元判事の絶望

 ホテルの部屋に荷物が届いた。

 ここにいるとは、誰も知らぬはずだ。

 先に返した女?まさか。ありえない。


 荷物をほどくと、1冊の漫画が出てきた。

 同封された手紙には、3行の文字列。


『30年前の過ち』

『彼女は生きているぞ』

『10pを見ろ』


 危険だ。直感的にそう思った。ページなどめくってはいけない。分かっていたのに、指が逆らえなかった。


 30年前。ろくに報道されなかったはずだ。今更誰が蒸し返す?だいたい、やらかしたのはあの刑事だ。私に罪などない。


 裁判官の私に。何の罪が。

 もう引退してるんだぞ。


 10p。凄まじい顔が目に飛び込んできた。だが問題は、その隣の9pに貼られた写真だ。


 あの女の写真。被害者のカップルや、仲間達と一緒に笑っている、中山美歩の写真。その黄色いワンピースが、隣のページのバケモノの服と、重なった。


『彼女は生きているぞ』


 文字列を思い出す。

 何のことだ。

 生きているはずがない。

 獄死したと聞いた。

 確かに聞いた。


 こんな

 バケモノになって

 蘇ったとでも


 電話が鳴った。

 ホテルの電話だ。

 受話器を取ると、フロントから外部に取り継ぐ許可を求められた。

 許可した。

 低い、聞いたことのない男の声が、言った。


「ありがとう。判事さん。おかげでこっちはガラ空きだ」


 意味が分からなかった。男は低く笑ってすぐに電話を切る。嫌な汗が噴き出た。何か、罠にハマった気がした。


 落ち着くために酒を取ろうと、振り返った瞬間。


 窓越しに、隣のビルの屋上に立つ、黄色いワンピースの女の後ろ姿が、目に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る