第20話 ミスリル

 文房具屋ブランディットの斜め向かいの飯屋で見張りを始める。

 今はハドソンとチャックとマリアンヌが当番である。

 ハドソンが窓からブランディットを見ていると、夜目のダミアンが出てきた。


「あいつが夜目のダミアンって奴です」


 チャックとマリアンヌも窓から外を覗き込んだ。


「よし、俺がつけてみよう」


 チャックが尾行を買って出た。


「よろしくね」

「任せときなって」


 チャックはマリアンヌにウインクすると、部屋から出て行った。

 チャックが後をつけているとは知らず、夜目のダミアンは帝都の往来を歩く。

 途中足を止めたのは十番地区の教会の前であった。

 大聖堂は帝城の近くに建立されているが、庶民向けの教会は各地区にある。

 十番地区も例に漏れず、庶民向けの説法や墓を管理する教会があった。

 ダミアンは中に入るでもなく、教会の周囲を監視していた。

 それを見たチャックは盗みに入る下調べかなと思う。

 ただし、普通の人であればそこまでは気づかない。

 単に教会を見ている人というくらいの認識でしかないのだ。

 しばらくして夜目のダミアンは歩き始めた。

 そして、高級レストラン「ミスリル」に入る。

 ミスリルは門があって、そこから入ってやっと店舗の入り口となるレストランだ。

 庭園のつくりにも金をかけており、金持ちの客を迎え入れるにふさわしい雰囲気を醸し出していた。


「やつめ、高い店に入りやがって」


 チャックは愚痴る。

 彼の手持ちではミスリルに入ることは出来ない。

 捜査だと言えば入ることも出来ようが、今回はそうはせずに表で夜目のダミアンが出てくるのを待った。

 しかし、待てども待てども夜目のダミアンは出てこない。

 これはこまったことになったなと思っていたら、警らの警察官二人組がやってくるのが見えた。


「彼らに伝言をお願いするか」


 チャックは警察官二人を呼び止める。


「自分はデルタ所属のチャック・マッコイだ。実は夜目のダミアンって盗賊を尾行中なのだが、あそこのミスリルに入ってしばらく出てこない。ここを離れるわけにもいかないので、ラザフォード長官にこのことを知らせてもらえないだろうか?」

「承知しました」


 と二人はチャックの依頼を受けてくれた。

 それからしばらくするとミックがやってきた。


「聞いたよ。出てこないんだって」

「便所にも行けなくて困っていたところだ。ちょっと行ってくる」

「わかった」


 夜目のダミアンの似顔絵はミックも見ており、ひとりになっても見逃すことはない。

 チャックは便所へと急いだ。

 そして戻ってくる。


「動きは?」

「ないな。いや、ちょっと待て」


 ミックが店を指さすと、そこには人相の悪い連中が五人ばかり来ていた。


「いかにもな連中だな」

「店には不釣り合いだな」

「あっ、中に入っていくぞ」


 人相の悪い連中は店に入っていった。

 これは何かあるということで、ミックはジョセフに知らせに行くことにした。


 ミックがデルタに戻り、状況を報告する。


「長官、夜目のダミアンが高級レストランミスリルに入り、そこに人相の悪い連中が五人ばかり加わりました」

「ミスリルねえ」

「何か?」

「丁度さっき、財務大臣から招待状を受け取って、ミスリルで会おうということになったんだよ。なんでも緊急の案件だとか」


 机の上にある書類を指さすジョセフ。


「まさか、偽の書簡で呼び出そうってことじゃ」

「それがどうにも本物なんだよねえ」


 マリアンヌに確認してもらったところ、財務大臣本人の書簡であった。


「まあ、書簡が本物だとしてこのタイミングだと罠としか思えないんだけど」

「みんなで乗り込んでみますか」

「それで何もなかった時には警察の横暴だって言われそうだね。そういう罠の可能性もあるよ」

「それじゃあ?」

「一人で行ってみようかなと。何かあったとしても店の人間もいるから、すぐに外に助けを求めに行かせるよ」


 ジョセフは財務大臣の呼び出しに応じることにした。

 ただし、デルタのメンバーを店のすぐ外に待機させておく。

 何かあれば店の者にすぐに呼びに行かせるというつもりだった。


「義姉さんをいきなり未亡人にしないでね」

「させるつもりはないよ。備えもしていくしね」


 マリアンヌの心配をよそに、ジョセフの返答は軽いものであった。

 そして、ミスリルへと向かう。

 ミスリルに到着すると女性の店員が迎え入れてくれる。


「ジョセフ・ラザフォードである。こちらで財務大臣閣下と約束をしているのだけど」

「承っております」


 と返答をする店員の顔に緊張が見えた。

 そのことで、ジョセフはおやっと思った。

 ミスリルほどの高級店ともなれば、自分程度の貴族を案内することなど珍しくはないだろう。

 なのに、何故緊張しているのか。

 それはつまり、いつもと違うことがあるからだ。


「ご案内いたします。こちらへどうぞ」

「どうも、どうも」


 ジョセフは緊張に気づかないふりをして店員の後をついていく。

 案内される途中、店内が静かなことに気づいた。


「随分と静かなようで」


 と声を掛けるも、店員からの返答はない。

 客はおろか、他の店員すらも見当たらない状況は異様であった。

 ジョセフはこれはいよいよもっておかしいと身構える。


「ちょいと無作法だけど、煙管を咥えさせてもらうよ。こいつを咥えると落ち着くんでね」


 そういうと、懐から煙管を取り出した。

 もちろん煙草に火をつけるようなことはしない。

 ジョセフのそうした行動に対して、店員は注意もしなければ相槌もしなかった。

 はてさて、どうにも不愛想でいけないなとジョセフが思っていた時、相手が話しかけてきた。


「このお部屋でございます」

「途中も静かだったけど、ここはさらに静かだねえ。店の奥も奥。当然と言えば当然か」

「はい」


 店員はそう短く返事をすると、引き戸をあけてジョセフを中に案内した。

 部屋の出入り口は引き戸のみ。

 大きな窓があって、それが太陽の明かりを取り入れるようになっている。

 ただし、もう日が暮れかけており、太陽の明かりの恩恵は少なかった。


「ここでお待ちください」


 そういって店員は戻っていく。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 ジョセフは引き戸を睨んだ。

 ジョセフが中に入ってすぐ、ミスリルの店舗前に馬車が止まった。

 中から降りてきたのはサイラスである。

 さらに護衛と思しき人相の悪い連中もいた。

 店を見張っていたマオタイがサイラスに気づく。


「あいつ、サイラスじゃないか」


 隣のマリアンヌは体が前のめりのなったマオタイの袖を引っ張る。


「あんまり前に出ない」

「悪い。しかし、あいつが来たとなるとやはり罠か」

「思ったとおりね」

「あの人相の悪い連中も連れているとなると、長官が危ないな。今すぐにあいつをとっ捕まえるか」

「それじゃあ意味がないわ。もっと決定的な証拠が必要よ。いまだと店に来ただけって言われてしまえばそれまでじゃない」

「うううっ」


 サイラスはジョセフが心配であったが、マリアンヌに止められて飛び出すのを我慢した。

 そうしているうちに、サイラスたちは店の中へと入っていった。

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