第22話 顛末

 サイラスたちはミスリルの店員と客を殺した罪で逮捕となった。

 それだけで死刑となるのが確定しており、どうせ助からないならと過去の罪をぺらぺらとしゃべり始めた。

 ただ、サイラスの活動拠点が帝都でなかったため、そちらの方の調べについてはそちらの警察が行うこととなり、ジョセフの出番はなかった。

 自白の裏付けのため、サイラスたちの処刑はまだ行われていない。

 ジョセフは引き続きサイラスを尋問し、余罪の追及をする日々である。

 今はジョセフとマリアンヌでサイラスを取り調べているところだ。


「本当にこれで全部?」

「覚えているのはな。子供のころのかっぱらいなんて、いちいち覚えちゃいねえよ」

「それもそうだね。被害者も探せないだろうし、それはいいよ」

「ただな」


 と言ってサイラスはジョセフを睨んだ。


「何か?」

「俺たち兄弟がこうなったのも、元をただせば教会の連中のせいだ。そいつらがなんの罰も受けねえで、神の教えとやらを説いているのが気に入らねえ。そっちも捕まえてみろい」

「残念ながら僕は凶賊専門でね。それは管轄外なんだ」

「ちっ、使えねえな」

「それについては申し訳なく思っているよ。本来世の中の全ての悪を取り締まるべきなんだろうけどね。教会については警察権力も及ばず、自らの宗教警察が取り締まりをしているんだ。自縄自縛なんてするわけがないよね」


 ジョセフは後ろ手に組んで天井を見た。

 彼とて教会の悪事のうわさは聞いており、なんとかしなければという気持ちはあったのだ。


「世の中ってなあ不公平でいけねえやな。俺ら兄弟にも親がいりゃあこんなことにはなってなかっただろうぜ。ま、教会を標的にした嘗め帳を盗賊どもにたくさん売りつけたし、そいつらが俺の代わりに復讐を果たしてくれるだろうよ」


 サイラスが笑いながら言う。

 色々なものが吹っ切れたかのような、裏のない笑顔であった。

 なお、嘗め帳とは盗賊が押し入るための店舗や教会、屋敷の情報が書いてある書類のことである。

 おおよその資産だったり、金の出入りの日程、昼夜の人数などが記してある。

 こうしたものを作る専門家がいて、それを情報屋が売っているのだ。


「そんな笑顔でこっちの仕事が増えることを言われてもねえ。それに、世の中の孤児全員が犯罪者になるわけでもないよ」

「そりゃそうだが、行った先の孤児院から逃げ出したとなりゃあ、生きていくには悪事に手を染めるしかねえよ。それとも、そうした孤児はそのまま死ねっていうのかい?」

「そうは言わないが、かっぱらいくらいでやめておいて、大人になったらまともな職に就くっていう選択肢もあったんじゃないかな」

「それを十にもならない餓鬼がわかるとでも?」

「それもそうか」

「でだ。あんちゃんがてめえのおやじを殺して、嫁の家を乗っ取ったかもしれねえが、それというのも、俺たち兄弟がこの道に入った原因は教会だ。あそこがまともだったら、誰一人として不幸になっちゃあいなかったと思うぜ」


 サイラスに言われてジョセフは黙ってしまった。

 犯罪者は許されざる者であるが、その原因には貧困などの事情がある。

 ティム、サイラス兄弟の境遇を考えれば、犯罪者となるのも致し方ないことかもしれないと思えたのだ。

 しばしの沈黙が続く。

 すると、取調室のドアがノックされた。

 入ってきたのはチャックであった。


「長官、サイラスを刑に処すので引き渡すようにとの指示が」

「あ、もういいのか」

「いよいよ俺も年貢の納め時か」


 サイラスがため息をついた。

 ジョセフは地方での犯罪の取り調べが終わるには早すぎると思った。

 そんなジョセフの疑問にマリアンヌがこたえる。


「自白の裏どりなんていいのよ。余計なことを言われる前に消えてもらいたい人がいるってことでしょ」

「それはあんちゃんの持っている情報を俺も持っていると思っているからだろうな。だが、俺は本当に知らねえよ。しばらく帝都にいなかったんだから」


 サイラスが訴える。


「財務大臣閣下のことは知っていたじゃない。閣下はご病気のため大臣の職を辞されて、直後に自宅で病により身まかられたわ。それを見たら、後ろめたいことがある連中はこぞって心配になるでしょうね」

「閣下は伯爵でもあったけど、当主死亡により長男の爵位継承を陛下に申し出たところ、それが却下されたからねえ。事実上のお家おとりつぶしだったね」


 とジョセフも頷く。

 財務大臣はジョセフをおびき出す書簡を、サイラスに脅されて書いたということで、宰相から責められていた。

 ただし、そんなことを公には出来ないので、病気を理由に辞任という形になったのだ。


「もう少ししゃべっていたかったが、それもかなわねえか。なあ、天国ってどんなところだ?」

「天国に行けると思っているの?」


 サイラスの問にジョセフは驚く。

 罪人が天国に行けるなどという教義はカルシウム教にはない。


「聞いてみたかっただけだ。次に生まれ変わって普通の家庭に育ったなら、天国に行けるかもしれねえじゃねえか」

「そういうことなら。カルシウム教の教えでは天国とは『仙楽風にひるがえりて処々に聞こゆ。緩歌慢舞糸竹を凝らし、尽日皇帝看れども足らず』ってなっているよ」

「言葉が難しいな。簡単に言ってくれ」

「美しい音楽と踊りがあって、皇帝といえども見ていて飽きないほどってことだよ」

「興味がねえな。酒と女と博打はねえのか?」

「どうだろうねえ。行ったことないからわからないよ」


 ジョセフは肩をすくめた。


「ちっ、しょうがねえなあ。まあ、地獄だろうが天国だろうが、何もなければ俺が仕切るまでよ」

「向こうの警察に捕まらないでね」

「変な心配するねぃ」


 そこまで言ったところで、サイラスはチャックに連れていかれた。

 その翌日、彼とその手下たちは処刑されることになる。

 取調室に残ったジョセフはマリアンヌを見た。


「この世を地獄にしている連中が、のうのうと生きているのは許せないよねえ」

「そうはいっても警察の管轄外よ。どうするの?」

「御免状があるとはいえ、軽々には動けないからね。今は何もしない。でも、サイラスの言うように、うちもジェシカの家も、教会がまともだったらこうはなっていなかったんじゃないかな。その責任は必ず取らせるよ」

「随分と正義感に燃えているようね」

「ま、私怨だけどね。決して褒められたもんじゃないさ。さあて、今日は早めに帰ろうかな。ずっと忙しくて、ジェシカとの時間が取れなかったから」


 そんなジョセフをマリアンヌが鼻で笑う。


「お熱いことで」

「そうだよ。天にありては比翼の鳥となり、地にありては連理の枝となる。僕たちはそんな夫婦なんだから」

「言ってて恥ずかしくないの?」

「全然。じゃあ、あとの事務処理はよろしくね」

「はいはい」


 ジョセフはマリアンヌに調書の処理を任せて帰宅した。

 門をくぐると庭でアンナが掃除をしていた。

 彼女は宿が焼けてしまったために、夫のハドソンとともに借家で暮らしていた。

 そして、宿を管理する仕事もなくなってしまったので、普段はこうして警爵家の掃除をしているというわけである。

 だたし、事件があれば密偵としての仕事となる。


「おかえりなさいませ」

「ただいま。サイラスたちの処刑が決まったよ」

「そうでございますか。宿の建て替え費用をぶんどってやりたかったですが、それもかないませんね」

「だねえ。まあ、宿はこちら持ちで建て直すよ。なにせ、盗賊たちがやってくる可能性があるんだから、無くしたままじゃあ勿体ない」

「承知いたしました。そうすればまた、宿の管理人ですね」

「よろしく頼むよ」


 元盗賊宿なので、アルフレッドを知っている現役の盗賊がやってくる可能性があるため、燃えた宿は建て直すことになったのだ。

 そこでまた、アンナに管理をしてもらう予定であった。


「私などにかまわず、どうぞ若奥様の元へお急ぎください。玉容寂寞(ぎょくようせきばく)として涙闌干(らんかん)のご様子ですので」

「それはまた大袈裟な」

「うふふ」


 ジョセフがアンナの大袈裟な表現を指摘すると、アンナはいたずらが成功した子供のように笑った。

 ジョセフはドアを抜けると一目散にジェシカの待つ部屋へと向かう。


「ただいま」


 と室内に入ってみると、ジェシカは目に涙を浮かべていた。

 これはどうしたことか、アンナの言うように涙闌干ではないかと狼狽える。


「ジェシカ、どうしたの?」

「ああ、旦那様。まつ毛が目に入りましてこのような有様で」

「闌干な様子に心配したよ」

「ご心配をかけて申し訳ございません。ああ、らんかんといえば、私のらんかんもそろそろ子を成す準備が整うころでございます」


 と言って、ジェシカはお腹のあたりをさすった。

 それを見たジョセフは若さが滾って、さあ今宵もと手をすり、舌をする。


「あらあら、らんかんといってもそのように手すりなさるとは」

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