第22話 "慈愛教皇"

「う、ぉおおお!?」

「耳元で叫ぶな! 舌噛むわよ!」


 柳のところへ三人を預けた二人は、夜が明けないうちに茜のいる病院へと向かうことにした。

 とはいえ、バスはもう出ていないし、タクシーを呼ぶのも手間がかかる。歩いて行こうにも、イスカの身体は限界に近い。


「私がイスカを抱えて思い切り走る」

「マジかよ」


 ということで、二人が出した最速で病院へ辿り着くための結論がこれである。


「ちょっ、怖い! 普通に怖い!」

「うっさいわね! 心配しなくても落とさないし落ちないわよ!」

「だからってこんなぴょんぴょん跳ねる必要ないだろ!?」

「律儀に道走るよりこっちの方が早いのよ!」

「バケモンがよお!」


 深夜、というよりもう明け方に叫んでいることについては心配しなくても良い。防音程度なら、今のイスカでも余裕である。

 と、そんな絶叫アトラクションを行うこと五分。

 二人はあっという間に病院へと辿り着いた。


「くっ……お前に移動頼むのはこれっきりにする」

「根性なしー」

「うるせえ! 紐なしバンジーより怖かったぞマジで」

「いや紐なしバンジー??? 何で生き……まあ死ぬようなもんでもないか」

「普通に死ぬわ。それより、ソラノさんの病室はどこだ?」

「えっと確か、ICUってところ?」

「集中治療室……まあそりゃあそうか」


 病院の鍵は閉められていたが、その程度で魔術師、特にイスカを止めるのは無理だ。本気で阻止するなら、最低でも電子式がいる。

 あっさりと裏口から侵入し、認識阻害の術式を使う。少し消費は嵩むが、美琴を隠すためには自分の周囲の空間を指定しなければならない。


「案内頼む」

「確か……あっち」


 幸い、看護師や医師とすれ違うこともなく、深夜の静まり返った病院を、二人は進んでいく。そして、特に迷うようなこともなく、あっさりとその場所は見つかった。


「すみませんが、ちょっと寝てて下さい」


 容態が急変した時のために常駐している医師を、気付かれることもなく眠らせ、二人は。

 イスカは、彼女の元へと辿り着いた。


「――――」


 人工呼吸器を着ける彼女からは、本来の溌剌さを感じ取ることはできない。

 術式を用いて調べてみたところ、呪詛の類が込められている気配はなく、一先ず命に別状はないように思える。流石は現代の科学医療だと言えるだろう。

 だが、このままの治療を続けた場合、今回の傷跡は消えずに残るだろうことが、イスカには分かった。


「――良かった」

「……イスカ?」

「あの時、諦めなくて。ここに来るのが間に合って」


 イスカはポーチから一つの宝石を取り出した。

 それはブラッドストーンと呼ばれる、癒しを与える石。過酷な戦闘の中で、これだけは残さねばならぬと死守した、残りたった一つの貴重な宝石。

 これを使えば、イスカが持つ宝石はただの一つも残らない。文字通り最後の貯金だ。


『"主より賜るは慈悲"、"母より与えられるは癒し"』


 その宝石を、イスカは躊躇うことなく砕いた。


『"父たる第五番"、"慈愛教皇"』


 空野茜の全身が、柔らかな光に包まれる。


 それは、癒しの魔術。人を癒すという、原初の奇跡に限りなく近い、魔法へ至る一つの解法である。

 イスカの使うそれは、奇跡や魔法にはほんの少しも届かない。それでも確かに、これは奇跡の一端なのだ。


「……ふぅ」

「……どうなったの?」

「大丈夫だ。一週間も経てば治る」

「え、今治してよ」

「今治すと傷跡が残る」

「あっ、あー、うー……仕方ないか」

「取り敢えず、死ぬことだけは絶対にない。そこの医者を起こして帰ろう」


 そうして、彼らの長い、永い一日は終わった。

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