第18話 二対一 × 二


『いつつ……"神の慈悲"、"母の癒し"、"五番"』


 ばっさりと斬られた首に手を当て、ブラッドストーンと呼ばれる宝石を砕きながら、イスカは自身に治癒の術式を施した。

 骨を接いだりなど、あまり強い効果の術は使えないが、傷を塞ぐ程度なら十分だ。


『賭けだったが……まあ、何とかなったか』


 誰にでもなく呟き、イスカは先程の愚行について振り返っていた。


 "十六番"は、簡単に言えばその時行ったあらゆる行動を失敗させる効果がある。

 先程であれば、イスカの回避行動を最悪に失敗させ、本来致命傷には至らない攻撃を急所へと導いたのだ。


 斬首とは、古来よりメジャーな処刑方である。以前も言ったが、首とは概念的な急所であり、破壊されることは死を意味する。


 つまるところ、イスカは先程概念的には死んだのだ。


 そこを死刑囚、刑死者を表す吊るされた男、死体を動かす術式を割り当てた"十二番"を起動することで、肉体的にはギリギリ死んでいない自身の身体を術式のコントロール下に置いた。

 とはいえそのまま放っておくと普通に死ぬので、管理や調整の意味を持つ節制、"十四番"の術式を起動し、噴出した血をコントロールすることで血管の循環へと戻した。

 あとは、感覚的にはマリオネットに近い"十二番"をフル稼働し、身体を山へとぶん投げたわけである。


『ちゃんと首に当たったのは幸運だったな』


 計画通りにことは運んだが、"十六番"に反して幸運に恵まれた部分は大きい。

 瞬間的に最大の不幸を生み出す"十六番"なら、まず確実に急所へと導いてくれるとは思っていたが、首に当たったのは幸運という他ない。

 "十二番"は性質上、処刑された者に最も大きな効果を発揮する。心臓を破壊されるよりは、斬首の方が術式の効果は高くなる。

 何よりも、臓器を破壊された場合、治すのは至難の業だ。あるだけの宝石を砕いても、治せるかは五分五分だろう。


『霊力の怠さは……必要経費か』


 左腕を侵す霊力は、血液にも浸透している。

 失血することで少しはマシになったが、大部分をそのまま身体に戻してしまった都合上、全身に薄らと広がってしまった。

 排出自体も早くはなりそうだが、全身が気怠い。とはいえ、この程度であの二人を越えられたのなら安いものだろう。


『あとは、龍脈を……?』


 賭けと仕込みを無駄にしないためにも、弟たちが追いついてくる前にことを済ませなければならない。

 怠さを噛み殺し、足場の悪い山中を進む中。ふと感じた違和感。


『"穴"が……っ!?』


 仕込みを隠す結界が破壊された感覚。

 身体強化の術式を起動し、イスカは駆け出した。




「は、ははははは!!」


 いつか、最近のはずなのに、昔のように感じる、美琴と初めて会ったその場所。


『……最悪だよ』


 美琴に気付かれないよう、龍脈に届かないギリギリまで概念的に掘り進めた穴。

 龍脈に干渉するための、諸々の準備が整った頃に使おうと思い隠していたその穴が、無遠慮に使われていた。


「あ? ここの持ち主、じゃないな。同業か?」


 ヒグマを丸呑みにできそうな大蛇を従える、中年の男。

 男の方を見たことはないが、あの大蛇を形作る術式には見覚えがある。あれは、柳が見せてくれた式神によく似ている、というより殆ど同じだ。ただ。


「……その穴を掘った者だよ。返せ」

「はっ! 悪いな、早い者勝ちだ。ただ、感謝はしておく。器用にやってくれて助かったぜ」


 感じる力は、あのポメラニアンとは比較にもならない。いや、それどころかイスカや弟たちとも。これは、美琴にすら――


『見つけたよ、兄さん! アベル!』

『……あぁ、今度こそ、捕まえよう』


 背後から追いかけてきたのは、先程なんとか出し抜いた弟たち。

 挟まれた。

 危機であると自覚するが……いや、今はもうどうでもいい。

 何故なら、最大の危機が、もうすぐにやって来るからだ。




「霊砲」




 暗い星空から、邪悪を消し去る白線が降り注いだ。


『"八番"!』

「ちっ!」

『なっ!?』

『これは……』


 イスカは身体強化、男は大蛇、カインとアベルは飛び下がることで、それぞれ霊砲をやり過ごした。

 それから一拍遅れて、怪物は悠々と地に降り立った。


「……アンタは後にしてあげる」

「……それはどうも」


 そして、憎々しげにぎろりとイスカを睨んでから、大蛇を従える男に向き直る。


「龍脈に触ったの、アンタよね」

「……そうだが?」

「霊砲」


 必要最低限度の会話を経て、戦闘は始まった。敵手の確認から攻撃へのシームレスな移行。バーサーカーのような女である。


「いきなりかっ!」


 驚きつつも、男の行動は冷静だ。

 式神は自我を持たない、術者の命令にのみ従う機械のような存在だ。しかし自律していないわけではない。命令を遂行するための行動は、式神自身が考え、決めている。

 男が式神に出した命令は、主人である男を守ること。大蛇は忠実に命令を遂行した。とぐろを巻くことで主人を覆い隠し、霊砲を自らの身体で受け止めたのだ。


「ふぅん……」


 本来、その行為には何の意味もない筈だった。

 霊砲の貫通力を持ってすれば、式神の十や二十はちり紙同然。いとも容易く破戒し尽くし、術者の霊力を奪うのに不足はない。だが。


「ははっ……どうした、こんなもんか?」


 大蛇は未だ健在。

 鱗の一つにすら翳りはなく、それに守られていた男も当然に無事だった。信じ難いことに、あの大蛇は霊砲を弾いたのだ。

 ただ、美琴に驚いた様子はあまりない。そもそも、初撃も同じ方法で弾かれていたのもある。

 ただそれ以上に、美琴はそのタネを誰よりも理解していた。


「式神が龍脈に繋がってる……よく維持できるわね」

「こう見えて、技量には自信があんだよ」


 大蛇と龍脈が繋がっている。それはつまり、美琴と同じになったということだ。

 大蛇の鱗の一つ一つから放たれる、膨大な霊力。美琴と同質、同等の力であるが故に、霊砲を弾くことができた。


 普通、龍脈と繋がることはできない。

 龍脈と繋がるというのは、即ち土地そのものと繋がるということ。誇張した言い方をすれば、星そのものと繋がることに等しい。

 迂闊にそんなことをすれば、力に耐え切れずに身体が弾け飛ぶ。式神だろうと例外ではなく、最悪は術者との繋がりを辿り、まとめて爆死しかねない。


「お前に、俺のオロチを倒せるか?」

「そんな挑発しなくても、とっくの昔に喧嘩は買ってあげたわよ。来なさい。そのデカブツ、財布にしてあげる」




 超スケールのとんでもないドンパチが始まったその横で、部外者たちもまた、不穏な空気を漂わせていた。


『……邪魔は入りましたが、今度こそ決着を着けましょうか、兄上』

『お前等……この状況でまだ戦る気か?』


 いつ霊砲が流れ弾として飛んでくるか分からない、文字通りの死地である。龍脈も、あの大蛇が繋がっている所為で荒れに荒れている。この状況では使えない。


 要は、勝ち筋がないわけだ。


 陰陽師たちを含めた乱戦にでもなれば、単純な二対一よりは勝てそうだが、どうせ美琴は死なないだろうから、生き残れても一対一で擦り潰される。

 美琴の霊力の所為で身体も怠く、魔力もカツカツ。失血もあって貧血気味と、体調不良のオンパレードだ。ぶっちゃけてしまえばやる気がしない。


『後日にしないか? 日程は後で擦り合わせよう』

『申し訳ありませんがお断りします。僕らも忙しいんですよ』

『……カインも同じ意見か?』

『……そうだね。アベルもやる気みたいだし、向こうの決着が着く前に済ませよう』

『はあ……勘弁してくれ』


 弱音を吐きつつも、イスカの身体は澱みなく魔術を準備する。

 そして、おそらく最後の激突が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る