ラドン人
第12話 ラドン人ヤンの憂鬱
ラザフォード家の庭に主だった親戚が集まっていた。
本日の目的はジョセフの能力を見せつけるためである。
陰で散々当主として相応しくないと言われてきたジョセフであるため、ここで神子としての能力をみせつけて、当主たるにふさわしいというのを見せておこうと、クリスティーナが企画して実行となったのだ。
それと同時にジェシカの正式なお披露目でもある。
ジョセフは親戚一同が見守る中、ロウソクに火をつけるとフロギストンを生成した。
「じゃあはじめます」
ただし、フロギストンは目には見えない。
何も起こったように見えないので、親戚たちはざわついた。
「まあまあ。これからですよ」
ジョセフは不穏な空気を察知して、そう言うとフロギストンの先端をロウソクの炎に付けた。
当然フロギストンは一気に燃える。
「おおっ」
親戚たちから歓声があがった。
皆、美しく燃える炎の撚糸に見とれたが、不機嫌な顔をしていたのが二人だけいた。
ジョセフの叔父であるマッカーシーとその息子のトーマスだった。
マッカーシーは息子がラザフォード家の当主となる夢が遠のいたことで不機嫌であったが、息子のトーマスは違う理由だった。
このトーマスであるが、正義感が強いのだが、それが歪んでいた。
娼妓は国が認めた職業であるにもかかわらず、社会にとって害悪であり排除すべしと考えていたのであった。
なので、元娼妓のジェシカの存在を認めることが出来なかったのである。
そんな二人の心情とは関係なく、ジョセフの能力を見た一族の者たちは、ジョセフこそが当主にふさわしいと思ったのだった。
また、その当主が選んだジェシカならば、当主の嫁にふさわしいとも思ったのだった。
別の日、晴れ渡る空のもと、ハドソンの妻であるアンナはかつての不可視のアルフレッドのアジトの前を掃除していた。
アンナも元盗賊であり、夫のハドソンと一緒に警爵家の密偵となっていた。
既に不可視のアルフレッド一味は解散してしまっているが、事情を知らぬ盗賊仲間が訪ねてきたらジョセフに報告しようと、アジトを管理しているのである。
アジトは小さな宿屋である。
一見さんお断りとしてあり、今では宿泊客はいない。
そもそも一見さんお断りは前からであり、近所の人たちは不審には思っていなかった。
かつてはここでアルフレッドと手下が客を装って集まり、仕事の話をしていたのである。
時には、盗みの後警察の捜査網が緩むまで、この宿に隠れていたりもしたのである。
しかし、今ではそうしたこともなくなり、閑古鳥が鳴くままとなっていた。
アンナが箒で埃をはいていると、肌の浅黒い初老の男性がやってきた。
「あら、ヤンさんお久しぶりですね。どうぞ中へ」
アンナは男性を中に案内する。
このヤンはラドン人であり、ラドン人は帝国に征服されたのが比較的新しいため、帝国の中では差別されていた。
公には臣民は皇帝の元にすべて等しいとされているが、実情はそうではなく、帝国に組み入れられた順番で選民意識があった。
なので、食堂や店舗などではラドン人お断りなどというところもあったり、就職できる場所も限られているのだ。
だから、犯罪者となる者が多い。
そして、それがまた更なる差別の要因となっていた。
ヤンも例に漏れず盗賊を生業としていた。
それもラドン人盗賊団の首領である。
ただし、不可視のアルフレッドはそうしたヤンを差別することなく、その見事な盗みの技に感心して、刎頚の友となっていたのである。
なので、アンナも何度かヤンと会話をしていたのであった。
「アルフレッドの親分はお出かけかい?」
「それが、子分だった雷鳴のステファンに殺されまして」
「なんと、あの親分が!」
ヤンは驚いた。
アルフレッドが殺された情報を入手できておらず、初耳だったのである。
「親分になんぞ御用でしたか?」
「いや、御用というわけじゃなくて、愚痴を言いに来ただけだったんだが。そうかい、親分がなあ。で、仇は?」
「それが、警察に捕まっちまいましてね。残念ながら我が一党では仇が討てませんでした。いまじゃ、みんな堅気になってますよ」
「警察に捕まらず堅気になれたなら何よりだ。うちの倅なんて――――」
そう言いかけて、ヤンは言葉を止めた。
アンナも何やら事情があるのを察した。
「人それぞれ、様々な理由がおありでしょう」
とだけ言うと、それ以上はきこうとはしなかった。
しかし、ヤンは大きなため息をついて、止めていた言葉を続ける。
「どんな理由があれ、急ぎ働きの強盗はいけねえよ。ただなあ、わしらラドン人は貧しい。盗みに時間をかけていちゃあ干上がっちまうって意見もわからんでもない。今日はそのことでアルフレッド親分に話を聞いてもらいたかったんだがねえ」
「息子さんは強盗を?」
「ああ。わしが引退して二代目を継がせたんだが、方針を変えると言い出してな。若い連中は倅の意見に賛成して、反対する年寄り連中を追い出しちまったわけよ。追い出された方も堅気になれるわけでなし。ひとり働きで口を糊してる」
帝国内で差別されているラドン人が堅気の商売をするのは難しかった。
なので、盗賊団から追い出されても、ひとりで盗みを働くくらいしか稼ぐ手段がないのである。
「血なまぐせえ仕事をすれば、警察も本気になる。それで捕まれば、犯人はラドン人かってことで、さらに見る目が厳しくなるのがわからんのかなあ」
「それはアルフレッド親分も常々申しておりました。凶賊の犯行となれば捜査も厳しくなると。現に、強盗を働いた者を優先的に捜査しておりますし」
警察とてリソースは無限ではない。
となれば、事件に優先度をつけて捜査をすることになる。
当然、凶悪事件の優先度を高くするのだ。
そこまで言うと、ヤンは腰を上げた。
「少し話せてすっきりしたよ。後で親分の墓参りをしたいんだが、場所を教えてもらえるかね」
「大通りの教会の墓地です」
「そうかい、こりゃまいったね。あそこにラドン人が行っても入れてもらえないか」
オキシジェン帝国の国教はカルシウム教である。
このカルシウム教は人は神のもとに平等であるといいながら、ラドン人への差別意識を持った宗教関係者が多かった。
過去の行いが神の怒りを買ったなどというありもしない神話をつくり、差別を正当化しているのである。
まあ、それも帝国の支配を助けるので、黙認状態となっているのだが。
民族差別は国内の不満の目をそらすのに有効だ。
だからこそ取り締まらないどころか、利用しているのである。
ヤンはそこまで話すと宿を後にした。
アンナはすぐに今聞いたことをジョセフに知らせるべく、宿の前に黄色いハンカチを結んだ。
アンナの管理する宿に黄色いハンカチが結ばれていることがジョセフに伝えられる。
ジョセフはデルタの施設で書類に目を通していたが、知らせを受けてすぐに宿に向かうことにした。
同行者にはオークリーを選んだ。
彼は十三番署からジョセフとともに配置転換され、デルタの所属となっていた。
丁度他の者たちは見回りに出ており、彼だけが残っていたのである。
マリアンヌも残っているのだが、彼女は留守番として残ってもらわないと、デルタに誰もいないことになってしまうので、オークリーしかいなかったのである。
「オークリー、なにやら情報が入ったらしい。一緒に来てもらえる?」
「わかりました」
ジョセフとオークリーは私服で旅行鞄を持って外出する。
宿ではアンナが待っていた。
客のふりをして中に入ると、さっそく呼び出した理由を聞いた。
「何があったの?」
「実はラドン人の盗賊団の元首領でヤンという人物がいるのですが、その人が先ほど訪ねてきて、二代目を譲った息子が強盗をしようとしているというのです」
「ラドン人の盗賊団ねえ。息子の顔は知っている?」
「いえ、先代とは付き合いがありましたが、二代目の顔までは」
「そうかあ。オークリーは?」
ジョセフに訊かれてオークリーは首を横に振る。
「前でもあれば人相書きもあるのでしょうが」
「ラドン人の盗賊団は捕まったことがないですから。それと、お金に困っているらしいので、強盗を働くとすればすぐにでもとなるでしょう」
とアンナが答える。
「なるほど。じゃあ、そのヤンって奴の家を見張るしかないか。時間もあんまりないと」
「ラドン人居住区なので、難しいかと」
「あー」
アンナがラドン人居住区と言ったが、正式にそうした地域があるわけではない。
帝都にいるラドン人たちが自然と集まって、なんとなくそこにはラドン人が住むというようになっただけなのである。
そして、ラドン人は他の帝国臣民とは見た目が違うため、よそ者が入り込めば目立ってしまう。
見張るにしても困難なのだ。
「参ったなあ。ハドソンでもちょっと難しそうだ。一回帰ってマリアンヌに相談しようかな」
ジョセフはアンナに礼を言って宿を出た。
デルタに帰ったジョセフは早速マリアンヌに相談する。
「というわけで、どうやって監視すればいいと思う?」
「ラドン人地区のすぐ外で見張っていればいいでしょう。強盗を働く時か、働いて帰ってくる時を抑えられると思うわ。それに、ラドン人地区から強盗に入るような裕福な商店に行こうとすれば、おのずと方向は決まるでしょ」
ラドン人地区は帝都の外れにあり、周囲も貧民が多い地区となっている。
なので、盗みや強盗をするために中心部に行くとすれば、通る道は一つしかないのだ。
「出来れば強盗を働く時にしたいねえ。未然に防がないと」
「そうね」
その後、ジョセフとオークリーはラドン人地区を見張るため、近くの宿屋を探して、その一室を借りる契約を結んだ。
そこで、デルタのメンバーが昼夜交代で見張ることになった。
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