第21話 室内にて

 ジョセフが待っていると引き戸が開けられた。

 そこに立っていたのは、当然財務大臣などではなく、サイラスだった。

 ハドソンの記憶を基につくった似顔絵そっくりであり、また、兄のティムにも似た雰囲気だったので、すぐにサイラスだとわかる。

 それ以外に後ろに控えているのが五人ばかり。

 ジョセフは咥えていた煙管を手に持った。


「部屋を間違えてませんか?」

「いや、ここで間違いねえ」


 とサイラスはこたえる。


「財務大臣閣下の顔を忘れるわけもないのですがね」

「それなら来ねえよ」

「本物の書簡でしたが」

「ああ、そうだろうな。あいつはあんちゃんの店の常連でなあ。変態プレイが大好きなんだよ。そのことをネタに脅したら、まんまと書簡を送ってくれたってわけよ」

「つまりこれは罠だったと」

「そういうこった。いつまでそんなすました面していられるかな」


 サイラスがそう言うと、後ろの連中が下卑た笑いを浮かべる。

 ジョセフは気にせず続けた。


「随分とおしゃべりなんだな」

「まあな。てめえに恐怖や絶望を感じてもらいたいからよ。何もなしにいきなりずぶっとやっちまったんじゃあ、なんの苦しみもねえじゃねえか」

「そこまで恨まれるようなことをした記憶はないんだけどね」

「ふざけるな!てめえが指揮してあんちゃんを捕まえたのはとっくに調べがついているのよ」


 調べもなにも、帝都で上演されている人気の演目である。

 調べようとしなくても耳に入ってくるじゃないか、とジョセフは言おうとしたがやめた。

 それよりも確認したいことがあったのである。


「それにしても、随分と店の中が静かなんだけど」

「邪魔な連中はてめえより一足先にあの世に送ってやったぜ」

「まさか、店の中の人間をみんな殺したのか?」

「そうよ。邪魔をされたくなかったんでな」


 ジョセフは表情にこそ出さなかったが、心の中は怒りの炎が激しく燃えていた。

 薬缶を乗せられるならすぐにでも沸騰しそうなくらいには。


「僕一人に随分と大掛かりな罠を仕掛けたもんだね。地獄に落ちるよ」

「地獄ならもう落ちているぜ。俺とあんちゃんは教会の孤児院出身だが、あそこじゃあ毎晩のように司祭どもに抱かれたからな。ちょっとでも夜の勤めで粗相があれば飯も抜かれる。ひでえもんだったぜ。あの地獄を生き抜けたのはあんちゃんがいたからだ。俺は神の言葉なんざあ信じねえし、ありがてえとも思わねえが、あんちゃんの言うことならなんだって信じて来たんだ。そんなあんちゃんを死刑台に送り込んだてめえにも地獄をみせねえとな」


 思い出し笑いならぬ、思い出し怒りとでもいおうか。

 サイラスの口調の怒気が強くなった。


「さて、そういうわけでそろそろ痛い目にあってもらおうじゃねえか。なに、すぐには殺さねえ。じっくりと嬲ってやるぜ」

「その前にちょっと煙草を」

「おっと、火は使わせねえよ。てめえの能力を使われたんじゃあたまらねえ。まあ、こんな室内で火を使おうものなら、てめえも燃え死ぬだろうがな」

「随分と詳しく調べてくれたもので。あんまり公にはなっていないんだけどねえ。まあ、何も火を使おうってわけじゃあないんだ」


 ジョセフはそういうと煙管の雁首を外した。

 そして、羅宇をサイラスに向ける。


ポン


 軽い音が室内に響く。

 音の発生源は煙管だった。


「ぐぁっ」


 サイラスの衣服、肩の部分に小さな穴が開き、血が飛び散った。

 サイラスが慌てて肩を押さえた。


「親分!」


 手下たちが戸惑っているうちに、ジョセフは煙管の羅宇に小さな鉄球を詰めた。

 そしてまた、ポンっという音が響く。

 動きの止まっていた手下の一人が眉間から血を出して、後ろに倒れた。


「おっと、威力の調整を間違えたか」


 ジョセフがまた鉄球を羅宇に詰める。

 そこでやっとサイラスは事態が飲み込め、手下たちに命令を下した。


「壁に隠れろ!」


 その命令に即座に動けなかった一人が、またしてもジョセフの煙管の餌食となった。

 しかし、サイラスたちが引き戸の横の壁に隠れたことで、ジョセフの方としてもこれ以上相手を倒せなくなった。

 そこでジョセフは室内の椅子をつかむと、窓に向かって放り投げた。


ガシャン!


 と音がして窓のガラスが粉々に割れる。

 その割れた窓からジョセフは外に飛び出した。


「野郎!」


 と手下の一人が壁から体を出すと、窓の外で待ち構えていたジョセフの餌食となる。


「ぎゃあ」


 それでまたサイラスたちは壁に隠れた。

 ジョセフの様子を確認したいが、顔を出せばまた撃たれるので、じっとしているだけになる。

 しばらくして、手下がサイラスに提案した。


「親分、あっしが別のところから外に回ります。合図で一斉に飛び掛かればあの厄介な攻撃もなんとかなるんじゃねえですか」

「たしかにな。次の攻撃をするのになんかを煙管に詰めていやがったからな。よし、頼むぜ」

「へい」


 そう言うと、手下は別の部屋に入っていった。

 その時には、ジョセフはすでに移動していた後だった。

 店の外側をまわって、外にいるデルタのメンバーを呼びに行ったのである。

 ジョセフは店の門から出ると、腕を大きく振って合図をした。

 店を囲んでいたデルタのメンバーが一斉に動き始める。


「店の中の客と店員はみんな殺された。今いるのは全部連中の仲間だ。動いている奴は捕縛しろ。女もだ」


 ジョセフの指示を聞いて、マオタイを先頭に店の中へとなだれ込んだ。


「武器を捨てて床に伏せろ。抵抗すれば殺す!」


 マオタイが叫ぶ。

 刃のついていないソードブレーカーではあるが、鉄の塊なので殴れば撲殺できる威力はある。

 ただ、どのみち捕まれば死刑となる盗賊どもは、おとなしく命令に従うことはしなかった。


「ここを切り抜けて逃げるぞ!」


 サイラスの指示のもと、盗賊たちは武器を持って抵抗してきた。

 ミスリル店内の各所で戦闘が行われる。

 ジョセフとマリアンヌはそれを店舗の外で見ていた。


「混戦となると、この新しい武器は使えないね。味方にあたっちゃう」


 ジョセフは煙管に雁首をもどした。


「うまくいったの?」

「そこそこ。銃の訓練でもしていれば、もう少しうまくやれたんだろうけどね」


 ジョセフは頭を掻いた。

 彼としては不満の結果であったのだ。

 さて、この煙管を使った攻撃であるが、仕組みとしては銃と同じだ。

 オキシジェン帝国の銃は火縄銃である。

 筒の中で火薬が爆発して弾丸を発射する仕組みであるが、ジョセフはそれを火薬の代わりに高圧縮したフロギストンを使ってやってみせたのだ。

 煙管の中に一気にフロギストンを生成させて高圧を作り出し、その圧力で弾丸を発射し、賊を撃ったのである。

 なので、乱戦ともなれば味方を撃つ可能性があって使えない。

 それでも、火を使わずに相手を攻撃できるので、雨の日だったり室内でも十分に威力を発揮できるという利点があった。


「さて、僕にできるのは誰も逃がさない檻を作るくらいか」


 ジョセフはフロギストンを生成し、店舗の回りに炎の檻を作り出した。

 しばらくすると、中に突入したメンバーたちがサイラスたちに縄をかけて店から出てきた。

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