第5話 邪悪



  

 『山田太郎』 監視日記



・一日目


 今日から、山田君の監視して分かった事を日記につけることにした。


 初日なので、あまり書くことは無いが、取りあえず、山田君が想像していたような邪悪では無さそうで安心した。……プレゼントの竹トンボを熱心に見ていたので、実は竹トンボを愛する只の少年なのかもしれない? 

 


・二日目


 山田君は、クラスメイトにハブられているようだ。

 昼休みの時間、クラスの子供達のほぼ全員が、竹トンボバトルをしに行く中、山田君だけが誘われていなかった。

 教室に一人ぽつんと残って、鞄からゲーム機(人気の無い娯楽用品)で遊び始めたので、私とバトルしよう、と誘ってみたが、ゲーム機で遊ぶのが楽しいと言って、断られた。


 結局、山田君は竹トンボバトルを一度もしないままその日は終わった。


 ……普通は新しい竹トンボが手に入ったら、嬉しくて、バトルに明け暮れる筈だが、山田君は違うらしい。


 

・三日目


 一人、ゲーム機で遊んでいる以外にも山田君が笑っている時があることが分かった。授業中……特に社会の授業で何がおかしいのか、笑い出す。口元を隠して、堪えているので、他の人は気付いていない様だが、山田君の近くにいた私は気付けた。


 今日の社会の授業は復習だったので、時代はかなりバラバラだったが、笑った箇所は一応覚えている。

 

 邪馬台国の卑弥呼が魏から、金の竹トンボを与えられたこと。

 大航海時代に、大秘宝と呼ばれる、手に入れた者が、“竹トンボ王”になれるという『世界一美しく舞う竹トンボ』を巡って、海賊や海軍が激しい竹トンボバトルを繰り広げたこと。


 この二つだ。 

 ……どちらも笑えるような所なんて無いが……山田君は何故笑ったのだろう? この二つに何か関連性があるのだろうか?


 

・四日目


 今日も、今日とて山田君は教室で一人、ゲーム機で遊んでいる。正直……あんなゲーム機で遊ぶのが何が楽しいのだろう。

 いや……もしかしたら山田君は強がっているだけで、本当はクラスメイトがバトルに誘ってくれるのを待っているのかもしれない。

 ……山田君は本当は、心の中で泣いているのではないか、と私は推測した。



・五日目 


 山田君に、竹トンボバトルを一緒にやろうと再度誘った。――断られた。

 だが、今回は私はめげなかった。

 ひたすらに粘り続け、最終的に山田君は、「もう放っておいてくださいよ……」と言ってきたが、「山田君……私はもう分かっているわ。本当は……あなたが竹トンボバトルを望んでいることを!」と私の推測を語ると、数秒沈黙した後、「ちょっと何言ってるかわかんない」と一言呟くと、逃げられてしまった。



・六日目


 今日も、私は山田君を竹トンボバトルに誘った。しかし、山田君は「竹トンボを学校に持って来ていないから、無理」と、言い訳をしたので、「じゃあ、明日は必ず持って来るのよ」と、念押しして、今日だけは見逃すことにした。



・七日目


 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あのクソガキ山田……竹トンボを売って、下らないゲーム機を買いやがった!!


 初日の私は…………何故「実は竹トンボを愛する只の少年なのかもしれない?」なんて勘違いをしたのだろうか?

 ……山田太郎は、既に邪悪だった。竹トンボバトラーとしての道をとうに踏み外している。

 

 

 

――――――――――――――――――――



 

「は?」

 

 その言葉を聞いて、竹葉は―― 

 ――脳が理解するのを拒否した。


「ごめんなさい……もう一度言ってくれる?」


「貰った竹トンボは売りました」


「……そう……聞き間違いじゃなかったのね。……売ったのは何故……?」


「最近発売されたゲーム機が欲しかったんで。――ほら、いいでしょ。この任○堂SWI○CH。

 余ったお金でソフトも買っちゃいました」


 ニコリ、と幸せそうな顔で、山田はそう言った。


「…………じゃあ、あなたがプレゼント用の竹トンボを誰よりも一生懸命見ていたのは何だったの?」


「一番高いのを探してました」


 山田は、スラスラと竹葉を怒らせる言葉を重ねていく。

 トドメに――山田は、ズボンからスマホを出すと、竹葉の目の前に出して来た。開かれているのは――メルカリのページだ。

 SOLDの文字が出ていた。売り物の写真は、たしかに山田が、あの時選んだ竹トンボだった。

 スマホを握る手に力が入る。

 

「あの竹トンボはあなたと一緒に戦いたかった筈よ……それを!よくも!」

 

「いやー、あの竹トンボも売られた方が嬉しい筈ですよ。俺が持っていても、どうせ棚の肥やしになるだけです。それか部屋に飾って埃まみれにな――」


 パシン、という音が鳴り、竹葉の右手が、山田の頬を打った。 


「……ねぇ……山田君。いや……もう呼び捨てでいいわね。

 山田……あなたはどうしようもない邪悪ね」


「言い過ぎでは……? それに頬を叩かないでくださいよ」


「私が今までに見たどんな悪党でも、みんな自分の竹トンボは大切にしていた。……竹トンボをここまで蔑ろにする人はいなかったわ」


「はあ」


 山田は、反省している様な顔を見せてはいるが、心ではまったく反省していないだろう。

 竹葉は理解した。

 この邪悪を改心させない限り、必ずまた誰かの竹トンボを平気で破壊することになる、と。


 怒りのままに竹葉は宣言した。


「――私が、あなたを竹トンボが大好きな一人の人間に矯正するわ!」


 仕事なんかもう関係無い。

 自分がどれほど酷いことをしたのか、全竹トンボバトラーに代わって、ワカラセテヤルと誓った。


 


 

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