第14話 休日の学生達

 定説によれば、田舎の強さはショッピングモールの大きさと比例するわけだが、その点で見た時、彼らの住む街は最弱に分類される。


 何故なら、そもそもそんなものが存在しないからだ。


 とはいえ、それは決して悪いことばかりではない。若者にとっては退屈を埋める場所が欠如しているということに他ならないが、商店街を食い潰す怪物が到来していないというのは、ある意味では幸せなことだ。

 それに、近代化には神秘を薄めるという特性がある。この地の龍脈が強い力を持っているのにも、田舎という要素が関わっているのは確かだろう。

 それは、イスカたち術師にとっては都合が良いことだ。


 さて、そんな田舎といえども、娯楽施設は皆無ではない。

 全てを網羅する総合施設が存在しないだけで、単体としてみればカラオケやボーリング、ゲームセンターに映画館など、一通りの遊び場はある。

 全体的な設備そのものは古く、都会にあるような最新施設は望めず、住宅街から向かおうと思うと、バスか自家用車が必要になるのは玉に瑕だ。

 しかしそれでも他を知らず、ここで暮らす若者にとっては充分だった。


「っあー! また落ちた、ちょっとアーム弱過ぎない!?」


 金を食らう魔物こと、UFOキャッチャーに硬貨を呑まれ続ける美琴を見れば、それは一目で理解できるだろう。

 置き場に困りそうなクマのぬいぐるみへ果敢に挑む美琴を見ながら、イスカと茜はこそこそと話す。


「いやあ……普段遊ばないにしても下手っぴだね」

「そうですね。同じ失敗を繰り返しても成長しない辺り、らしいと言えばらしいような気もしますが」

「あー、ちょっと分かる」

「聞こえてるわよ! くっ……言いたい放題言って!」


 自分の身体を動かすことについては、美琴は唯一抜きん出て並ぶものなしである。

 しかし反面、機械やゲームのように、コントローラー等を通して何かを動かすのは致命的に不得手だった。


「そこまで言うならイスカがやってみなさいよ!」

「俺が? やったことないんだけど」

「はっ、ビビってんの?」

「よっし場所代われ。不器用との格の違いを見せてやる」


 まんまと挑発に乗ったイスカが、美琴に代わって魔物の前に立つ。既に両替を済ませていた百円玉を投入し、アームを動かしていく。

 目標は言うまでもなく、美琴が狙っていたクマのぬいぐるみである。


「さて」


 どう狙うべきか。

 直接掴みにいくことが無謀であることは、二千円ばかりを犠牲に美琴が見せつけてくれた。アームを引っ掛けるような取っ掛かりが付いていれば良かったが、生憎とタグの一つも付いていない。

 となれば、掴んで持ち上げるのではなく、どうにか押し出すような動きが必要になる。


 だが、美琴の言い訳ではなく、実際にこの筐体のアームは貧弱だ。単純な動きでは力が足りずびくともしないに違いない。

 もちろん術式を使えば、アームを強化することくらいは容易いが、美琴を煽り散らかすに当たっては不純物になる。

 故に、神秘を用いぬ純粋な腕のみを持って、このクマを陥落させるのだ!




「UFOキャッチャーとか、くだらなくないですか? 素直に商品を買った方が合理的ですよ」


 三千円ばかりを魔物に注ぎ込んだ、イスカの第一声はそれだった。


「だっさ、ウケる」

「おっと、言葉は慎重に選べ。今の俺への発言は全てお前にも適用されるんだからな???」


 敗者同士の争いほど無益で滑稽なものもそう無い。相手を貫かんとする刃は、必ず己の心臓をも抉っていくのだから。


「そういえば、まだチャレンジしてない腰抜けがいたわよね?」


 故に、その刃が未だ見ぬ挑戦者に向くのは必然だった。


「おっと、急に雲行きが変わったぞ?」

「いやいやいや、まさか人を連れてきておいて、自分だけは挑まない、なんてことはしないわよね?」

「そうですよねえ、人がプレイしているのを散々背後から煽って妨害して来たわけですし、さぞかしお上手なんでしょうね?」

「いや、煽りがなくてもアンタは失敗してたでしょう」

「おい背中を刺してくるなよ。お前にも刺さってるんだぞ」

「むぅ、二人とも、本当に仲良いね……」


 じっとりとした目で二人を見つめたあと、茜はにやりと笑った。


「ま、見てなよ。プロの実力を、さ」




「……マジかあ」


 たった八度の挑戦を持って、クマのぬいぐるみは陥落した。


「どうよ!」

「いや……素直にすごいわ。おめでとう」

「絶対無理だと思ったんですが……」

「こういうのはコツがあるんだよ。まあ今回はめちゃくちゃ上手く行ったんだけどね」


 言いながら、茜は持ち帰り用の袋に詰められたクマを揺らした。袋の中で手足を縮こませる姿には、どことなく哀愁を感じなくもない。


「そのクマ、どうするんですか?」

「普通に部屋に飾るよ。この子は七体目かな」

「そういえばファンシーな部屋だったわね。全部あそこで取ったの?」

「大体はねー」


 三人は昼食を食べるために移動していた。

 店と店の物理的な距離は遠く、移動にはいちいち時間が掛かる。無計画に行き先を決めていると、どこにも辿り着かないまま、数キロ以上歩いていることもあるのだ。

 とはいえ、今回は茜がルートを決めているため、その心配はない。そして、茜が案内した先にあったのは、全国にチェーン店があるファミレスだった。

 休日の昼時とは思えないほど空いた店内、三人はその奥のテーブル席に腰掛けた。


「注文どうする?」

「私はお肉系」

「おっ、さては遠慮を知らないなー? イスカ君は?」

「……随分メニューが豊富なんですね」

「ファミレスだからね。もしかして初めて?」

「はい」

「うわっ、そっか。日本に来たばっかりだもんね。もっとちゃんとしたお店の方が良かったかな。でもそれだとお財布的に厳しいんだよね……」

「どこでも構いませんよ。どこで食べても、大概は地元で食べるよりも美味しいですし」

「あっ、イギリス……」


 国による食文化の違いはさておき、結局注文を絞りきれなかったイスカは、美琴と同じメニューを頼むことにした。

 そうして注文を済ませれば、後はのんびり待つことしかできない。近年の技術の発展は著しいが、流石に待ち時間なしで提供できるほどの境地には至っていないのだ。


「そういえばさあ、イスカ君って日本語上手だよね」


 何気なく、茜がそう言った。深い意味はないし、今後も持つことはない。注文を待つ間の雑談。いずれ思い出からも記憶からも消える、ただの会話だ。


「確かに、話してても違和感ないわね」

「そう言ってもらえると嬉しいです。細かいニュアンスを汲み取ったりはまだ難しいんですが」

「そうなの? そんな感じはしないけど……」

「あれとかそれとか、大雑把な指示語はどうにも」

「それは日本人でも間違えるやつじゃないかしら」


 余程仲の良い日本人同士でも、指示語がすれ違うことはよくある。不安な部分がそれしかないのであれば、少なくとも日常生活で困ることはないだろう。


「やっぱり魔法で覚えたの?」

「やっぱり、とは……? 普通に勉強して覚えましたけど。あと、魔法ではなく魔術ですし、外なのでその辺りの話はちょっと」

「ご、ごめんなさい」

「……魔法がどーのって話、やたら拘るわよね。何が違うわけ?」

「だから……はあ」


 大きく溜息を吐いて、イスカがテーブルを人差し指でコツンと叩いた。すると、三人が座る座席が仄かな光に包まれる。

 光自体はすぐに消えたが、美琴は薄い神秘の気配を感じ取っていた。


「何これ」

「認識阻害の結界。効果は弱いが、盗み聞き防止には充分だ」

「へー、色々できるんだねえ」

「……まあ、それが取り柄なので」


 イスカはどうでも良さげにそう言った。


「で、魔法と魔術の違いでしたっけ?」

「そうそう、名前が違うだけじゃないの?」

「全然、ってほどでもないけど、違う。魔法っていうのは、簡単に言えば奇跡のことだからな」

「奇跡ぃ?」


 奇跡とは、人間の力や自然法則を超えた事象のことだ。


「予知予言、死者蘇生、物質や命の創造。俗っぽく言うなら、神の御業ってやつだよ」

「ふーん……じゃあ魔術は?」

「魔法の出来損ないだな。奇跡には至らなかった失敗作」

「……随分ネガティブな言い方するのね」

「そうか? ……まあそうかもな」


 窓の外を見つめ、イスカがぼんやりと呟いた。初めて見る雰囲気に、茜はもちろん美琴も口を開くことができなかった。


「魔術師は、魔法を目指すものだ。モチベーションは人によるだろうけど、目指すものなんだよ」


 二人に言ったのか、あるいは己に言ったのか、それともここに居ない誰かに言ったのか。誰に向けられたのかも分からない言葉は、結界に阻害され、二人以外には届くこともなく消えた。

 それから注文が届くまで、このテーブルに声が響くことはなかった。




「いやー、美味しかったね!」


 注文をぺろりと平らげて、三人はファミレスを退店した。魔法の話をしていた時の気まずさは、既に存在していない。


「この後はどうするんですか?」

「うーん、特に決めてない!」

「じゃあ解散?」

「えー、まだお昼なのにー?」


 茜が不満そうに唇を尖らせる。


「なら、映画でも見ない?」

「映画? 今って何かやってたっけ」

「メタルマン4」

「アメコミのあれ?」

「そうそう。近いうちに観に行こうと思ってたから」

「良いね、イスカ君はどう?」

「……1も2も3も観たことないんですが」

「あぁ、それなら平気よ。続編だけど続き物じゃないし、旧作は後から観れば大丈夫だから」

「暗に観ろって言ってる???」


 シリーズファンからの圧力を感じつつ、次の予定は決定された。幸い、公開から間もない人気シリーズだったこともあり、大した待ち時間もなく劇場内に入ることができた。

 映画本編とは何の関係もない、流行りの俳優を使っただけの安っぽい恋愛映画の予告編を経て、『メタルマン4』は始まった。


 内容は、分かりやすい勧善懲悪。

 機械の身体を持つヒーローが、恋人と世界を守るため、宇宙からの非道な侵略者と戦うという、それだけの話だ。派手なアクションやCG。俳優たちの演技も悪くない。細かな設定などはイスカには分からないため、脚本の評価は難しい。ただまあ、何故美琴がこれを好むのは、何となく理解できた。


「面白かったわね!」


 テンションの高い美琴に苦笑しながら、三人は劇場を後にした。『メタルマン4』は実にボリュームのある作品で、なんとたっぷり三時間の大長編である。


「すっかり遅くなっちゃったね」

「そうね……ごめん、もうちょっと短いと思ってた」

「別に予定があったわけでもないし、気にしなくても良いぞ」

「そうだよ。でも、そろそろ帰ろっか」




 住宅街に向かうバスに乗り、三人は帰路についた。

 バスを降りた後、実は一人だけ家の方向が違う茜とは別れたため、イスカたちは二人で歩いている。


「……茜がいる時は聞けなかったんだけど、記憶って結局どうなってたの?」


 友人の記憶を好き勝手に改変するという後ろめたさからか、遠慮がちに美琴は言った。


「……正直、原因は分からない。ただまあ、多分記憶を失ったら不幸とは言えないとか、そんな所じゃないか」


 少し考えてから、イスカはそう答えた。


「それも、世界はそういうふうにできている、ってやつ?」

「そうだよ。世界は平等で、厳格だからな」

「平等って……それ、本気で言ってる?」

「あぁ。言いたいことは分かるけど、世界は平等だよ。不公平なのは、いつだって神と人間の方だ」


 感情を感じない、平坦な声音だった。返す言葉は、美琴には思いつかなかった。

 そうして無言のまま、二人は夕焼けの中を歩いていく。


「俺、ここ右だから」


 とある十字路で、唐突にイスカが立ち止まった。


「……あぁ、うん。またね」

「記憶のことは、あまり心配しなくても良い。契約書は用意しておくから、月曜にでもサインしてもらう」

「私がサインしたやつ?」

「文言は変えるけど、基本は同じだな」

「……まあ、仕方ないか」


 茜一人が吹聴したところで、大した問題はないだろうが、念には念を入れた方が良い。秘密を話して回るような人間だとは思っていないが、うっかり防止の役割にもなる。


「じゃあ、また月曜にな」

「うん、また学校で」




 そして、イスカが間借りしているマンションの一室。

 あらゆる神秘的手段を用いて防犯設備を整え、実験や儀式のために調整した工房で、帰宅したイスカが漆黒のローブに袖を通した。


「さて」


 その日、外出したイスカが工房に戻ることはなかった。

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