第7話 並行世界とインチキ占い
そして時間は流れ、放課後となった。
本当はあの後、空野茜の護衛、とでも呼ぶべき作戦を詰められれば良かったのだが、昼休みはそこまで長くなく、そのような時間はなかった。
しかしその短い時間を用いた軽い打ち合わせの結果として、美琴が茜と共に下校すること。そしてイスカが自身に認識阻害の術を使い、こっそりと後をつけることで合意した。
美琴としては、イスカにストーカーのようなことをさせるのは色々な意味で抵抗があった。しかし、いかんせんそれが合理的であり、何故かイスカ自身も乗り気であったため、そういうことになった。
「それでさー」
茜と雑談しながら、通学路を歩んでいく。
ちらりと背後を見てみると、堂々とした様子で金髪の男が歩いているのが目に入った。
本当にあれで尾行しているつもりなのかと疑いたくなるが、どうも美琴以外には見えていないらしい。真偽は美琴には分かりかねるが、少なくとも茜にバレていないなら問題はない。そういうことにした。
「聞いてる?」
「ん? うん、聞いてる聞いてる」
ともあれ、現状不幸の気配はない。
予兆があるなら楽なのだが、不幸というやつは大抵が唐突だ。厳密に言うのなら、見逃してしまうような予兆しか発生しないからこそ、不幸は回避が難しいのである。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
そして結局何事も起きることはなく、ひらひらと手を振り、美琴は茜と別れた。可能なら自宅まで着いて行きたいところだが、流石に押し掛けるわけにはいかない。
迷惑になるのもそうだが、茜本人が占いを信じてしまうと不幸が結実しやすい、らしい。美琴はあまりそういった分野には詳しくないため、これはイスカの受け売りだ。運命の収束がどうのと言っていたが、よく分からなかった。
「どう?」
「流石に見るだけで分かるわけないだろ。元々占術系は苦手なんだよ」
茜と別れたあと、美琴はイスカと合流した。話す内容は、当然茜のことだ。
「うーん、もう一回占ったりはダメなの?」
「止めといた方が無難だな。俺の占いは、本質的には予知というより収束だから」
「……何が違うわけ?」
首を傾げて問い掛けると、イスカは嫌そうな顔をするでもなく、ペラペラと説明してくれた。
「予知ってのは何となく分かるだろうけど、未来視の一種だな。方法は問わず……まあ今回は占いだけど、未来の情報を知ること」
「それは何となく分かる」
「何となく……まあいい。で、収束ってのは説明が難しいんだが、そうだな。並行世界って知ってるか?」
「知らない」
「はー……お前、もうちょっと神秘関係の勉強した方が良いぞ」
並行世界とは、いわゆるパラレルワールドのことだ。
例えば、道の途中に分かれ道があったとする。そのどちらを通っても同じ時間、同じ苦労で目的地に辿り着けるなら、道を歩く誰かがその二つの道を通る確率は、それぞれ五十%になるだろう。
「ここまで分かるか?」
「……分かる」
並行世界とは、その誰かがどちらの道を通ったかで世界が分岐するという考え方のことだ。
「分岐?」
「例えば、お前がこの道を通ったとしたら、右の道を通ったミコトと、左の町を通ったミコトが居るはずなんだ」
「あー、五十%だからね」
「そうだ。けど、そのミコト達は同じ世界には共存できない。だって、お前は世界に一人しかいないから」
だから、人間ではなく世界を増やす。右の道を選んだ世界と、左の道を選んだ世界。そんな、ほんの些細な違いの数だけ世界は存在しているのだ。
「まあ並行世界は何となく分かったけど、それが占いとどう繋がるのよ」
「並行世界ってやつは、少し考えたら分かるけど無限にある。道の例えでも、お前の後に誰かが通ればその数だけ分岐していくからな」
「そうね」
「今回のソラノさんでも、単純に考えて、不幸に遭う世界と、遭わない世界があるわけだ。俺の占いは、未来の並行世界を減らすんだよ」
それは、占いというにはインチキ臭い手法だ。
空野茜の例であれば、彼女は不幸に遭う確率が非常に高かったのだろう。仮にこの確率が八割だったとすると、イスカの占いは残り二割の並行世界を剪定する。
「……は? そんなことできるの?」
「流石に二割を一発で剪定するのは無理だ。簡単に言えば、六割を七割に変えるのが、俺の占いの正体だよ」
「いやいや、どっちにしても……」
「高い確率で起こることを、より確実に起こるようにするだけだからな。引く前には結果が分からないし、思ってるより使えないぞ」
イスカからの評価は低いが、それは充分にとんでもない術である。日本の巫女にも占いを得意とする者はいるが、美琴はそのような術は聞いたことがなかった。
ちなみに、無知な美琴に代わって実のところを言えば、巫女が得意とするのはイスカの語った未来視の占術である。
そもそものアプローチが違うため、一概に比べることはできないが、術式の格としては圧倒的に巫女のものが上だ。
しかし、そうとは知らない美琴には、イスカは想像以上に優秀な術師に見えていた。
「イスカって、すごかったのね……」
「は? 嫌味……じゃないのか、お前は」
「普通に褒めたのに、何よその反応」
「いや、すまん。これは俺が悪い。ちょっと卑屈すぎた」
軽く頭を振って、イスカは意識を切り替えた。
「ともかく、そういう術だから、これ以上ソラノさんには使わない方が良い」
「不幸の確率を上げちゃうから、ってことね」
「……まあ、四枚引かせた時点で手遅れな気はするけど」
「あ、確かに。何で引かせたのよ」
「五、六割なら良いカード引く可能性もあったから……」
さて、そんなやり取りをしているうちに、茜は無事に帰宅した。流石に家の中でまでは守れない。階段から落ちるとか、そういう不幸は自分で気をつけて欲しいところである。
「……家の中は、本人合わせて二人いるな」
「えっ、きも。そんなの分かるの?」
「言葉選べ」
ストーカー志望の面目躍如といったところか、イスカの探知の術は、家の中にいる人数まで把握できるらしい。
「で、変なやつじゃないよな」
「母親が主婦さんだから、多分お母さんだと思う」
「なら、今日のところは一先ず問題なさそうか」
現状、これ以上二人にできることはない。しかし、このまま帰るのも少し心配だ。
「一応、見張りくらいは用意しておくか」
イスカが鞄から取り出したのは、手のひらサイズの犬のぬいぐるみだった。まさかカメラでも仕込んでいるのか、と一瞬疑った美琴だが、いくらイスカでもそのようなストーカーグッズは持ち合わせていない。
『"起きろ"、"監視せよ"』
しかし魔術があれば、それに似た物を用意することはできる。
『"
可愛らしいぬいぐるみが、鋭い牙を持つ猟犬へと変わった。サイズは依然変わらず、手のひらに収まるようなものではあるが、その力強さは大型犬にも負けていない。
「へー! すごい! これ式神!?」
「シキガミとやらの実物を見たことがないから分からんが、一応こいつは使い魔だな」
「使い魔! ハリ◯タで見たことある!」
「ハリ◯タ……あ、おいバカバカあんまり触るなお前が触ると壊れるから!」
無遠慮に使い魔の頭を撫で回す美琴の手から、イスカは慌ててぬいぐるみを奪い取った。
「あっ! 何よもう、壊れるって」
「こいつはあんまり丈夫じゃないんだよ! 霊砲なんか余波に軽く触れるだけで壊れるからな!」
「え、弱。それで見張りなんかできるの?」
「弱いのは否定しないが、おかしいのはお前だから。あと、術師でもない人間や獣よりはこいつの方が強いぞ」
念のために術式の確認を行ったが、どうやら無事で済んでいたようだ。
どこか疲れた様子に見える使い魔から手を離すと、小さな猟犬は逃げるように茜の家へと駆け出して行った。微弱ではあるが、認識阻害の術も掛けてあるため、うっかり茜やその家族に見つかることはないだろう。
「何かあれば分かる。行くぞ」
「行くって?」
「お前の家。短剣受け取りたいし」
◆
「やあ、どうもこんにちは。君がイスカ君かい?」
そうイスカに向けて朗らかに笑ったのは、美琴の父、柳だった。
和装に身を包んだ人間は、日本の街でも中々見かけることはないが、そこに違和感を感じることはない。様になっている、というやつだ。
「どうも、初めまして。イスカ・デカルトです」
「初めまして。美琴から話は聞いているよ」
仲良さげに握手をする二人を見て、美琴は何とも言えぬ複雑な気分になったが、特に口は挟まなかった。
「一応、娘さんと戦ったんですが、そこら辺は良いんですか?」
手を結んだまま、イスカが爆弾を投げ込んだ。
「何も思わないわけではないけれどね。まあ、あの子が咎めないのであれば、僕から言うことは特にないよ。幸い、怪我もなかったしね」
「そうですか。現状、彼女に傷を付けられる手段は持ち合わせがないので、ご安心ください」
「それは安心したよ。僕もあの子が怪我してるところとか、一度も見たことがないけれど」
「一度も怪我をしたところを見たことがない???」
目を見開いて首を捻るイスカは置いておいて、美琴は一人で蔵へと向かった。
手を結んだとはいえ、家宝や祭具が大量に納められたこの場所に、他所の人間を入れるわけにはいかない。
「えーっと、これだっけ」
ごてごてと装飾が施され、派手ではあるものの下品さは感じさせない短剣。
なるほど確かに、家宝と言われれるのも納得できる素晴らしいデザインだ。と、美術の成績が二の女は一人で頷いた。
そして、二人が話していた場所に戻る。
「イスカー、これだよね?」
「ん? おお、それそれ。助かったよ、ありがとう」
短剣を受け取り、イスカは顔を綻ばせた。それから受け取った短剣をしげしげと眺めると、綻ばせた顔を苦笑へと変えた。
「え、どうしたの?」
「いや、予想通りだっただけだよ。術式どころか呪詛まで全部消し飛んでる」
「あー……謝らないわよ?」
「別に良いよ。帰ってきただけで幸運だ」
そう言って、イスカは力を失った短剣を鞄に仕舞い込んだ。鞘を付けていなかったのだが、中の物を傷付けたりはしないのだろうか。
「さて、一応目的は済んだけど、どうする?」
「おや、もう終わりかい? それなら折角だし、お茶でも飲んでいくと良い」
「ちょっと、お父さん?」
「そうですね。是非いただきます。ソラノさんの話もありますし」
「イスカ?」
「手伝えることがあったら何でも言ってくれて良いよ。娘の友人のことだからね。それに、海外の術師さんに会うのは初めてなんだ。色々聞いてみたいことがある」
「良いですね。俺も儀式のこととか、色々聞いてみたいと思っていました」
「……置いてけぼりなんですけど。別に良いけどさ!」
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