第19話 準備
ハドソンの情報を聞いたジョセフは一連の事件の内容に納得した。
ジークを拉致監禁し、拷問の末兄のティム逮捕の原因となった雲のレオの一件で、唯一逮捕を免れたハドソンが怪しいと睨んで報復したわけだ。
証拠はないが、その判断は正しい。
実際に雲のレオの情報を警察に流したのはハドソンなのだから。
「で、文房具屋に踏み込むんでしたらご案内いたしますが」
「そこなんだよねえ。放火犯を捕まえたとして、サイラスまで逮捕できるかどうか。放火犯を取り調べするにしても、彼らがサイラスの指示だったと自白しないと難しいんだよね。サイラスの過去の犯罪を調べてみるけど」
「叩けば埃の出るからだなんですから、しょっ引くわけにはいかねえんですか?」
「そうしたいところだけどねえ。まあ、ちょっと難しいかな。それを許すと将来警察の権力が暴走することになるからね」
警察の権限を強化して、怪しい人間を誰でも捕まえて拷問にかけ自白させるのが認められれば、えん罪事件が増える。
また、警察にとって好ましくない人物を意図的に排除できるようになってしまう。
そうしたことにならないように、一定の枷が法律によってつけられているのだ。
ジョセフはため息を一つついた。
「相手が僕を狙っているのなら、その狙いにのって誘い出すしかないかねえ」
「危険ですが」
「この仕事を選んだからには危険は承知だよ。まあ、準備はするけどね。ちょっと考えていたことがあって、丁度それを試す時が来たようだね」
「それなら自分はしばらくブランディットの方を見張りましょうか」
「いや、ハドソンは顔を知られているからまずい。デルタのメンバーを使うよ」
ジョセフはハドソンを使うつもりはなかったが、ハドソンは狙われてじっとしていられるような性格ではなかった。
「変装しますんで大丈夫です。デルタの皆さんと連携を取りましょう。尾行なら自分の方が上だって自信もありますんで」
「変装か。確かにそれなら」
ジョセフは知らないが、ハドソンは変装の名人でもあった。
警察や商売敵に追われた時や、盗みの下調べなどで変装の技術は必要になる。
だから、若いころから習得していたのだった。
こうして行動方針が決定すると、空は瑠璃色になっていた。
「今日は寝るのは無理か」
「申し訳ございませんね。三千世界のカラスと一緒に殺すのだけはご勘弁を」
ハドソンは夫婦の時間を邪魔したことを詫びる。
するとジョセフは笑った。
「ははは。暁烏を殺すのなら、ジェシカが遊郭にいたころにすでにやっているよ」
日が昇ってからジョセフはハドソンと一緒に出勤し、メンバーにハドソンを紹介することにした。
ハドソンは変装をしている。
髪の毛を白く染めて、肌にしわを作り、年齢を二十以上上に見せている。
ジョセフも知らなければハドソンとは気づかないくらい、巧妙な変装であった。
出かけるとき見送りにジェシカとアンナが来た。
ジョセフはジェシカにキスをする。
その後、隣のハドソンをちらりと見た。
「ハドソンもやれば?」
「いや、そんなことをしたらやましいことでもあるのって言われますよ」
「うちは行動に出さなくても愛を感じてますので」
とアンナも笑いながら答えた。
夫婦の愛の形は様々、ジョセフがキスを強要することもないし、しないからといって愛が冷めているとも思わない。
ただ、自分はしたいというだけであった。
「朝からお熱いことで。恥ずかしくないの?」
と、横を通り過ぎるマリアンヌが声を掛ける。
「僕としては浄玻璃の鏡に映し出されたのを見せられても、まったく恥ずかしくないんだけど」
「それはそれは」
浄玻璃の鏡とは閻魔様が死者を裁く時に使用する、生前の行いを映す鏡である。
地球では仏教の考え方ではあるが、ここオキシジェン帝国の国教、カルシウム教でも同じように考えられている。
人間は死後、生前の行いを裁かれる。
違いといえば極楽ではなく天国か地獄かというところくらいであり、天国は神の住まう楽園となっている。
なお、マリアンヌは怒っているのではなく、呆れている状態だ。
何事にも冷静、悪く言えば冷めているマリアンヌは、恋人とそういう行為をすることもないだろうと自分自身で思っていた。
そして、双子の兄の行動は理解できないものであり、理解できないことが怒りではなく呆れとなったのだった。
とまあ、朝はそんな感じで終わる。
デルタでは夜勤でマイケルとオークリーがおり、引継ぎの朝礼となった。
ジョセフはみんなにハドソンを紹介する。
「彼はうちの密偵のハドソン。変装しているから、本当の姿は違うけどね。変装している理由は彼が狙われているから。デルタ創設のきっかけとなった雲のレオとティム一味の逮捕があったけど、そのティムの弟が帝都に戻ってきて、兄を売った犯人を捜していた。それと、警察への復讐だね。で、紹介屋のジークを拷問して、ハドソンの情報を仕入れたと。ジーク殺しの犯人は見つかった。まあ、これはハドソンが相手のアジトに忍び込んで聞いただけだから、証拠がまだないんだけど。あと、警察への復讐として僕が狙われている。あ、アジトは十番地区のブランディットっていう文房具屋ね」
「もう犯人が見つかったんですか」
と口を開いたのはチャック・マッコイ。
ぼさぼさの茶髪に剃っていないひげ。毛むくじゃらのトイプードルのようなつぶらな瞳だが、体術に関してはデルタでもトップクラス。
所轄では犯人相手に過剰な暴力をふるうということで、荒っぽい仕事のデルタに回されてきた人物だ。
ただし、粗野というわけではなく、正義感の強さと腕っぷしの強さから、加減が出来ていないだけであった。
「そう。ただし、親玉のサイラスを捕まえるには少し証拠が弱い。だから、これからは交代でブランディットを見張ってほしいんだ」
とジョセフは言う。
「丁度斜め向かいが泊りもできる飯屋ですんで、二階を借りれば見張りも問題ないでしょう」
既に一度忍び込んでいるハドソンは、周囲の店舗も把握していた。
一同が頷く。
「僕は狙われる身だから、囮になろうかと思ってね」
「わざと襲われるっていうことですか?」
オークリーが心配顔で訊ねた。
「街中で通り魔的に襲われるかもしれないし、罠を仕掛けられるかもしれない。罠なら乗ってみようかなってところかな。人通りの多いところだと対処も難しいから、通り魔的な襲撃を誘うような真似はしないよ」
「街中で火をつけるわけにもいかないものね」
マリアンヌが笑いながら茶化すと、ジョセフもつられて笑った。
「そうなんだよね。いまいち使い勝手が悪い。まあ、今回は別の使い方を考えているんだけどね」
「うまくいくといいわね」
「そこなんだよね。さて、そんなわけでジーク殺しの聞き込みは終わりにして、見張りのシフトを作ってほしい。後はその飯屋との交渉だね」
「交渉ま任せて」
マリアンヌが店との交渉を買って出た。
そして、問題なく二階の一室の借り受けに成功する。
こうして文房具屋ブランディットの監視が始まった。
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