僕は常に安定した結果を出せる。馬鹿につられなければ感情で魔法の精度を落とすことなんてまず有り得ないし、頭から理解して入るタイプだからか勉強も問題はない。何をするにしても慎重で準備をするのが僕だ。
この正反対な僕たちをどうやら教師陣は買ってくれているらしかった。主にシリウスの世話に対してだったが。
十歳そこらの子供が大人の策略に勝てるはずもなく、僕はいつの間にかシリウスの世話係としての地位が学園内で確立していた。そうなってしまうとシリウスに抱いていた苛立ちや劣等感は感じている暇がなかった。
何故か。シリウスが好き放題やるからである。
「お前、本当にふざけるなよ!」
「わざとじゃない! わざとじゃないんだってば!」
ある時は一度も練習したことのない魔法を使い演習場の壁を抉り、ある時は思いつきで放った魔法が学園の窓を破壊した。またある時は武術の演習でテンションが上がり過ぎて魔法で身体強化して僕と組手をした。あの時ばかりは本当に殺してやろうかと思った。
魔力測定の時点で適性を見抜かれ、そして振り分けられたクラスは卒業になるまで変わらない。そして学園には寮があって、一年目の途中からは強制的に僕はシリウスと同室になった。
魔力測定は適性を見抜く。だからその適性が最も伸びるクラスに振り分けられ、実力を伸ばしていく。つまり一点集中型の教育だ。
だから自ずと就職先も限られる。そうわかっていた僕はある程度覚悟はしていた。
「これからもよろしくなアル!」
「全力でよろしくしたくない」
「そんなこと言ってもお前は俺のとこだから諦めたほうが良くない?」
「誰のせいでそうなったと思ってるんだ」
教師の口から出た就職先、その土地、そして読み上げられた名前。
ああ、何が悲しくて大人になってまでこの馬鹿のお守りをしないといけなんだって僕は頭を抱えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます