第13話 目撃

 ジョセフたちがラドン人の監視を始める数日前のことであった。

 時刻は午前一時、星明りが淡く照らす裏通りを、一人の若者が歩いていた。

 その若者は大通りを歩きたくない理由があったのだ。

 若者はヤンの息子であるマオタイ。

 彼は強盗に押し込む先の目星を付けるため、夜の大店の状況をあちこち見た帰り道であった。

 裏通りを歩くのは父親であるヤンの反対を押し切り、またラドン人のベテラン盗賊を一味から追い出しての初仕事は、何としても成功させなければという思いから、逃走経路の下見を兼ねているというのもあったのだが、それがトラブルを読み込んだ。


「キャア」


 と女性の声が夜の闇を切り裂いた。

 声がしたのはとても近く、そこもやはり裏通りである。

 本来であればそのような声に関わりたくないところであるが、逃走経路候補で何があったのかは確認しておかなければと、声のした方へと足を向けた。

 足音を立てずに近づいて物陰からこっそりみれば、そこには男が二人立っていた。

 一人は手に剣を持っており、もう一人は見張り役なのか通りの方を見ていた。

 しかも、二人とも警察官の制服を着ているではないか。

 その足元には女の格好をした人物が倒れていた。

 女が叫んだせいか、二人は早々にその場を立ち去った。

 マオタイは誰もいなくなったのを確認すると、女に近寄った。

 タイミングが悪ければ、ラドン人のマオタイはどう見ても犯人とされてしまう可能性があるが、その危険を冒してでも近寄るべき事情があった。

 女もラドン人だったのである。

 地球で言えばサリーのような、細長い布をまとうのはラドン人の女性の特徴である。

 他の帝国臣民ではこうした格好はしない。

 そして、なぜラドン人の女性がここにいるかといえば、それは非合法の売春婦だからである。

 非合法といっても、一応言い訳が出来るような仕組みがあった。

 こうした女たちは飯屋で働いているのだが、その飯屋というのが普通のレストランのようなものではなくて、客の男が気に入れば店に金を払って外出できるのである。

 これはあくまでも自由恋愛だ。

 金を払うのは労働時間内に従業員を連れ出すので、店に対する補償金というていになっている。

 そして、店の隣に連れ込み宿が建っており、女は客をそこに誘うのだ。

 もちろん、連れ込み宿の経営者も飯屋と同じである。

 そこでも料金は宿代のみであり、買春のための金銭のやり取りなどはない。

 帳簿上は合法なのである。

 じゃあ、女たちの取り分はないのかと言えばそうではない。

 客と寝た分だけ給金に反映されるのだ。

 そうした社会背景があって、殺されたラドン人の女性もそうした飯屋の従業員であった。

 客と別れて帰宅する途中に襲われたのである。

 もちろん、マオタイもそうした事情の女であることは想像がついた。

 商売女の使うきつめの香水と、流れた血からの鉄の臭いが鼻を衝く。

 一目で絶命しているのがわかり、マオタイはその場を立ち去ることにした。


「あれは本物の警察官だった」


 帰り道の途中、マオタイはそうつぶやく。

 どうして警察官が殺人をしたのか考えたが、物取りというよりもラドン人を狙っただけかという結論にたどり着いた。

 ラドン人差別は当然警察官にもあり、犯罪者と疑われるようなことがしばしばあった。

 昼間に道を歩いていても職務質問されるようなことがあるのだから、夜中ともなればなおさらである。

 だが、それで殺されるようなことまで発展する理由がわからない。

 警察としてもラドン人駆除すべしなどという目標は掲げてはいない。

 結局、ラドン人だから殺されたという結論には至ったが、それ以上の事情は分からなかった。

 それでも、彼女の仇を討たねばという決意が芽生えた。

 マオタイは日が昇ると仲間を自分の家に集めた。


「マオタイ、狙いは決まったか?」


 と、レンネイという若者が訊ねた。


「その件なんだが、先にやることができた」

「やること?」


 レンネイだけではなく、他の者たちも何が先にやることなのかと気になり、マオタイの顔を見た。


「実はな、昨夜当たりをつけようと下見して帰ってきたんだが、その途中でラドン人の女が警察官に殺されるのをみちまったんだ」

「警察にか?どこで?」

「八番地区の連れ込み宿の付近だ」

「飯屋の女か」


 レンネイは場所を聞いて、女の職業はおそらく飯屋の給仕だろうと想像した。


「そうだ。俺が見たときはすでに殺されていて、理由はわからん。だがな、女が警察官に襲い掛かった様子もねえ。取り調べもなしに、いきなり殺されたんで間違いねえんだ。だから俺はその女の仇を討ちてえ。警察官の顔は覚えている。どうせ夜番でしばらくは同じ地区の見回りだろう。探し出して殺してやる」


 夜番とは夜勤のことである。

 警察官は昼番と夜番にわかれ、二十四時間絶え間なく治安維持にあたっているのは誰もが知っていた。

 そして、すぐには夜番と昼番が入れ替わらないことも。

 だから、今後も事件のあった場所付近を同じ時間に見回る可能性が高いのだ。


「警察官をか?」


 仲間は警察官を殺そうという計画にしり込みする。


「ラドン人が意味もなく殺されたんだぞ。民族の誇りにかけて返しをしなくてどおする」


 マオタイの握る拳に力が込められた。

 そこに丁度事件の知らせが入る。

 盗賊仲間ではないが、近所のラドン人の若者が駆け込んでくる。


「大変だ!タイが昨夜殺された。場所は八番地区だってよ。仕事帰りだったって話だ」

「タイ?」


 マオタイはタイという名前は知らなかった。


「ああ、この先に住んでるんだ。母一人子一人の家庭でな。まだちっちゃい女の子がいるんだが、夜まで飯屋で働いてその子を育てていたんだよ。まったく、これからどうしたらいいんだか」

「で、犯人は?」

「警察がラドン人殺しの犯人を捜すと思うか?」

「ねえな」


 その話を聞いて、しり込みしていた仲間も怒りを覚える。


「マオタイ、俺もやるよ」

「そうか」


 一人がそう言うと、他の者たちもやると言い出した。

 こうして、盗賊団は強盗計画を一時凍結し、ラドン人殺しの警察官に復讐をすることになったのだった。


 一方、宿で張り込みをするジョセフたちであったが、肝心のマオタイの顔を知らないので、密偵のハドソンを送り込んで顔を確認することにしたのだった。

 理由はこの前のヤンの来訪があったので、正式にアルフレッドがどうして殺されたのかを報告に行くということ、アルフレッドの代わりにヤンの悩みを聞くということである。

 ヤンの自宅についたハドソンは挨拶を終えると話をはじめた。

 雲のレオの一件を改めて聞いたヤンは憤りをあらわにした。


「わしら盗賊稼業ってえのは、決して褒められたもんじゃあねえが、超えちゃならねえ一線てのがある。親殺しはその最たるもんだ。まったく、近頃の盗賊ときたら仁義もなにもねえ」

「うちの親分も随分と嘆いてましたよ」

「だろうな。ま、うちの倅も強盗しようって簡単に考えちまっているから、親としちゃあ情けねえ限りですが」


 と話したところで、丁度マオタイが打ち合わせを終えて顔を出した。


「こいつが二代目だ。ほれ、こちらは不可視のアルフレッド親分のところの音無しのハドソンさんだ」


 ヤンが挨拶を促すが、マオタイは軽く頭を下げただけだった。

 それにヤンは怒る。


「挨拶も出来ねえのか!そんな風に育てた覚えはねえぞ!」


 そう怒られて、マオタイはしぶしぶながらハドソンに挨拶をした。


「自分、ラドン人盗賊団の二代目を受け継ぎましたマオタイで。以後お見知りおきを」

「俺はもう引退した身だが、何かあったら相談にのるよ」


 ハドソンはそういいながらマオタイの顔を記憶した。

 ハドソンはその記憶を失う前にヤンの家を出た。

 すぐにジョセフが手配していた似顔絵師のところへ行って、マオタイの似顔絵を描かせた。

 似顔絵といってもそれは絵だけではない。

 人相書きのように、その人物の身長だったり、顔以外の部位の傷跡などの特徴も書かれている。

 ハドソンはそれをジョセフに届けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る