神童と呼ばれた者

こた神さま

第一話 出逢い




時は、平安時代。

とある貴族の家に、蓮華(れんげ)という少年がいた。

蓮華は、産まれた時から、不思議な力を持ち、蓮華が泣けば雨が降り、蓮華が笑えば花が咲くなどと言われていた。


物心ついた頃から、蓮華は、難しい本を読み、それを理解したという。

とても、頭が良く、周りの者から『神童』と呼ばれる程であった。


蓮華には、他にも不思議な力があった。

病に伏せる者に、蓮華が手を差し出せば、すぐに元気になるとか、人の生死が分かるとか、何かと噂され、蓮華の母親、橋姫(はしひめ)は、実の子でありながら、少し蓮華に、恐れを感じていた。


蓮華には、2つ違いの弟、波人(なみひと)がおり、橋姫は、波人には、優しく甘かった。

蓮華があまりに大人びて賢いものだから、余計に、あどけない波人の事が可愛かったのかもしれない。


そんな橋姫の気持ちを知ってか、蓮華も橋姫に、甘えたりはしなかった。


不思議な力を持つ『神童』と呼ばれた蓮華であったが、身体が弱く、床に伏せる日が多かった。




そんな、ある日。

自室で、布団に入り、ぼんやりと庭に咲く桜の花を見つめていた蓮華は、バタバタと廊下を走る足音に、上体を起こした。


「兄上!中野 成戸(なかのの なりと)様がお見舞いに来られましたよ!」


縁側と部屋を仕切る絹の仕切り布から、ひょっこり顔を出したのは、蓮華の弟、波人である。

今年8歳になった波人は、まだ幼さの残る顔をしている。

乱れた長い髪を後ろに束ねると、蓮華は、眉を寄せた。


「中野 成戸……?」


うーむと考える蓮華に、波人は、目を輝かせ、こう言った。


「兄上は、お会いになるのは、初めてですか?母上の兄様の息子なんですよ。」


「フーン……。」


興味がなさそうに、蓮華は、鼻を鳴らした。

橋姫の兄の息子か……。

どうせ、橋姫が自分に会わせたくなくて、今まで、知らずにいたのだ…と、蓮華は、思った。

そして、しばらくすると、ハッと気が付いた。


「そうか…。今日は、其方の誕生日であったな。その祝いに来て、ついでに、私に会うと言うのか。」


呟いた蓮華に、波人は、慌てて首を横に振る。


「いえいえ、違います!兄上のお見舞いに来られて、ついでに、私の誕生を祝ってくれるのです。」


にっこりと笑い、そう言った波人に、蓮華も、フッと口元に笑みを浮かべた。


「其方の誕生日なのに…何も出来なくて、すまぬな。」


「いいえ。私は、兄上が元気になられたら、それが一番の幸せでございます。」


優しく微笑む波人の頭を蓮華は、優しく撫でる。


「コホン……。」


仕切り布の向こう側で、咳払いが聞こえ、蓮華は、眉を寄せ、そちらを見た。


「すみませぬ。兄上の許可も無しに…。成戸様がそこに……。」


ペロリと舌を出し、仕切り布の方を指差す波人。

蓮華は、呆れたように、息をつく。


「もう、来られておるなら、帰れとは、言えぬだろ。」


蓮華の言葉に、仕切り布から、スッと出てきた成戸は、顔を伏せたまま、正座をして深々と頭を下げた。


「初めて、お目にかかります。成戸と申します。御屋敷には、何度かお伺い致しておりましたが御挨拶も無しに、申し訳ございません。」


そう言って、顔を上げた成戸は、驚き息を飲む。

病で伏せている為、少しのやつれはあるが長い黒髪に、色白の蓮華は、美しかった。


「こ、これは、失礼致しました!波人様、兄上ではなくて、姉上ではございませぬか!」


慌てた感じに、両手で顔を隠した成戸に、一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに、あっはははと声を上げ、波人は笑った。


「成戸様、姉上ではありませぬ。兄上ですよ!」


「えっ……?」


声を上げ、成戸は、もう一度、蓮華を見た。

確かに、美しいが、波人の言う通り、蓮華は、男のようだ。


「わざわざのお見舞い…ありがとうございます。」


そう言って、軽く頭を下げた蓮華に、成戸は、見とれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る