第2話 猛暑日の駐輪場にて
夏休み明け、大学が始まってから2週間が経とうとしていた。常盤夢乃は1人、大学のキャンパスを歩いている。
**常盤夢乃の帰り道**
夏休み明け、大学が始まってから2週間が経とうとしていた。水曜日の午後、大学の構内は30度を超える暑さで、空気はじりじりと熱を帯びていた。周りの学生たちはみんな涼し気な服装でいる中、夢乃だけがおしゃれな黒縁の少し大きめのオーバル型のメガネ、白い長袖のTシャツ、長めの紺色のスカート、そして黒い少し厚めのタイツという、どちらかと言えば冬服寄りの季節外れな組み合わせで歩いていた。道を歩いている学生たちが夢乃と連れ違うたびにみんな振り返る。みんな、夢乃の服装の異様さに驚いて振り返っていたものの、夢乃のその何とも言えぬ可愛さと少しミステリアスな印象を感じさせるその妖美さに一時的に引き込まれてしまっていた。
大学の構内は30度を超える暑さで、空気はじりじりと熱を帯びている。真夏日に季節外れな厚着で生活するのに幼い頃より慣れている夢乃でも、この構内の蒸し暑さには正直少し参っていた。
「どうしてこんな暑い日に…」と、夢乃は自分に呟く。この季節外れの厚着を着ているのは自分の好きでやっている事だが、流石に暑いもの暑いのだ。黒いタイツは見た目には涼し気でも、黒い服装は熱を吸収するのも併せて、実際にはとても熱く感じる。とはいえ、夢乃は幼いころからこのスタイルに慣れ親しんでいた。彼女は生粋のお嬢様であり、家のしきたりがこのスタイルを強要していたのだ。周囲の目線が少しだけ冷たくも感じたが、彼女にとってはそれもまた日常の一部だった。
自転車置き場に到着すると、そこには夢乃の見慣れた人影があった。無彩色の濃淡で構成されたモノトーンルックの七分丈の上下に、薄い緑色のカーディガンを軽く羽織った160cm程の長身で華奢な女の子、有手窓がいた。ちなみに有手窓という名前は、有手が苗字で窓が名前である。有手はたまに見かける苗字だが、窓と書いて”まど”と読む名前は中々見ない。相当変わった名前だ。彼女も夢乃と同様に黒縁のメガネをかけている。ただし、夢乃のメガネは縦よりも横の長さの方が少し長い楕円形型のオーバル型だが、窓(まど)のメガネは正円型の丸メガネである。有手窓は夏っぽい涼しげな感じの出で立ちをしている、夢乃とはまた少し違う雰囲気のさわやかでかわいい女の子だった。
有手窓は、常盤夢乃と一緒の工学部電子工学科に所属している大学2年生だ。彼女も夢乃と同様に成績がとても良く、真
面目そうな印象を受ける。しかし彼女が夢乃と大きく異なる点があるとするならば、それは彼女の性格である。夢乃には少し根暗な一面があり、どちらかと言えば直ぐに物事を卑屈に考えてしまう癖がある。だから夢乃は失敗してしまうとその後ぐずぐずと引こづってしまう傾向があり、「あー、私ってなんでこんな事も出来ないのかなぁー、まじで………。もうこれからどうやって生きていればいいのかなぁ………、いろいろと自分がだめ過ぎてイライラするなぁぁ……。………。……。………………。」とか一人でぶつぶつと呟いてしまう所がある。なので、夢乃は色々な場面でどちらかと言えばネガティブになりがちなヒトなのだ。しかし、窓(まど)は性格という点において夢乃とは違うのだ。彼女は夢乃とは異なり、超が付くほどのポジティブな人間である。彼女は元々なんでも器用にこなしてしまう所があり、人間関係から学業まで今までこれといって失敗をしてこなかった。そのせいかは分からないが、窓(まど)は夢乃とは異なりどんな時でもとにかく明るいのだ。なんでそんな性格が正反対みたいな有手窓と私、つまり窓と夢乃が友達になったのかについては、話が少し長くなるのでここでは話さない。
自転車置き場に着くと、授業が終わって先に駐輪場に到着していた有手窓と目があった。有手窓はちょうど、自分の自転車のロックを外そうとしている最中だった。有手窓は夢乃に気づくと、大きな声で話しかけてきた。
「夢乃ちゃん、お疲れ様!」
私と有手窓とではそこまで距離は離れていないのに、駐輪所全体に響き渡るくらい大きな声で話しかけてきた。その声の大きさに驚いた夢乃は一瞬びっくりしてしまったが、小さな声で返事をした。
「有手さんもお疲れ様。今日は本当に暑いね。大丈夫?」
夢乃が少し気を使いながら話していると、有手窓は自転車ごと夢乃の真正面に来て、にこにこしながら話しかけてきた。
(ちなにみ、常盤夢乃は”心の中で”有手窓の事を”有手窓”という本名で勝手に呼んでます。なので、夢乃が独り言をする時などは、基本的に有手窓の事を長いですが本名で”有手窓”と言ってしまいます)
有手窓は私の方に寄ってくると、にこにこしんがら私に話しかけてきた。
「夢乃ちゃんも暑いの大丈夫?そんな厚着で大変そうだね。これからもっと暑くなるから、お互い頑張ろうね!」
有手窓は、夢乃の服装について何気なく言及してきた。その言葉には、彼女の無邪気な性格が現れており、特に悪意や意図は感じられなかった。(まー別に、服装について言われるのは私自身の問題でもあるからどうしようもないのだけど………。)しかし、夢乃にとってその指摘は些細な問題ではなかった。というのも、彼女はこの季節外れの服装を好んで着ているとはいえ、あまりにも暑いこの時期にこの服装でいることが、どれほど体力を消耗するかはよくわかっていたからだ。黒いタイツや長袖のシャツは見た目とは裏腹に、体温をかなり上昇させるのだ。この炎天下で長時間立ち話をしていると、自分がどれほど疲れるかが安易に想像できた。
夢乃は自分自身があまりにも辛くならないようにするためにも、適切なタイミングで会話を終わらせることが最善だと考えたのだった。
常盤夢乃の団地暮らし! いよ @lili_102
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