【BL】星に焦がれて

白(しろ)

一章 僕の話

天才と秀才

 目の前にいる男は、本当に僕が八年間も一緒に過ごした男なのだろうか。

 優しげな目が、切なげな光を灯して揺れている。それなのに表情は酷く甘くて、見ているだけで胸焼けがしそうだった。

 その顔で、目で見られるのが僕は苦手だった。どうしたらいいかわからなくなるから。


「…お、前…いつから…?」


 縫い付けられたみたいに頑なだった唇を無理矢理開けて出した情けないくらい掠れた僕の声に、男の口角が上がる。


「最初からだよ。初めて見た時から、俺はお前のことが好きだった」




────




 努力したことが報われないなんて当然で、それが当たり前なんだと思っている。きっと努力という曖昧なものにも乗るべきレールがあって、それに正しく最後まで乗り続けることが出来た人たちだけが本当の明るい場所で笑っている。

 正しいというのは、家柄とか才能とか、そういうものが全て備わった状態。


 環境が整えられた人たちしかきっとそのステージに登れない。そんなことないって必死に努力している人たちを数え切れない程見て来たけど、誰もが本物の眩しさに焼かれて一人また一人とレールから外れていく。


 でもそのレールだけが絶対だなんてことはない。


 一段下、もしくは少し逸れた道、太陽の真正面を走っている訳ではないけれどそれでも十分明るい道を走る人たちもいる。

 圧倒的な才能と文句無い環境、それを支えるなんて言葉は気に食わないけれど、多分これが一番適当。

 光が強ければ強いほど闇が濃くなるように、闇が深ければ光は一際良く目立つ。

 僕は、そういうポジションだ。


「止め‼︎」


 低く鋭い声が空気を裂くのと、背中が地面に叩き付けられるのは同時だった。

 肺にあった酸素が圧縮された様な苦しさに呻く暇もなく顔の横に突き立てられた模造刀。刃は潰されているけれど本気で斬りかかられたら骨が折れるくらいには頑丈な物だ。


「ダイジョーブ? 立てそ?」


 僕の視界に見えるのは真上から照らす太陽と腹が立つくらい青い空、短い意思の固そうな黒髪、それと服も顔もぼろぼろな僕とは違い息一つ乱していない大きな金色の目をぱちぱちと瞬きさせている男。


「…立てる。だから早く退け」

「あ、そう? 結構本気でやっちゃったから怪我とかさせたかなって思ったけどやっぱさすがだなーお前」

「……嫌味か」

「ん? なんか言ったか?」

「言ってない。近い。退けって言っただろ」


 こっちは本気で挑んだというのに、この男はそうじゃない。

 僕はこの男を負かしたくて今日の実技訓練があると分かった時から対こいつ用に何通りも策を練って来た。火力勝負になった場合、こちらが用意した策に少しでもこいつが引っ掛かった場合、そもそも最初から全力でなかった場合。ありとあらゆるパターンを想定し、準備も間違いなくしてきた筈なのに結果は惨敗だ。


 繰り出される攻撃と技の直撃を避けるのが精一杯で、こっちが出したカウンターなんて表情一つ変えずに対処される。否、表情は結構変わっていた。楽しい、そんな感情が全面に出ていたなと思う。

 だが、それもまた腹が立つ。


「スタク、よくやった。ルーヴは言わずもがなだな。お前らもこの二人を見習って精進しろ」


 軽い動きで退いた男、シリウス・ルーヴとは対照的に僕は魔力切れを起こし掛けている重たい体に鞭打って、片手に持った模造刀を支えに立ち上がる。地面に両足を着いた途端感じるのは重力だ。鉛か何かかと大真面目に考えてしまう程今の僕には自分の体重すら苦痛だ。

 細く息を吐きながら剣を鞘に納め、なんとなく空を見上げたら少し目が眩んだ。


「ふらふらだなー。抱っこしてやろうか?」

「殺すぞ」


 親指と人差し指で目頭を押さえていれば聞こえた呑気な声にこれ以上ない程の低く温度の無い声で返すと、隣にいる男は目が潰れそうな程明るい顔と声でこう言って退けた。


「俺負けないから大丈夫!」

「……」


 こめかみに青筋が浮かぶ。

 己の勝利を確信しているというより、それ以外の選択肢なんて最初からないだろう? と言わんばかりの顔に惨敗した悔しさも相まって殺意すら湧く。咄嗟に腰に差したままの杖に手を伸ばした僕はきっと何も悪くない筈だ。


「そこまでだ。一発でも魔法を使ったら俺がお前を抱えて医務室に行ってやろう」

「心から遠慮します」


 ただでさえ負けて無様な姿を晒しているのに、これ以上醜態を重ねる訳にはいかない。杖から手を離し、僕は大人しく演習場の中心から離れた。



 紫の国、国境沿いのネヴュラ領その兵士訓練場に僕達はいる。

 兵士訓練場と言ってもここには王立の学園を出た者しかおらず、それなりの年数寝食を共にして来た顔ぶればかりが揃っているからか「場所が変わっただけだな」という感想しかない。


 十歳になると国全体で行われる魔力測定。そこで一ミリでも魔力があると判断された子供は強制的に王立の学園に入学させられる。そこで其々の魔力に合った勉強をし続けて、十八になったら卒業。そして卒業と同時に就職が決まるのである。

 今ここにいる連中はとにかく「攻撃が得意」な奴らばかりだ。というか純粋に戦闘能力が高い人間しかこの場所には配属されない。ここは国境、つまり外から攻め入られた時の最前線になる。


 国防の一端を担うという重責に僕はほんの少し気後れした事もあったけれど、ここに配属されるやつらは総じて脳味噌が筋肉で出来ているらしくて戦いの最前線にいられる自分を主人に会えた犬のように喜んでいた。

 そんな姿を見て繊細な心を持っている僕はとても引いた。けれどそれと同時にそんな風に背負う必要も無いのだなと肩の荷が降りたような気もした。

 ここにいる連中は先輩方も含めて血の気の多い人が大半だ。だから僕みたいなタイプは珍しがられる。


 何度も言うがここには脳筋が集まる。攻撃は最大の防御を地でいくような奴らばかりだ。だけど僕は違う。

 僕は最大限敵や地形の情報を集めて、最小限の労力で戦いを終わらせる事に注力している。多少戦いが長引こうがなんだろうが確実な勝ちをもぎ取るためなら僕は大抵の努力も行為も惜しまない。必要ならある程度の事はする。

 こういうタイプが、この辺境の地にはほとんど存在しないのだ。


「うおおおおい! もっと肉食わねえとでっかくならねえぞおお!」

「肉以外にもちゃんと食えよバカがよお!」

「飯食ったらまた特訓だぞてめえらあ! シリウスとアルデバランには負けられねえええ!」

「飯食ったら走り込み百本だこらああああ!」

「おおおおおお!」


 食事とは本来静かに行われるべき行為である。

 そんなマナーはとうの昔にドブに捨てた。

 ここは動物園だ。否、先輩方とも食事を取るのだから多少は静かなのではと期待した時もあったしそうであれとも祈っていた。だがしかし現実とは残酷である。


「キングボアの野菜炒めできたわよ男たちいいい!」

「うおおおおおお!」


 もはや雄叫び。

 厨房から聞こえたやけに野太いシェフの声に反応した脳筋達が新たな肉の登場に歓喜の猿叫を上げた。そこには同期以外の顔も混ざっている。つまり先輩方だ。


「アル! キングボアだって! 食うだろ? 取って来るな!」


 僕の隣に座っている男も漏れなく脳筋だ。そして僕は既に腹八分目である。

 午後からの鍛錬も考えるともう食べるつもりも無いが、発言するだけ無駄だということを僕は知っている。何故なら話しかけて来た馬鹿は既に厨房の方へと向かっていたからだ。きっと数分もしなうちに山盛りの野菜炒めを皿に盛ってくるのだろうと考え、無理矢理食わされる前に僕は食器を片付けた。

 そのまま食堂を出ようとしたが、


「アルー⁉︎ なあなあアル知らねえ? さっきまで居たんだけど」

「呼ばれてるぞ、スタク」

「チッ」


 脳筋集団の中にもごく僅かだが静かな人間は存在する。

 その希少種である先輩に扉の前で捕まった僕は素直に舌打ちをした。肩を震わせて笑う先輩に冷えた視線を向けた後渋々意識を声のする方に向けると、灼けつく様な目に捕まった。


「いた! アル、こっちおいで」


 太陽のような強い視線に目が眩む。

 眩しくて仕方がなくて眉間に皺を寄せながら僕は足を一歩ざわめきの中へと踏み出した。


「人を犬猫みたいに呼ぶな」

「わはは! ごめん!」


 そんなことを言ってもシリウスは僕を手招いて呼ぶし、側に行ったら行ったで頭を撫でられる。その手を思い切り叩き落としてさっきまで座っていた席に腰を下ろすとシリウスもすぐに座った。


「……お前今からそれを食うのか」


 テーブルに置かれているのは皿の容量ギリギリにまで盛られた野菜炒め。野菜、とは名ばかりでほとんどが肉で構成されている。なんなら焼肉の野菜添えの方がしっくりくる。


「え、そだよ。 ていうかアルはもう食わねーの?」

「十分食べた」

「そんなんだからパワー勝負でいつも俺に負けるんじゃん?」

「よし、先に戻る」

「ごめんごめんごめん」


 謝るから行かないでと言いながらもそいつは肉を頬張っている。食いながら謝罪なんて器用だなと思いながら僕はテーブルに肘をついて手の甲に顎を乗せた。


「食べながら喋るな、阿保」


 僕がもうここから動かないとわかったシリウスは嬉しそうに目を細めて無言で、けれどもすごい早さで食事を進めていく。相変わらず食堂は騒がしいけれど、少しだけ静かに感じるのはいつもは小鳥の如く喋るこの男が無言のせいだろう。

 僕は細く息を吐いて視線を逸らした。

 やっぱり僕はこの男、シリウス・ルーヴが嫌いだ。

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