涅槃未知果の遺言

 暗いトンネルを歩いてるようだった。


 長くて、けっして抜けられないトンネル。それが僕の人生だった。


 姉は、あの写真に写っていた全員と友達だったんだ。


 みんな良い人達だった。


 姉を任せられる人達だった。


 僕達の親は優しくなかった。

 だから僕達は、姉弟だけは、お互いを思いやっていこうと決めていた。


 なのに、あんなことになった。


 残酷で、バカなやつらが、姉を寄ってたかって引き裂いた。


 忘れられない。


 忘れられるわけがない。


 どん底のトンネルの中で、僕はすがれるもの全てにすがった。


 神のことは、ほとんど覚えていない。どうして目をつけられたかも、いつからその下僕になったかも。


 ただ、神に願ったのは覚えてる。


 神の足を抱いて姉を返してくれと泣いたのは覚えてる。


 だから、こんなことになった。


 優しくない姉がこの世に帰ってきて、僕に見向きもせず、人を祟ってる。


 あなた達には悪いけれど、僕を救い出してくれても、何の役にも立たないよ。


 僕はもう、ダメなんだ。


 とっくの昔に、ダメになっていたんだ。


 たぶんこのまま起き上がれず、死ぬと思う。


 あなた達には本当に、本当に悪いけれど。


 ……。


 神は……忘れられるのが、嫌なんだ。


 忘れられたら、人の前に現れることができなくなるから。


 だから、人の記憶に残ろうとする。


 忘れてしまうのが、ただ一つの対策なんだよ。


 綺麗なものをたくさん見て、心地よい音を聞いて。


 ……そうやって、意識の外に追い出して。


 やがて、忘れてしまえば。


 あるいは……。


 ……。

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