第15話 容疑者

 炎の檻で全員の身動きを封じたとこで、ジョセフが姿を現す。

 そこで見たのは


「トーマス?」

「ジョセフか」


 警察官のひとりはマッカーシーの長男であるトーマスだった。


「新手か?」


 マオタイがジョセフを睨む。

 私服であるジョセフたちは、一目見ただけでは警察官とはわからない。

 得体の知らない別の勢力としかわからないのだ。


「新手といえば新手ですが、今のところどちらの陣営でもないけどね。さて」


 ジョセフはトーマスからマオタイの方へと向き直る。


「ラドン人盗賊団かとおもって追跡してみたら、とんだ場面に遭遇したもんだ。さっき言っていた話は本当かな?」

「その前に、お前らは何者だ?」

「警察だよ。凶賊専門のね」


 ジョセフの自己紹介にマオタイたちは身構えた。

 ヤンもである。


「警察に本当のことを話しても、俺たちラドン人の言うことなんて信じねえだろうが」

「それは大きな誤解だ。中にはそうした警察官もいるだろうが、法の下には帝国臣民は平等だよ」

「たてまえだろうが」

「そうでもないよ。このトーマスは僕の従兄弟だけど、もし本当に殺人行為をしていたなら罪を償ってもらうつもりだ」


 ジョセフの言葉を信じられないマオタイは困惑した。

 どうすればいいのか悩んでいると、ジョセフの後ろにいたマリアンヌが話始める。


「三日前、この場所でラドン人の女性が殺害されているのが見つかった。死亡推定時刻は深夜。犯人は不明。目撃者もみつからず、管轄の八番署は早々に捜査を打ち切った。未解決の殺人事件ではあるけど、所轄が捜査を打ち切ったのだから、私たちが捜査したところで文句を言われる筋合いはないわね」

「よく知っているね」

「凶悪事件の報告書には目を通しているのよ。たんなる通り魔事件なのか、それとも凶賊の絡む事件なのかわからないものは、記憶するようにしているわ」

「優秀な妹を持って、兄は幸せだよ。ってことで、この事件の捜査をしようというわけだ」


 ジョセフとマリアンヌのやり取りを聞いていて、マオタイは彼らが本物の警察官であろうと思った。

 であれば話などしたくはなかったのだが、如何せん炎の檻に閉じ込められた状況では、素直に従っておくのが得策だと判断した。


「あの日、俺はこの近くをうろついていた。そうしたら女の叫び声が聞こえたんで、そっちの方へ行ってみた。そうしたら、女が倒れていてそこの警察官が剣を手にしていたんだ。もう一人は見張りだったな。で、女がラドン人だったから仕返しをしようとしたわけだ。さっき問い詰めたら殺したことを認めただろ。そいつが犯人なんだよ」

「なるほどねえ。でも、よくわからないのはどうしてそんな深夜にこの界隈をうろついていたの?」


 ジョセフの質問にマオタイは一瞬躊躇う。

 が、観念して本当のことを話した。


「盗みに入る店を物色していたんだ」

「素直でよろしい。話のつじつまはあうね」


 そう言うとジョセフはトーマスへと向いた。


「さて、トーマス。今の話間違いはないかな?」

「ジョセフ、そんなラドン人の言うことを信じるのか?」

「証言だけなら悩むところだけど、さっきトーマスとの会話を聞いたからね。僕は君を捕まえなければならなくなった。釈明は取り調べの時にでもきこうか」


 ジョセフにそう言われてトーマスの目つきが険しくなる。


「俺を捕まえるというのか?」

「そうだよ。犯罪の容疑者となったんだから当然じゃないか」

「将来ラザフォード家の当主になる俺を捕まえるだと?」

「言っている意味が分からないよ。僕は当主の座を譲るつもりはない」


 トーマスが自分の口からラザフォード家の当主になると言ったのはこれが初めてであった。

 トーマスは父親からいつかはお前がラザフォード家の当主にと言われていたが、そうした気持ちは薄かった。

 しかし、ジョセフが元娼妓のジェシカとの結婚を発表すると、トーマスの心のうちにあった潔癖な部分に火が付いたのである。

 ジョセフはラザフォード家の当主に相応しくないと強く考えるようになったのだ。

 そうなると、ポールのもう一人の子供であるマリアンヌのことを考える。

 ジョセフを追い出したとして、ラザフォード家の当主に女は相応しくない。

 マリアンヌが自分と結婚して当主の座を譲るか、結婚などしなくとも当主の座を譲るかを決めさせようと思っていたのだ。

 一方のジョセフは、ジェシカと結婚できないなら家を出ようという程度に、ラザフォード家の当主を軽く考えていたが、最近ではそうした考えもなくなり、当主として相応しいふるまいをしようと考えていたのだった。

 当然ながら、ジョセフとトーマスの考えには妥協点がない。


「当主の座はおいといて、ラドン人殺しの容疑者として逮捕しないとね」


 マリアンヌがジョセフに促す。

 炎の檻のせいで逃げることも出来ないが、ジョセフたちも逮捕することが出来ない。

 どうにかしろという催促だった。


「トーマス、剣をこっちに投げておとなしくしてほしい」

「どうしてだ?仮に本当にラドン人を殺していたとして、それは犯罪者を斬っただけのこと。何ら罪に問われることはない」

「それは違うよ。相手が抵抗してないのに斬り殺すことは認められていない。状況はわからないけど、相手が刃物でも持っていて、襲ってきたとかじゃなければやり過ぎだよ」

「犯罪に大も小もない」


 トーマスは剣を手放すつもりはなく、ジョセフの指示には従わなかった。


「仕方がないね。ここは実力行使で」

「笑止。貴様の剣術など児戯程度」


 そう言うと、トーマスは炎の檻に向かって踏み込んだ。

 炎の檻はしょせんは炎であり、通ろうと思えば通れる。

 ただし、燃えるが。

 トーマスの制服に炎が燃え移る。

 トーマスもそれは想定済みで、地面を転がって炎を消そうとした。

 しかし、炎は消えない。

 ジョセフの能力で絶えずフロギストンが生成され、それが炎の命をつないでいるのだ。

 肉の焦げる香ばしい匂いがその場にいる者たちの鼻孔をくすぐる。


「ぐおおおおおおお」


 トーマスが熱さに耐えきれず叫び声をあげた。

 が、すぐにその声はおさまる。

 焼け死んだのだ。

 ジョセフはそれ以上トーマスを燃やすのをやめ、フロギストンを生成するのを止めた。

 すぐに炎が消える。

 マリアンヌがジョセフを見た。


「ジョセフ」

「死んだよ。たぶんね」


 その言葉を受けてマイケルが確認しようとしたが、先ほどまで燃えていたトーマスの体は熱く、触ることが出来なかった。


「殺したのか?」


 やっと事態を飲み込めたマオタイがジョセフに問う。


「容疑者に抵抗されてはね」

「しかし、警察官が警察官を殺すとはな。それに、従兄弟だったんだろう。どうして俺の言うことを信じたんだ?」

「信じたわけじゃない。でも、検証するに値する情報だった。だから、トーマスを取り調べたかったんだ。まあ、自白したようなもんだったし、罪を償わせるつもりだったけどね」

「身内なのにか?」

「僕ら警察は法の番人だ。身内だろうが法を犯すものは取り締まるのが仕事だよ」

「あんたみたいな警察官は珍しいな」


 警察の不正については、帝国民の間では常識となっていた。

 身内の犯罪の目こぼしなど当たり前だと思っていたのである。


「嘆かわしいことだよ。法を守らせる立場の者は、まず自らが率先して法を守るべきなのにね。さて、次は君たちの取り調べか」

「っ!」


 マオタイの表情が厳しくなる。

 そこにヤンが割って入った。


「そいつの前に、わしを捕まえたらどうだ?頭目はわしだ」


 二代目を譲っていたが、マオタイの身代わりとして頭目だと名乗り出た。


「なるほど、なるほど。では今から取り調べを行おうか」


 ジョセフは笑顔を振りまいた。

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