第一話 出逢い




「…私の顔に、何かついておりますか?」


少しムッとした表情で、そう言った蓮華に、成戸は、ハッと我に返る。


「申し訳ございません!蓮華様があまりにも、お美しいので、つい……。」


頬を赤らめ、成戸がそう言うと、蓮華は、更に、不機嫌な顔をする。


「私の事は、兎も角…。今日は、波人の誕生日です。ごゆっくりとなさって下さいませ。」


そこまで言うと、蓮華は、布団に横になった。


「波人、私は、少々、疲れた上、あちらへ、御案内して差し上げなさい。」


「あっ、はい、兄上。」


波人は、成戸の側へ行くと、まだ、ぼんやりと蓮華の方を見ている彼の肩をポンポンと軽く叩いた。


「成戸様、あちらへ参りましょう。」


「あっ、はい。」


波人と成戸は、蓮華の部屋を離れて行った。

二人が去った後、蓮華は、布団の中で、プッと吹き出すと、クスクスと声を立て笑った。


「面白い男だ。」





波人の誕生日で、夕餉まで御馳走になり、少し酒の入った成戸は、ほろ酔い気分でいた。


「成戸、今夜は、ここに泊まって行きなさい。」


橋姫がそう言うと、成戸は、慌てたように、首を振った。


「いえいえ。夕餉までいただいて、そのような……。」


「泊まって行きなさいよ、成戸様。」


にっこりと、あどけない顔で笑う波人に、成戸は、少し苦笑いをしながらも、結局、今夜は、ここに泊まる事にした。


「波人様。」


「んっ?なぁーに?」


「私……蓮華様に嫌われましたかね?」


少し顔を曇らせ、そう言った成戸に、波人は、うーんと、しばらく考えていたが、優しく微笑むと、こう言った。


「大丈夫でょう。兄上……笑ってらしたから。」


「えっ?」


「フフフ。何となく、そんな感じがしましたから。気になるなら、兄上の部屋に行ってみては、どうですか?今夜は、ここに泊まるのだし、その御挨拶でも……。」


波人に、そう言われ、成戸は、少し考えたが腰を上げた。


「そう致します。」





席を離れ、再び、蓮華の部屋へと向かう途中、成戸は、庭にある桜の木に、フッと目を向けた。


月夜に、桜の花が舞い散り、とても美しかった。


「夜桜も、綺麗でしょ?」


その声に、そちらを見ると、蓮華が縁側に、蝋燭に火を灯し、片膝を立てて、座っていた。

白い肌着一枚に、夜風に乱れる長い黒髪を片手で押さえた蓮華は、妖しい程、美しく成戸は、息を飲んだ。


「夜桜も、綺麗ですが…。貴方様も、お綺麗です。」


成戸の言葉に、一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに、フッと口元に笑みを浮かべる蓮華。


「私は……男ですよ?」


「それでも、お美しいと思うのは、おかしいですか?」


成戸がそう問いたが蓮華は、桜の花に視線を向け、少し寂しげに、こう言った。


「あの桜……最後の力を振り絞って、花を咲かせておるのですよ。」


「えっ……?」


「もうじき、あの木は……倒れます。」


蓮華の言葉を不思議な気持ちで、成戸は、聞いていた。

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