第10話 フィッシャー男爵邸

 雲のレオの取り調べは第四特務機関、通称『デルタ』が行うことになった。

 取り調べ官はマリアンヌである。

 連日のマリアンヌによる厳しい取り調べ、というかほぼ拷問により、ついに雲のレオは過去の犯罪行為と、逃げていた間フィッシャー男爵邸にいたことを自白した。

 その報告を受けて、ジョセフはジェシカにそれを告げることにした。

 その日はジョセフとマリアンヌが揃って帰宅し、クリスティーナとジェシカと四人で夕食をとることになった。

 そこでジョセフは話を切り出す。


「ジェシカ、実は今捜査している雲のレオの件で、どうもフィッシャー男爵家をのっとった奴もあげられそうなんだ」

「どういうことでございますか?」


 突然実家の名前が出てきたジェシカは戸惑った。

 ジョセフに説明を求める視線を送る。


「雲のレオが逃げた先が、フィッシャー男爵邸だったんだ。で、そこを支配している奴が暗黒街の大物だったってわけ。犯人隠匿だけで十分逮捕できるけど、どうせもっと後ろめたいことがあるはずなんだ。捕まえてから締め上げて、自白させようと思ってね。マリアンヌの拷問に堪えられるような人はいないから」


 ジョセフがマリアンヌを見るが、彼女は感情を表さずに食事を続ける。

 代わりにクリスティーナがマリアンヌのことを心配した。


「あんまりそういううわさが立つと、嫁の貰い手がなくなるわね」

「悪と戦うには結婚は邪魔です」


 今度はマリアンヌが反応した。

 彼女は結婚について嫌悪感を抱いており、それを邪魔と言い切った。

 ジョセフはそれを見て苦笑いをしたが、今度はマリアンヌがジョセフを睨むと、肩をすくめてジェシカの方へと向き直った。


「まあ、そういうわけで、後ろめたいことの中には、男爵家を乗っ取った投資詐欺も含まれる」

「私にとっては終わったことではありますが、それでも父と母の仇を取れるのであれば嬉しゅうございます」


 終わったことというが、ジェシカの目は赤くなっており、今にも水滴がこぼれそうになっていた。

 それを見たクリスティーナは、心の中でついこの間まではマリアンヌがしっかりしていて手がかからず、ジョセフが頼りないと思えていたのに、今では逆になったわねと思ったのだった。


 一方、雲のレオが捕まった話はティムにも届いていた。

 警察の中にも金でティムに情報を売るものがいるのだ。

 ティムはその知らせを聞いてフィッシャー男爵邸に移動していた。

 自分の店にいては警察が踏み込んでくる可能性があるからだ。

 しかし、この男爵邸であれば警察は管轄外なので、踏み込むことはできないからである。

 そんなティムは彼の愛人であり、現フィッシャー男爵の母親であるアビゲイルと一緒に昼から酒を飲んでいた。


「まったく、雲のレオもドジを踏みやがって。挙句に俺のことを謳うたあな。金もとりっぱぐれて、警察に目をつけられて散々だ!」


 当然ながらティムは荒れていた。


「まあまあ。ここにいれば安全ですし、ここから指示を出せばよろしいでしょう」

「れもそうだな。バーニーとも一緒にいられるしな」


 バーニーとは現フィッシャー男爵である。

 アビゲイルとジェシカの父親のフィッシャー男爵の子となっているが、実際の父親はティムであった。

 年を取ってから生まれた子であるため、いかに悪人のティムといえども、子への愛情は人一倍であり、目に入れても痛くないほどであった。

 ただ、人目を気にしてなかなか会うことが出来ていなかったのである。


「貴族院の方にももう少し金をばら撒いて、ここに目をつけないように工作せんとな」


 ティムは窓の外の帝城の方を見た。

 帝城には貴族院があり、貴族の犯罪を取り締まっている。

 が、組織は腐りきっており賄賂が横行していた。

 ティムのように自らの犯罪をもみ消そうとする者もあれば、政敵を蹴落とすために無実の罪を着せるようにと頼む者もあり、まともに機能していないのである。

 前フィッシャー男爵の死についても、きちんと調べれば怪しいところも見つかったであろうが、ティムの賄賂によってろくな調査もされずに事故として処理された。

 そんな貴族院だから、自分が捕まることはないと高を括っているのである。


 しかし、その夜のこと。

 フィッシャー男爵邸を囲む人影があった。

 それはジョセフを筆頭とした第四特務機関デルタの面々と、応援の警察官である。

 皇帝陛下から御免状をいただいたジョセフは、貴族の屋敷であろうと乗り込んで捜査が出来る。

 だが、それを知らないフィッシャー男爵邸の門番は、ジョセフを追い返そうとした。


「何者か?」


 門番が誰何する。


「警察です」


 ジョセフは丁寧に答えた。


「警察が何用か」

「この屋敷の主人とその一味に怪しいところがあって、同行願おうと思いましてね」

「警察ごときが貴族を捕らえられると思ったか?越権行為である」

「それが、そうでもないんだよね。陛下から御免状をいただきましたので」

「嘘をつくな」


 門番はジョセフを睨み、門の中へ入ろうとするのを邪魔する。


「はいはい。それでは陛下を侮辱したということで逮捕します。よろしく」


 ジョセフの指示で警察官が門番を取り押さえた。

 身動きが取れなくなった門番は口で抵抗する。


「下っ端警察官がこんなことをしてただで済むと思うなよ。越権行為で処罰されちまえ」

「訴え出てみればいいさ。陛下の御免状を穢した罪で、首と胴が泣き別れになると思うよ」


 門番を縄で縛って転がすと、一行は敷地の中へと入る。

 ドンドンとドアを叩き、開けるように促す。


「警察だ。ここを開けろ」


 その声を聞いてティムとアビゲイルはぎょっとした。


「あんた、警察だってよ」

「なんで警察がここに来るんだ。貴族院の仕事だろう」


 ティムは急いで屋敷の中の部下を集めると、


「こうなったら殺すしかねえ。ここさえ乗り切れば、貴族院に圧力をかけてもみ消してもらう。おめえら、しっかりやれ」

「へい!」


 部下たちは各々手に武器を持ち、警察の突入に備える。

 警察はいつまでたっても開かないドアを壊すことにして、掛矢でドアを叩き始めていた。

 そして、ついにドアが破られる。


「殺せ!」


 ティムの指示のもと、部下たちが一斉に警察官に襲い掛かる。

 しかし、凶賊たちは二十人程度、それに対して警察官は倍以上の人数がいる。

 一人、二人と凶賊たちは斬り伏せられて、動けるものを減らしていった。


「ちっ」


 ティムは舌打ちすると、裏口に向かって走り出した。

 それを見たジョセフが能力を使う。

 室内を照らすロウソクから伸びた炎の糸が、ティムの体を包む。


「ちくちょう、なんだこれは!」

「逃がさないからね」


 ジョセフが勝ち誇ったように笑う。

 ティムが捕まったのを見て、他の者たちも抵抗をやめて捕縛されることとなった。

 アビゲイルとバーニーを含む全員が捕縛されたのを確認すると、ジョセフはマリアンヌの肩を叩く。


「後の取り調べは任せるよ」

「自分ではやらないの?」

「拷問は苦手なんだよ」

「私だって得意なわけじゃないわよ」


 マリアンヌはそう言ったが、その顔には冷たい笑みが張り付いていた。

 二人がそんなやり取りを出来るのも、無事にティム一味を捕縛できたからである。

 なお、ティムの商会にも別動隊が突入しており、まさに一網打尽であった。

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