第25話 ふくすいぼんにかえらず
ハドソンの朝は早い。
仕込みを屋台でやらなければならないため、日が昇って周囲が明るくなると動き始める。
盗賊時代、引き込みのために覚えた料理であったが、密偵となってからは毎日料理をしていることもあって、腕が上がっていた。
本人は気づいていないが、高級レストランで雇われてもおかしくないくらいの腕前なのである。
そんな一流の味は、こうした朝早くからの仕込みという地道な努力から作られていた。
今日はタニシの味噌煮を作ろうと、ごぼうとタニシを湯がきはじめたところ、見知った人物がやってきたのに気付いた。
「どうも、おはようございます。リョショウさん。どうかされましたか?」
「すまんね、朝の仕込みで忙しいところを。ちょいとばかし、お前さんに助けてもらいてえことになったんだ」
ハドソンはリョショウの表情が険しいことに気づいた。
そして、その原因がジョセフの仕事に関係ありそうな予感がしていた。
「自分なんぞがお役に立てることがありますか?」
「ああ。ちょいとばかし荒っぽいことをすることになってねえ。自分だけだと手が足りねえんだ」
「その話、詳しく聞かせていただきやしょう」
まだ開店していない屋台の椅子にリョショウが腰掛ける。
周囲から怪しまれないように、ハドソンは仕込みを続けながら話を聞く。
「昨夜(ゆうべ)うちに賊が入った」
「ほう。被害は?」
「ありゃせんよ。ナイフを投げてやったら驚いて逃げていきやがった。で、そいつらの後をつけて、アジトを突き止めてやったのよ」
「流石ですね。腕はいまだ衰えずですか」
「なあに、昔取った杵柄だ。お前さんだって歳をとってもできるだろうぜ」
「そんなもんですかね」
「ああ。おっと、話がそれちまった。でなあ、そいつらが今夜もう一度わしの店に押し込むってえんだ。なんで、そいつらをやっつけるためのひとでが欲しい。堅気の知り合いにゃあ頼めねえが、かといって昔の伝手もねえ。たまたまこの前お前さんに会ったから、藁にも縋る思いでな」
ハドソンは予感が的中したなと思った。
また、元盗賊としてリョショウも警察と関わり合いになりたくないので、こうしてハドソンを頼ってきたこともわかった。
ならば、協力するふりをして、凶賊を召しとることにしようと考えた。
「ようござんしょ。自分の方で助ける奴を集めてみましょう。ですが、急ぎですんでこっちの方も」
ハドソンはそういって親指と人差し指で丸を作る。
「金は前金で200万。うまくいったらもう200万出そう」
リョショウは200万キュリー分の金貨をチラリとハドソンに見せた。
ハドソンはそれを確認すると、通行人に見られないように素早く受け取る。
早朝とはいえ、誰がどこで見ているかわからない。
こんな大金を往来でやり取りしているなどというのは、とてもではないがまともな職業じゃないと見られてしまう。
それに、治安の悪い遊郭の中である。
誰ぞが奪おうと襲ってきたとしても不思議ではない。
だから、見られるわけにはいかないのだ。
「これなら申し分ねえ。すぐにでも集めに取り掛かりやす。で、集まる場所は?まさかコウユウの店の前ってわけにもいかねえでしょう」
「うむ。そこだな。アジトもなければ借りる伝手もない」
「じゃあ店の近くの宿にしやすか。たしかあの辺に安眠亭って旅人宿があったでしょう」
「うむ。じゃあそこで落ち合おうか」
「午後の五時までには行きますんで」
「五時だね。頼むよ」
リョショウは時間を確認すると席を立つ。
ハドソンも折角の仕込みであったが、それを止めてジョセフの屋敷へと向かった。
本来ハドソンがジョセフの屋敷に直接行くのは問題なのだが、今回は時間が無いので特例として訪れることにしたのだ。
ジョセフであれば、そのことを咎めることはしないという信頼もあった。
ただ、念のため変装をしている。
密偵であることがばれてしまえば、命の危険があるからだ。
こうして、朝の出勤前のジョセフに会うことが出来た。
室内に通されたハドソンがやや困惑したのは、ジョセフの行動を見たからであった。
「おはようござい――――」
「おはよう。早いね。何か問題でも」
と返事をするジョセフの視線はハドソンを向いていなかった。
ジョセフの視線は布によって遮られているが、ジェシカの方を向いていた。
というか、ジェシカの胸の部分に顔をうずめていたのである。
「馬鹿ジョセフ!」
とマリアンヌがジョセフの後頭部を殴る。
「痛いなあ。僕らの仕事はいつ死ぬかわからないんだよ。家を出れば死ぬ覚悟だ。だから、出る前にジェシカの匂いを沢山嗅いでおきたいんだよ」
「そんなに未練があったら、死んでも閻魔様の前に行けないでしょう」
「それは結構なことで。実にいい」
マリアンヌはジョセフにこれ以上言うのを諦め、ハドソンに謝罪をした。
「悪いわね。最近出かける前のキスがこれに変わっちゃって」
「夫婦仲が良いのは羨ましい限りで」
「で、急ぎの案件なんでしょう」
「へえ」
ハドソンは頷いてリョショウのことを話した。
ジョセフも一応その話に耳を傾ける。
鼻と目以外は暇を持て余しているからだ。
「なるほどね。賊が押し入るのを防ぎたいけど、警察には通報したくないと」
「そういうことで。助ける奴を集めると言ってきやしたんで、デルタのメンバーをお借りしようかと」
「それならわしも行こう。それに、マオタイもな」
と口をはさんだのはヤンであった。
屋敷で人質という名の居候をしている彼の耳にも、ハドソンの話が届いたのである。
「わしならリョショウとも面識がある。それにマオタイたちが二代目を襲名したと言えば、ラドン人たちを大勢連れていけるじゃろう」
「なるほど、そいつぁいい」
ハドソンもその話を聞いて膝を打った。
そこにきて、やっとジョセフがジェシカから離れて、話に加わってきた。
「僕も行くよ。それとチャックを連れて行こうかな。他のメンバーは店からちょっと離れたところで待機だね。まずは僕らでその賊を捕まえようじゃあないか」
「それじゃあ旅装束の準備をしますかね」
ヤンは自分の部屋に戻る仕草をする。
それでジョセフも気づく。
「ああ、旅人宿に集まるんだったね。それと、もう一つ気になるのはリョショウの別れた元妻か。賊に間取りやらの情報を渡したとして、それだけで終わるのかどうか」
「ま、それだけ取れりゃあ用済みですからねえ。今のところは情報を渡したのも彼女かどうか定かじゃありませんが」
「十中八九彼女だと思うよ。復縁かなわぬとなって、強硬手段に出たか」
「フクスイ盆に帰らずってやつでして、一度別れたら元に戻るのは難しいもんでさあ」
「なんだい、そのフクスイ盆に帰らずっていうのは?」
ジョセフは聞いたことがない言葉だったので、その意味をハドソンにたずねる。
「海の向こうの国の話なんですがね。そこの国には盆っていう先祖の魂が帰ってくるじきがあるって信仰がありまして、新年でも帰省しねえが、その時期にはみんな故郷に帰って先祖の魂を迎えるらしいんです。で、その国にフクスイっていう孝行息子とその母親がいたんですが、フクスイは都に出稼ぎに行って、毎年盆に帰省していたんです。ところがある年、結婚して新妻と帰省すると、母親が一方的に嫁にきつく当たったんで。ま、嫁姑問題って奴ですね。母親からしたら、可愛い息子を盗った女に見えたんでしょう。ここで孝行息子だったフクスイが妻の味方をして母親と大喧嘩。もうここには帰ってこないと言って出て行ってしまったんですよ。で、あくる年になっても、そのまたあくる年になっても、ついぞフクスイは帰ってこなかった。母親は死ぬまでそのことを後悔したそうで、それを見ていた近所の人が、あのフクスイですら帰ってこなくなるように、人間関係のこじれの修復は難しいなって思ったそうで。それをフクスイ盆に帰らずって呼ぶようになったんです」
「へえ。ハドソンは物知りだねえ」
「褒められるほどのもんでもございませんで」
その後、ジョセフは出勤してマオタイたちラドン人とチャックに命令を下し、他の者にも日が暮れてからコウユウの付近に来るようにと指示を出した。
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