第4話 竹トンボ指導員



愛野 竹葉あいの たけは 視点

 


 「日本竹トンボ協会」とは、日本の竹トンボに関する全てを取り締まる組織である。そう――あくまで“日本”のだ。竹トンボ協会とは、世界各国にもあり、アメリカ支部やイギリス支部等、国に必ず一つずつ存在している大組織なのである。

 

 仕事の内容としては、竹トンボ大会の開催の準備と警備が殆どだが、ごくたまに竹トンボを悪用しようと考える者が現れるので、そんな不届き者達を懲らしめるという役割も担っている。

 そして――悪者を倒す時に派遣されるのが、竹トンボ協会が勧誘した竹トンボのプロフェッショナル。日本きっての選りすぐりの竹トンボのバトラー達がエージェントとして働いているのだ。

 竹葉は、幼い時から竹トンボバトルに明け暮れ、何度も大会で優勝経験があり、高校時代には世界竹トンボバトル大会の日本代表として選ばれた。そう――全竹トンボバトラーが願っているであろう、夢の舞台に竹葉は立つことが出来たのである。

 そうして竹葉は、去年、高校を卒業した際に日本竹トンボ協会から勧誘され、今年から竹トンボの未来を守る為のエージェントの一人として、働いている。もちろん、始めたばかりの頃は、失敗続きでクビにされないか焦ったりもしたが、竹葉は一生懸命に頑張った。


 

 竹葉がエージェントとしての仕事に、少し慣れてきたある日、日本竹トンボ協会にある一つの事件が報告された。

 それは、竹トンボの未来に影を差す、新たなる巨悪の卵が起こした未曾有の大事件であり、すぐさま竹トンボ協会の重役やエージェントが集められ、会議が開かれることとなった。



 事件の内容として、中学生の男の子があろうことか、竹トンボバトルでトイレの箒を持ち出し、対戦相手の竹トンボを破壊してしまったというものだ。加害者の少年の名前は、山田太郎君。被害者となったのは、禍津日まがつひテイオーという子だった。被害者といっても、禍津日まがつひテイオー君は、その地元では最強の竹トンボバトラーであり、警察にさえ勝つ程の実力者だったというが、性格は傲慢で、竹トンボバトルに弱い者は人権が無いと言い放ったりする最悪の性格だったようだ……。

 竹トンボバトルで強い者が、ガキ大将の様になってしまうのは、よくあることだが……禍津日まがつひテイオー君の、試合後、人の竹トンボを破壊するという極悪非道な行為はさすがに度を超している。なので、警察を倒した時点で、竹トンボ協会から鼻っ柱をへし折る為に、エージェントが派遣されるのは決まっていた。そんな矢先に山田太郎君が、今回の事件を起こした訳である。

 

 竹葉はそれを聞いた時に絶句した。なんて恐ろしいことをする子供なのだろう、と。禍津日まがつひテイオー君には怒りが湧いてくるが、山田太郎君はただただ恐ろしい。山田太郎君は、途中で教師が竹トンボ協会に重い罰を与えられるかもしれないと伝えられたのにも関わらず、無視して破壊したというのだ。常軌を逸している。こちらの常識が通じない、宇宙人か何かのように思えてしまう。

 ……信じられないと心から思った。竹葉には理解出来ない。二度と竹トンボが出来なくなっても構わないという、その気持ちが。そんなことを少しでも考えるだけでも、竹葉は怖くて夜も寝れなくなってしまう。


 そして何より問題なのが、山田太郎君をどう倒したらいいのか分からないことだ。何せ……山田太郎君は、竹トンボバトル自体してくれない可能性が高い。

 自分のバトルの実力に対する自信も、今回に限っては意味をなさない。自分の竹トンボ相棒が問答無用で破壊されてしまうかもしれないので、竹葉はもちろん、先輩である百戦錬磨の竹トンボエージェントの誰もが派遣されるのを嫌がった。


 会議は荒れに荒れ。永久に竹トンボとの接触を禁止させよう、という意見が当然に出たが、まだ中学生であり禍津日まがつひテイオー君にも非があるので、情両酌量の余地があるのではないかという意見とで五分五分となり、最終的に、もし次に、山田太郎君が何かを事件を起こしたら、竹トンボの永久禁止令を出すという条件の元、今回は許された。


 そして…………不幸なことに「将来的に巨悪と成りかねない山田太郎君を矯正する」というミッションと共に、新人であり、長期間抜けても支障があまり無い、竹葉が派遣されることが決まってしまった……。

 バトルをしに行くのでは、もちろん無い。山田太郎君に竹トンボの大切さや、楽しさ。竹トンボバトルのルールは絶対に破ってはいけないのだと、赤ん坊でも分かる一般倫理を教育するのが仕事である。

 山田太郎君の機嫌を良くする為に、も渡されたが、竹葉は今から気が重かった……。


 

――――――――――――――――――


 


 それから少し経って、竹葉はクラスの副担任として、山田太郎君の中学校に赴任した。山田太郎君をぱっと見た印象としては、普通の中学生という感じだった。


 とりあえず、竹葉は山田太郎君のクラスで初めての顔合わせした時の自己紹介後――竹トンボ協会から用意されたプレゼントを配ることにした。プレゼントは、もちろん新品の竹トンボだ。禍津日まがつひテイオー君に竹トンボを壊された被害者の子供達全員に補償という形で配った。竹葉としても竹トンボ相棒を壊された子達が可哀想だったので、喜ばしかったが、協会の本意としては、山田太郎君の怒りを沈めるのが、目的のようだ。 


 沢山の竹トンボが入っているケースから欲しい竹トンボを一つ上げる旨を伝えると、子供達は大喜びし、一心不乱にケースの中身の竹トンボを物色し始めた。


 ただ肝心の山田太郎君は冷めた目で、見るだけで動かない。竹葉は、山田太郎君に話し掛けに行くと、


「竹トンボなんて、もう要らない」


 と、いうあり得ない言葉を言い放ってきたが、「まあまあそんなことを言わずに受け取りなさい」、と竹葉が言うと、山田太郎君は少し悩んだ後、突然嬉しそうな顔になった。竹葉は、態度が突然変わったことを疑問に思ったが……。

 

 山田太郎君が、スマホを出して、ケースの竹トンボを真剣な顔で、一つ一つ調べ始めたのを見て、竹葉は「あれ?」と、山田太郎君の印象ががらりと変わることとなった。


――私は誤解してたのかも知れない……山田太郎君も竹トンボが好きな一人の子供だったんだ。竹トンボ愛の余り、壊した禍津日まがつひテイオー君のことが許せず、暴走してしまったのかも……!


 竹葉は、一生懸命、竹トンボを吟味する山田太郎君の姿が、竹トンボを愛する者の一人として、好ましく思えたのだ。


「…………どれ……一番…………高い竹ト、ンボ…………メルカリ…………売…………欲し……ゲーム…………買……」


 山田太郎君は、時折、ぶつぶつ呟いていたが、新しい相棒を選んでいる最中に、竹葉が口を出すのは無粋だと判断して、離れることにした。

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る