第14話 張り込み

 ジョセフたちデルタは昼夜ラドン人地区の出入口を見張った。

 昼はマオタイの外出を確認できなかったのだが、ジョセフとハドソン、それにマイケルというメンバーで夜の見張りをしている。

 このマイケルという警察官は、デルタ創設時に八番地区の警察署長から推薦を受けて所属したメンバーだ。

 天然パーマの金髪に高い鼻でなかなかの美男子である。

 体格もがっしりしており、殴り合いで犯人に引けを取らないというのが自慢であった。

 ただし、性格は結構軽くおちゃらけている。

 三人は宿の食堂に行くわけにいかないので、部屋に食事を運ばせてそこで食べていた。

 料理は帝都の目の前の湾で獲れた魚を魚醤で味付けした、この宿自慢の鍋である。


「美味いですね。毎日これが食えるなら張り込みも悪くない」


 マイケルがにこにこしながら口に運ぶ。


「毎日じゃあ飽きるよ」


 ジョセフが苦笑した。

 が、次の瞬間笑顔が消える。

 部屋のドアの外に人の気配を感じたからであった。

 コンコンとドアがノックされる。


「どちらさんで?」


 ハドソンが問う。


「マリアンヌよ。開けてもらえるかしら」


 やってきたのはマリアンヌであった。

 一同は緊張が解けてホッとする。

 ハドソンがドアを開けてマリアンヌを招き入れた。


「差し入れのガレットよ。リンゴと一緒に焼いてあるの。味付けは甘いけど」

「甘いのは好きだよ」

「でしょうね」


 ジョセフとマリアンヌが会話をしているが、ガレットはマイケルが横からひょいっと受け取った。

 そして早速一口食べる。


「甘くてうめえ。ラム酒もたっぷり使ってあって、酒が飲めねえ張り込みにはもってこいだ。これを作れるならいい嫁になれるよ」


 マイケルがマリアンヌを褒める。


「それはよかったわ。義姉にもそう伝えておくわ」

「ええ、マリアンヌちゃんが作ったんじゃないのかよ」


 ガレットを作ったのはジェシカであった。

 その話をする前にマイケルが食べて、勝手に勘違いをしたというわけである。


「それで、差し入れを持ってきただけじゃないよね?」


 ジョセフはマリアンヌが差し入れだけを持ってきたわけではないのはわかっていたので、他の理由を訊ねた。

 差し入れだけならなにもマリアンヌが運ぶ必要はないからだ。

 マリアンヌは理由を話す。


「アンナから、なんとか処刑だけは避けられませんかってお願いされたのを伝えに来たのよ。強盗をした後じゃ手遅れだけど、未然に防げたなら処刑にはならないでしょうからね」

「あいつ、そんなことを」


 ハドソンが怒った口調になる。

 が、ジョセフは気にも留めない。


「いや、いいんだよ。ラドン人のヤンって親分には色々と思うところがあるんだろうから。むしろ、ハドソンも同じ気持ちだと思っていたけど」

「そりゃまあ……」


 ハドソンも内心ではマオタイたちの処刑は避けたかった。

 ヤンとの付き合いもあって、そのヤンが息子が処刑されて悲しむ姿は見たくなかったのである。

 しかし、仕事上そうした私情をはさむのを抑えていたのであった。


「そういうわけで、なんとか未然に防いでね」

「そうはいってもなあ」

「私も協力するから」

「うん。まあそれなら」


 マリアンヌが一緒に見張りをするのであれば、難しい状況になってもきっと何とかしてくれるのではないかという期待から、ジョセフはマリアンヌも監視役に加えた。

 食事も終えてひと段落したころ、時刻は午前零時となった。

 窓の外を見ているジョセフの目に、月明かりに照らされた通りを黒装束の一団が動くのが見えた。


「動き始めたか」

「ちょっと待って下せえ」


 ジョセフが追いかけようとするのをハドソンが止めた。


「どうしたの?」

「少し離れたところにもう一つ人影が。ありゃあヤンですぜ」


 ハドソンが指さす方向にはヤンの姿があった。


「息子を止めようとするのか、それとも見届けるのか。どっちにしても追跡するのが大変だなあ」

「自分が先行しますんで、ついてきて下せえ」


 隠密行動に慣れたハドソンをヤンの後ろにつけ、さらに離れた場所からジョセフたちがついていくことにした。

 距離を取って追跡する中、ジョセフは小声でマリアンヌに話しかけた。


「どこに行くつもりかなあ」

「大きな商店だとすると、帝都の中心部付近ね」


 そう予想したマリアンヌであったが、マオタイ一行は八番地区へと向かった。

 ジョセフたちは知らないが、マオタイはタイの復讐をするために行動しているので、殺人事件のあった八番地区が目的地だったのだ。

 そこで巡回をしてくるであろう警察官を待ち構えることにしたのだった。

 事件のあった裏通りに身を隠すマオタイたち。

 このことはヤンにとっても意外だった。

 ヤンはやはり息子たちを止めようと後をついてきたのだが、商店に押し入るでもなく八番地区で足を止めた行動が不思議であった。

 が、まだ直接マオタイ本人に問い詰めることはせず、彼らに見つからないように身を隠したのだった。

 不思議に思うのはジョセフも一緒だった。


「ねえ、なんで彼らはあんなところで身を隠したのかな?」

「わからないわね。ひょっとして、お金持ちがあそこを通るのを事前に掴んだとかかしら」

「そんなことあるのかねえ。こんな時間にここいらを歩くのなんて、連れ込み宿から帰る奴くらいなもんでしょ」

「連れ込み宿って何?」

「男女がいたすための宿だよ」


 連れ込み宿という言葉を知らないマリアンヌはジョセフに質問したが、かえってきた答えに赤面した。


「なんでそんなことを知っているのよ。あの女と一緒に行ったの?」

「あの女がジェシカのことなら違うよ。遊郭勤務の時に遊郭に入れないような連中が使うっていうのを聞いて知っているんだよ」

「お二人とも、静かに」


 マイケルに注意されて、二人はハッとして黙り込んだ。

 それから待つこと十数分、ついにタイを殺した警察官が巡回してきた。

 今回も二人組である。

 マオタイたちは裏通りに来た彼らを前後で挟んだ。


「待っていたぜ、殺人警官さんよ」


 黒い布で顔を隠したマオタイがそう言った。

 警察官は落ち着いた態度で言い返す。


「殺人警官?」

「数日前、ここでラドン人の女が殺されただろう。俺はその現場を見たんだ。お前に斬り殺されるところをよ」

「見られていたか。まあいい。犯罪者を斬ったところでなんの問題がある?」

「取り調べもしねえで何が犯罪者だ!」

「取り調べ?したさ。『お前、売りをしているだろう』ってな。あの女も認めたよ」


 馬鹿にしたような態度に、ラドン人たちの怒りが頂点に達する。

 全員が刃物を抜いた。


「殺す!」


 マオタイがそう叫んだ時、ヤンは不味いと隠れていた物陰から飛び出した。

 警察官を殺せばラドン人への弾圧が厳しくなる。

 なんとしても止めたかった。

 が、それは思わぬ形で実現する。

 炎で作られた檻がその場にいた全員を閉じ込める。


「はい、全員そのまま、そのまま」


 ヤンのさらに後ろに隠れていたジョセフが姿を現した。

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