第26話 常識だぞ
ハドソンに案内され、一行は安眠亭に到着する。
ラドン人の旅人相手に宿側はギョッとするが、ジョセフが事情を話して理解してもらう。
「ラドン人は警察の仕事で来ている。この一帯に凶賊が出没するという情報があるのだが、私とて一般臣民のラドン人に対する感情は理解している。どうしても協力したくないのであれば強制はしない。ただ、被害が出た場合には近所からは何と言われるかまではわかりませんが」
「もちろん協力させていただきますよ」
「それは重畳。ご協力感謝する」
ジョセフの脅しにも聞こえる説得により、ヤンたちは宿に入ることが出来るようになった。
通りが見渡せる部屋に案内されると、ヤンがジョセフに頭を下げた。
「申し訳ねえことで。自分らのせいで宿に入るのも難儀いたしまして」
「気にすることはないさ。わかっていて君たちラドン人を雇っているのだから。それにしても滑稽だねえ。臣民は皆皇帝陛下によって支配されているというのに、それが早いか遅いかで優越を感じているとはね。むしろ、先に支配下に入った方が弱いってことじゃない」
「いいんですかい?そんなことを言って」
ヤンは驚いて周囲を見回した。
ここにいるのはデルタの関係者だけなので問題は無いと思うが、万が一誰かに聞かれていた場合は不敬罪に問われかねない。
貴族であっても皇帝に対しては不敬罪が適用される。
過去には政敵の貴族を追い落とすために、それが使われたことだってあるのだ。
「陛下の批判じゃないよ。むしろ、陛下のお考えを臣民が理解できないことを嘆いているんだ。八紘一宇の精神を臣民が理解できていないのであれば、今後併呑されるであろう民族も、同じように理解できないのだろうしね」
「物はいいようですな。わしらとしちゃあ、ラドン人に理解のある長官に失脚されちゃあ困るんですが」
「まあ、表じゃ言わないようにしておくよ」
ジョセフという後ろ盾が無くなれば、マオタイたちの立場もどうなるかわからない。
せっかく最近ではデルタの周辺の住民と打ち解けてきたところなので、ヤンとしてはこの状況を失いたくなかったのである。
それは今ここにいる他のラドン人も同じであった。
そんな彼らの気持ちに対して、ジョセフの返答は軽かった。
ジョセフからしてみれば、不当な差別にこそもっと怒りをぶつけるべきだと思っており、これでもかなり抑えている方だったのである。
とまあ、そんなやり取りがあったものの、ジョセフは早速窓から外を見た。
「今時分なら往来の人も良く見えるが、果たして夜はどうかなあ」
「なあに、連中とて闇夜の中じゃあ歩くこともままなりませんから、ランタンなんぞを使うことでしょう」
と、チャックが隣に来て言った。
「ところで、どうして自分がこのメンバーに選ばれたんですか?」
「それはチャックの顔が一番警察官に見えないからだよ」
「そりゃひでえ。俺だって傷つきますよ」
「なら無精ひげを剃ることだね」
「考えときましょう」
そういってチャックは自分のひげを手で撫でた。
どうにも剃る気はないらしいとわかり、ジョセフは笑う。
それから時間もたち、ついにリョショウとの約束の時が来た。
リョショウが店を抜けてやってくる。
「みなさんお揃いで。おや、ヤン親分じゃないですか。ご無沙汰しております」
ヤンに気づいたリョショウは頭を下げた。
「こちらこそ。元気そうでなによりだ。てめえは今は引退しまして、二代目をこの倅のマオタイに譲っております」
「息子のマオタイです。以後お見知りおきを」
ヤンに紹介されたマオタイが挨拶をする。
「本日は手前の願いを聞いてくださりありがとうございます。いい面構えの息子さんじゃねえですか」
「親からしたらまだまだですがね」
ヤンとマオタイはジョセフの手下になったそぶりを見せずに会話を続けた。
一通りヤンと会話をしたリョショウは、ハドソンにジョセフとチャックのことを訊ねる。
「ラドン人はわかるが、こちらのお二人は?」
「昔助けてもらったことがある二人でしてね。無頼で年がら年中遊郭にいるんで、見つけるのも楽だったというわけです」
ジョセフとチャックは遊び人というていであった。
二人とも知らなければ警察官には見えない外見で、ジョセフは良いところの家で育った厄介者で家出中、チャックは喧嘩好きの無頼漢といった役柄がぴったりであり、そうした役を演じている。
「へへへ、懐具合が寂しくて、前金につられてやってきました」
ジョセフは笑いながら頭を下げた。
リョショウは優男のジョセフを頼りなく思ったが、ハドソンが連れて来たなら間違いないのだろうと、不安を口にはしなかった。
そして、チャックは役に立ちそうだなと思ったのである。
「事情は?」
リョショウは助っ人の顔を確認すると、事情の説明が必要かどうかをハドソンに訊ねた。
「すでに説明済みで」
「そいつあ話が早い」
「あの」
「何か?」
説明はいらないかと思った直後、マオタイが質問をしてきた。
「賊は男娼ってことですが、奴らは好き勝手に遊郭から出られるもんなんですか?」
質問は仕事の内容ではなく、男娼についてのことであった。
ジョセフとチャックは残念な子を見るような視線をマオタイに送る。
リョショウも同じ気持であったが、ヤンの息子ということもあって、そうした感情を表には出さずに、事情を説明する。
「ふむ、二代目は遊郭の事情に疎いと思われる。女の妓楼などは借金のかたに売られてきたものが殆どであり、そうした者は逃亡しないように外出の自由はない。だが、男娼ともなるとそもそもの需要が少なく、女衒から買うような店はほとんどない。だから、男娼は皆通いなんだ」
「そうだよマオタイ。そんなの常識だよ」
とジョセフがリョショウの説明を肯定し、チャックも頷いた。
「常識だな」
「もっと遊郭のことも勉強しねえとな。どこでその知識が役に立つかわからんから」
ハドソンにもそういわれ、マオタイは己の無知を恥じる。
が、同時に彼らはどうして男娼の事情にも詳しいのか不思議であった。
「よし、この仕事でまとまった金が入ったら、遊郭で男娼を買うか」
「いや、男はいいよ」
ジョセフの誘いをマオタイは断る。
チャックはそれをにやにやしながら見ていた。
ただし、ふざけていたのはそこまでで、その後は見張りの順番を決めて、キシたちの襲来に備えるのであった。
なお、宿で出てきた飯はタニシの味噌煮のおかずがついていた。
それを見たハドソンは
「そういや仕込み途中のタニシはアンナがちゃんと回収してくれたかな」
とつぶやく。
「へえ、タニシ料理を仕込んでいたの?」
ジョセフはそういってタニシをフォークで刺すと、口に入れた。
「これと同じ味噌煮を作ろうと思いやして」
「なるほどねえ。ここの味も悪くないが、ハドソンのタニシの味噌煮を食べちゃうと物足りないねえ」
タニシを食べたジョセフは本音の感想を述べた。
ハドソンの料理の腕前は一流であり、それと町の宿を比較してはかわいそうというものである。
その会話を聞いたリョショウが興味を持つ。
「へえ。屋台まで行ったが食べる機会がなかったのは残念だ。そんなに美味いなら食っておけばよかった。それにしてもハドソンが料理をねえ」
「ええ、つとめに必要なんで色々と覚えやして」
「それなら今度、屋台の客としてうかがうよ」
「是非に」
安眠亭でそんな会話がなされている頃、キシはヒカンとともにアジトにいた。
ヒカンの身長は190cm。
でかいうえに腕っぷしも強い。
おまけに人を殺すのにも慣れていて、躊躇いなく殺すことが出来るという人物だ。
「兄貴、ありがとうございます。兄貴がいればあの店の用心棒もいないも同然」
「なあに、可愛い弟分の頼みとあっちゃあ断れねえよ」
ヒカンが悪い笑みを浮かべる。
愛想笑いをするキシであったが、心中は取り分をあがりの半分要求されて穏やかではなかった。
(けっ、取りすぎなんだよ)
と頭の中で毒づく。
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