第27話 押し込み

 時刻は深夜二時となり、いよいよ通りを歩くものは猫以外にはいなくなった。

 安眠亭もその名の通り、客は安眠している。

 ジョセフ達を除いては、だが。


「店の者たちは事情を話して隣の店に匿ってもらっている。明るいうちでは奴らの目があるから、遅くなってしまったがなあ」


 リョショウが店の方を眺めながらそう言う。

 妻と子供に従業員は、皆隣の店に匿ってもらっており、賊が侵入しても問題ないようになっている。

 なぜ今日なのかを説明するのが苦しかったが、そこはリョショウが強く命令することで乗り切った。

 隣でジョセフは月夜を見ながら


「月を眺めながら酒を飲むのも乙なものだけど、窓を閉め切って長夜の飲といきたいところだねえ。金も入るし」


 と呑気にかまえる。

 リョショウはそれを見て、この男は大丈夫なのかと心配になった。

 ただ、これはジョセフの演技である。

 あまりにもてきぱきと指示を出してしまっては、遊び人に扮しているのが台無しになるため、敢えて頼りなさそうな風を装っているのだ。

 そうしているうちにも、薄暗いランタンの光が見えた。

 キシたち一行である。


「来たぞ」


 リョショウは小声で部屋の中の者たちに伝えた。

 皆、すぐに部屋を出て、宿の裏口からコウユウへと向かった。

 ジョセフたちが向かっているとも知らず、キシたちはコウユウの裏手に回ると、そこから壁を乗り越えようとした。


「今日こそはおたからをいただくぜ」


 キシはにやりと笑う。


「店の者は全員斬ればよいのだな」

「店主のジジイだけは、鍵のありかを聞き出すまで待ってもらえませんか」


 殺す気満々のヒカンにキシは苦笑いをした。

 暗闇で見えないが、見えていたらヒカンに殴られているところだ。


「まあ、腕の一本も斬れば、すぐに吐くだろうがな」


 ヒカンがそう言ったところで、ジョセフたちが到着する。


「そこまでだ。お前らが来るのはお見通しだよ。残念ながら店の者たちは誰一人中にはいない」


 ジョセフが声を掛けると、賊たちはビクリとして声の方を向いた。


「てめえ、ナニモンだ?」


 ヒカンは剣を抜いて構えながら問う。


「名乗るほどの者でもないよ」

「見られたからにゃあ、生きては帰せねえ」


 ヒカンがそう言って斬りかかってくる。

 が、直後にジョセフの前に大きな影が出た。

 チャックである。


「がっ!!!」


 ヒカンは苦悶の表情を浮かべて前かがみになった。

 チャックの動きが早すぎて、ジョセフには見えなかったが、チャックの前蹴りがヒカンのみぞおちを捉えたのである。

 大柄なヒカンが前かがみになって顔を下げたことで、チャックにとってのベストポジションとなる。

 素早く懐に入ると、掌底打ちがヒカンのあごに決まる。

 首を支点として、あごが力点となり、脳が作用点になる。

 激しく脳が揺さぶられたことで、ヒカンは脳震盪を起こしてその場に倒れた。


「兄貴!」


 キシは頼りにしていたヒカンが簡単に倒されたことに驚いた。

 そして、目の前の相手ははるかに格上で手に負えないことを理解し、逃げ出そうとした。

 その背中にマオタイが飛びかかる。


「おっと、逃がさねえぜ」

「くそっ!」


 悪態をつくも地面に倒され、上に乗っかられて後ろ手に縛りあげられると、それ以上は何もできなかった。

 そのほかの者たちも、次々と捕縛されてしまい、誰一人として逃げ出せなかった。

 暴れられたことで満足のチャックが笑顔でジョセフのところにやってくる。

 それと比べてジョセフはやや不満顔であった。


「僕いらないじゃない」

「ま、たまにはいいんじゃないですかね。誰も怪我をしてねえですし、こんなことが毎回続けばいいんですが」

「高望みだねえ」


 その会話を横で聞いていたリョショウは、違和感を覚えた。

 どうにも会話の内容からして、ジョセフの方がチャックよりも格上である。

 しかし、遊び人の放蕩息子がどうしてこんなにも強い無頼漢よりも格上なのか不思議であった。

 が、今は捕まえた賊の処分を優先させようと、その疑問については訊くことはしなかった。


「さて、こいつらを捕まえたが、これから警察に突き出すにしても理由を考えなきゃならんなあ。朝から考えていたが、良い考えが浮かばん。ハドソン、なんぞ良い案はあるかね?」


 リョショウはハドソンに訊ねる。

 すると、チャックはたまらず笑い出した。

 その態度にリョショウはムッとする。


「何がおかしいのかね?」

「いや、それなら必要ないってもんでね」

「どうしてだ?これだけの賊を準備して捕まえたとなれば、警察だって不審に思うだろう」

「それなら解決ってもんだ」


 そう言うと、チャックは指を口に入れて口笛を吹いた。

 すると、店を遠巻きにみていたマリアンヌたちが姿を現す。

 ここでジョセフがネタばらしをした。


「僕たち警察なんだよね」

「えっ!?」


 リョショウは腰を抜かすほど驚いた。

 ハドソンだけならまだしも、ヤン親子まで居ながら、それらが警察だというのをにわかには信じられなかった。

 すると、ヤンが申し訳なさそうに説明する。


「わしらは長官に許されて、今ではこうして警察の仕事をしているわけで。まあ、わしは引退した身じゃが、息子の方は現役の捕り方をしておるよ」

「ハ、ハドソンもか?」

「俺の方も長官に捕まってね」


 ヤンとハドソンがジョセフを見た。

 それでジョセフがその長官だとわかる。

 そして、そこでジョセフとチャックの会話のやり取りに納得がいった。

 この場で一番偉いのがジョセフなのである。

 それと同時に怒りが沸いた。


「昔の仲間を売ったのか!」


 リョショウはハドソンを怒鳴った。

 ハドソンは申し訳なさそうに頭を下げる。


「売ったつもりはないですが、事情を説明したらこの話を断られると思いやして。申し訳ねえ」

「売ったつもりはねえとはどういうことだ。これでわしもお縄だろうが!」


 怒鳴るリョショウと謝るハドソンの間にジョセフが割って入る。


「僕らは凶賊専門だから、過去に誰も傷つけたことない盗賊は対象外なんだよね。今回騙すみたいな形になったのは申し訳ないけど、結果として善良なる臣民は誰一人被害を受けてないんだから、それでよしとしてもらえないかな。もちろん、あなたの過去を問うことはしないよ」

「本当か?」

「もちろん。それに、二十年以上前に引退した盗賊で、親分も死んだとなっちゃあ、今から取り調べたってろくな証拠もないじゃない。どうやって罪に問うのさ」


 ジョセフはリョショウを捕まえるつもりなどなかった。

 過去の犯罪はあれども、今は堅気として暮らしており、それを管轄を越えてまで捕まえようとは思ってなかったのである。

 そんなジョセフにハドソンは


「いや、まだ一人、ダッキ姐さんが見つかっておりませんが」


 といって、ジョセフにダッキのことを思い出させた。


「ふむ。予想ではコウユウの情報を賊に流しているので、それが善良な臣民に入るかどうかは疑問だけど、行方を探さないとだねえ。えっと、主犯のやつを締め上げてみるかねえ。力を使ってないし、いい機会だ」

「それなら自分が」


 言うが早いか、チャックが横からやってきて、すぐにキシのところへ行き、地面に転がされているその顔を蹴飛ばした。


「ぎゃん」


 たまらずキシが悲鳴を上げる。


「ちっ、犬っころだってこの時間には静かに寝ているってえのに、大きな声をあげるんじゃねえ」


 チャックはのたうち回るキシを睥睨した。

 自分で蹴っておきながら、なかなかの言い分である。


「さて、俺の蹴りがいてえのはわかっただろう。だから正直に答えるんだぜ。ダッキっていう女を知っているか?」

「ふぁい……」


 キシは蹴られた拍子に口の中を切ったのか、返事が鮮明ではなかった。

 チャックはそんなことは気にせず質問を続ける。


「この店の情報もその女から聞いたんだろう?」

「ふぁい」

「で、その女はどうした?」

「ころふぃまふぃた」

「殺したでいいんだよな?」


 言葉が鮮明でないためチャックがきき返すと、キシは頷いた。

 その後の調べてダッキは殺されて、キシのアジトの床下に埋められたことがわかった。


「さて、じゃあ後で掘り起こしてみようか。それにしても殺すことはないだろうに」


 ジョセフは呆れた顔でキシを見た。


「分け前を渡したくなかったんでしょ」


 いつの間にか隣に来たマリアンヌがそう言う。

 また、ダッキの死を知ったリョショウは肩を落とした。


「あれも贅沢が好きな女でしてなあ。堅気になって始めた店の経営が思わしくなかったときに、見限られてしまったのはわしにも落ち度がある。アルフレッド親分の元で知り合って結婚したときは、こんないい女一生楽させてやりてえと思ったのに、それが出来なかったわしの落ち度か」


 その様子を見たジョセフたちは、かける言葉が見つからなかった。

 なので、キシたちを連れてデルタの施設に帰ることにした。


 日が昇ってからその場を掘り起こすと、証言通りダッキの遺体が出てきた。

 ジョセフもその場におり、遺体を確認するとリョショウを呼ぶために、コウユウに人を走らせた。

 そして、自分はトニーの酒場へと向かった。

 トニーの酒場でハドソンとヤン、マオタイと合流し、リョショウの到着を待つ。

 勿論、部屋は奥の個室となっている。

 そこにリョショウがやってきた。

 リョショウは来る途中で何を言われるかと心配していたが、ジョセフの他に三人がいたことで少し安心した。


「お呼びとききまして」

「悪いね。僕らが表立って会っているのを見られたくないもので」

「事情は承知しております」

「それでね、ダッキの遺体が証言通り出てきた。残念ながらね」

「そうでございますか」


 リョショウはがっかりした表情を見せた。

 別れた妻とはいえ、まだ情が残っているのだ。


「で、もらった前金200万キュリーを返すよ。これで弔ってあげたらいいと思うんだ」

「返していただけるんで?」


 前金の返金の申し出にリョショウは驚いた。

 本人は驚きの連続で、前金のことなどすっかり頭からぬけていた。

 まあ、抜けていなかったとしても、とても返してもらえるような金ではないと思っていた。

 それを返すと言われれば、当然ながら驚く。

 ましてや、ダッキの弔いをとまで言われれば、感謝の念しかなかった。


「僕らは公務で動いたまでのこと。これを受け取るわけにはいかないよ」

「ありがとうございます」


 リョショウは頭を下げた。

 その下げた顔から数滴の水が垂れたが、薄暗い店内では皆気づかない。

 雰囲気では察していたので、リョショウが落ち着くまでは誰もしゃべらず、その時を待っていた。

 リョショウが頭を上げて


「このご恩をどうお返ししてよいものやら」


 というと、ヤンが待ってましたとばかりに口を開く。


「恩を返したいというのなら、俺たちみたいに警察側の人間になるかい?」

「私がですか?この歳で密偵が務まるとも思えませんが」


 年齢を持ち出すリョショウに、ジョセフが笑いながらこたえる。


「何も密偵として動いてもらうつもりはないよ。ただ、凶賊の顔を知っているのだから、その連中を見かけたら報告してくれる程度でいいんだ。強制はしないけどね」

「謹んでお請けいたします」


 リョショウは即答であった。

 自分の過去の罪を見逃してくれたことと、元妻ダッキの弔いに気をかけてくれたことの恩義に対し、返せるものがそれくらいしか無かったからである。

 それを聞いた一同はホッとした。

 そしてハドソンがジョセフに訊ねる。


「リョショウも加わったことですし、今後の方針を聞いておきましょうか」

「方針ねえ。ほうしんだけに帝都(ちゅうおう)の悪を討つことだね」





 このオチを書くためだけに、登場人物の名前からはじまり、覆水盆に返らずや、長夜の飲をムリにねじ込んだりしたけど、封神演義知らないとさっぱりなわけで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る