第11話 結末

 ティム一味を取り調べると、かなりの悪事が露見した。

 まずはフィッシャー男爵を陥れた投資詐欺。

 ティムはどんな拷問でも口を割らなかったが、アビゲイルはそうではなくて全てを白状したのだ。

 最初から失敗するのがわかっている投資を奨めて多額の借金を負わせ、その借金の返済・肩代わりのために娘を売って妻と離婚させた。

 息子のバーニーもフィッシャー男爵の子ではないことまで白状し、また、ティムが事故に見せかけて殺したのも白状したのである。

 まあ、彼女もティムに脅されてやったという言い訳をしたが、それで刑が減刑されるわけでもなかった。

 さらには、ジョセフの父親であるポールの暗殺も白状した。

 フィッシャー男爵家乗っ取りが露見する前に、ポールを殺してしまえとティムが命じたのである。

 暗殺犯まではわからなかったが、これでジョセフは自分と妻の親の仇を討つ結果となったのだった。

 逮捕から数日経って、ひととおり取り調べが終わって、マリアンヌからその報告を受けたジョセフは


「これで父上と義父殿の仇を討てたわけだ」


 と笑顔をこぼす。

 しかし、マリアンヌは対照的に渋い顔をした。


「終わってないわよ。賄賂をもらってろくに調査もしなかった貴族院の捜査が残っているわ」

「そっちもあるか」


 ジョセフは面倒なことになりそうだと、頭の後ろで両手を組んで、椅子の背もたれによりかかった。


「アビゲイルの自白と御免状があるから問題ないわ。それに――――」


 と言ってマリアンヌは言葉を区切った。

 ジョセフは不思議に思う。


「それに?」

「何でもない。いいわ、そっちも私がやるから」

「優秀な妹を持って、兄は幸せです」

「ここでは優秀な副官って言ってよね」

「はいはい。じゃあ、僕はジェシカに報告に行ってくるよ」

「そうね。早い方がいいわ」


 マリアンヌに見送られ、ジョセフはジェシカの元に向かった。

 家ではクリスティーナとジェシカが一緒にお茶を飲んでいた。


「ただいま」

「お早いお帰りで」


 ジェシカが椅子から立ち、頭を下げる。


「いいよ、そのままで」

「そういうわけにはいきませぬ。私が無作法を働きますと、クリスティーナ様にご迷惑をおかけしますので」

「母上は躾に厳しいからなあ」

「厳しくても、お前のような無作法ものが育ってしまって、母は悲しいわ」


 クリスティーナは泣きまねをしてみせた。

 それを見たジョセフとジェシカは苦笑する。

 そして、ジョセフは真顔に戻った。


「ティムの捜査がひと段落しましてね。ジェシカにとっても大事な報告があるんだ」

「何でございましょう?」

「一味の者が前フィッシャー男爵を投資詐欺で嵌めたことを自白した」

「はい」


 ジェシカは表情を変えずに頷いた。

 わかっていたことなので然程驚きがなかったのである。

 ジョセフはその様子を見て続ける。


「それと、男爵を二階から落として殺したのも認めた」

「やはり」


 今度は眉毛がピクリと動いた。


「貴族院に賄賂を贈り、捜査を手抜きしてもらったともね。この後貴族院にも責任を取らせるつもりだよ」

「あらあら、ジョセフもマリアンヌみたいになったわね」


 クリスティーナが口をはさむ。


「マリアンヌに言われてやるんですけどね」

「そんなことだろうと思ったわ」

「呆れなくでください。まだ話は終わってません」


 ジョセフはそういうと大きく息を吐いた。


「父上を殺したのもティムでした。正確にはティムが暗殺者を雇って殺させたのですが」

「まあ!」


 これにはジェシカもクリスティーナも驚いた。

 雲のレオを追いかけていたら、ジェシカの仇にぶつかったと思っていたら、なんとラザフォード家の仇でもあったのである。


「ティムが口を割らないので、暗殺を実行した者は判明しておりませんが、主犯は見事に捕まえたというわけです。やはり、フィッシャー男爵のことを調べていたのが煙たかったようですね」


 それを聞いたジェシカとクリスティーナは涙する。


「明日にでも両家の墓前に報告に行こうと思いますが」

「ジョセフ、仕事はいいのかい?」


 真っ赤に目を腫らしたクリスティーナが問う。


「仕事はマリアンヌがやってくれますから」

「そこは、マリアンヌも連れて行きなさい」


 ジョセフはクリスティーナに怒られて、マリアンヌも連れていくことにしたのだった。

 翌日、空は快晴で絶好の墓参り日和であった。

 一行は馬車に乗って、まずはラザフォード家の墓に行き、続いてフィッシャー家の墓に行く。

 フィッシャー家の墓はアビゲイルたちが手入れをしなかったので、周囲と比べると草が生え放題となって荒れていた。

 ジェシカはそこを使用人の手を借りずに、自分の手で綺麗にする。

 ジョセフはそれを手伝った。

 クリスティーナも手伝おうとしたが、ジェシカが


「クリスティーナ様のお手を煩わせるわけにはまいりません」


 と言って断った。

 草むしりが終わるとジェシカは墓前に手を合わせる。

 その頬には涙がつたっていた。

 ジョセフはそれを見て、亡き父に経緯を報告しているのだろうと思い、ジェシカの気の済むまでそうさせていた。


 その後、ジョセフは貴族院の捜査に着手した。

 ティムから賄賂を受け取っていた者たちを捕縛。

 その自宅の捜索も行い、賄賂以外の不正蓄財も明らかにした。

 さらにはそうした貴族院の者たちからほかのメンバーの悪事を聞き出し、あらかたのメンバーを逮捕し、貴族院を解散に追い込んだのである。

 こうして雲のレオから始まった一連の捜査で、雲のレオ一味の処刑、ティム一味の処刑、貴族院メンバーの処刑が決まり、即日執行された。

 ティム一味にはアビゲイルとバーニーも含まれている。

 また、貴族院のメンバーについては、宰相が庶民への見せつけとして強く処刑を命じたのだった。

 庶民は貴族であっても不正をしたら罰せられるという事実に、帝国への不満を和らげる結果となった。


 その後、ラザフォード家の食卓では、事件の結末の話が出ていた。

 テーブルにはジョセフとジェシカ、クリスティーナとマリアンヌがいる。

 ジョセフは処刑されたメンバーを振り返る。


「バーニー・フィッシャーまで処刑する必要はあったのかなあ?子供に罪はないと思うけど」

「貴族家乗っ取りに加担したものは、例外なく処刑という姿勢を見せたかったんでしょ」


 マリアンヌがそう答えた。

 ジェシカは困惑顔で何も言わない。


「それに、ジェシカにフィッシャー男爵を継がせるにあたり、後々邪魔になりそうなものは排除しておきたかったのよ。宰相閣下のせめてもの詫びでしょうね」


 クリスティーナがジェシカを見ながらそう言った。

 フィッシャー男爵家については、ジェシカが継ぐことが国によって認められた。

 今となっては当時の使用人も皆いなくなり、屋敷が残っているだけなのだが、これは貴族院が迷惑をかけたということで、ジョセフとジェシカの子供が二人生まれたら、どちらかが警爵家、もう一方が男爵家を継いでよいという意味であった。


「過分なご配慮をいただきありがたいのですが、旦那様と私のかたき討ちの物語が上演されているのが恥ずかしくて」


 ジェシカが自分たちを主人公にした演劇を見たのを思い出して、顔を赤くした。


「あれはなあ。宰相閣下もやってくれたよなあ」


 とジョセフも同意する。

 これも宰相の差し金であった。

 正義が悪を討つというわかりやすいストーリーで、国家権力である警察が正義というのを植え付けるプロパガンダであった。

 事実を大幅に脚色し、男爵邸に乗り込む場面にはジェシカもいたことになっていた。

 事件解決から上演までが異様に早く、政治的な意図が見え見えだった。


「まあ、そのおかげで世間はあなたたち二人の味方ですし、雑音を排除するのにもそうした世論の味方があるのが助かるのよ」


 クリスティーナが笑顔で言う。

 その笑顔は娘のマリアンヌ同様に、冷酷なものであった。

 元娼妓というジェシカの経歴について、社交界で口汚く話すご婦人方も、そのことがクリスティーナの耳に入ると消えていった。

 貴族院の捜査で入手した貴族の不正を使い、その夫である貴族を逮捕したからである。

 濡れ衣ではなく、れっきとした本人の不正であるため、権力の濫用だという声は小さかった。

 不正をした者たちは戦々恐々としており、ジェシカについては決して表で批判をするなと強く夫人にくぎを刺したのだった。

 そうしたことについても、かわいそうなジェシカの守護者としての警爵家という見方が多く、不正をしていない者たちからの評判は悪くはならなかった。

 また、一連の捜査でジョセフの実績が認められ、家柄だけで今の地位にあるなどという話は出なくなったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る