第9話 捕り物
時は少し遡る。
アジトを急襲された雲のレオは警察の包囲網を突破し、ティムの商会に逃げ込んだ。
その日、運よくティムは商会にいた。
雲のレオが疲れた顔でティムに挨拶をする。
「すません、こんな夜分に。警察に踏み込まれまして逃げてきやした」
ティムは疲れた様子のレオを見ると
「手下はどうした?」
と聞いた。
「あの様子だとほとんど捕まったでしょう。ほかのアジトにも逃げようとしたんですが、全部警察の手がまわってやした」
「タレコミか」
「まったく、どいつがチンコロしたんだか」
レオは忌々しそうに吐き捨てた。
「それで、以前言われたようにティムさんのところに逃げてきたってえわけです」
「なるほど。流石は掴めないという意味で雲のレオと名乗っているだけのことはある。よく警察の包囲を突破できたな。しかし、警察も執念深いから、すぐにここを出た方がいいな」
「大丈夫なんですかい?外には大勢の警察が俺を探してうろついていやすが」
「任せておけ」
ティムはそういうと馬車を用意させた。
この馬車というのが貴族のものであり、警察も貴族の馬車を検問で確認することはできなかった。
馬車に案内されたレオはその貴族の馬車に驚く。
「こいつはお貴族様の馬車じゃねえですか」
「そうだ。貴族家を支配しているから、こうしたものも用意できるのだ。これでその貴族の屋敷にお前を連れて行こう。そこでほとぼりが冷めるのを待てばいい。ま、値段ははるがな」
ティムが金のことを言うと、レオはバツが悪そうにした。
「へへへ、実は急いで逃げてきたんンで金がねえんですよ」
「そいつは弱ったな。かといってここでお前さんを放り出したんじゃあ、この商売はもうできねえ」
「なあに、紹介屋を手配していただければ、急ぎで仕事をしますんで」
「そうかい、そうかい」
ティムはニコニコして頷いた。
二人は馬車に乗ると貴族の屋敷を目指す。
途中で雲のレオを捜索している警察官を窓の外に見かけたが、馬車が止められるようなことはなかった。
馬車はそのまま何事もなく貴族の屋敷の敷地に入る。
「着いたか。ここなら警察の手も入らんからな。紹介屋を通して人を集めておこう。で、仕事はいつにするんだ?」
「一週間後に集まった連中に説明して、その翌日にでも。一週間もすれば警察の捜査も緩むでしょうから」
「わかった、伝えておこう」
屋敷に着くと、夜にも関わらず使用人が出迎えた。
もちろん、すべてティムの配下である。
「親分、どうしやした?」
「なに、一人かくまってもらいたいって客が来たからな。あれにも伝えておけ」
「承知しやした」
あれというのはこの屋敷の当主の母親であり、ティムの愛人の女性のことである。
「ティムさん、随分と立派なお屋敷ですが、ここは?」
レオはティムに訊ねた。
「フィッシャー男爵っていうまぬけな貴族の持っていた屋敷だ。嘘の投資話に乗ってきて、まんまと損させて借金のかたに手に入れたってわけだ」
「で、その男爵は?」
「後妻に俺の女を迎えさせて、その女が子供を産んだらかわいそうなことに二階から転落死だ。今は土の下だ。で、その子供が家を継いでるってわけよ」
「そいつは随分と大掛かりな仕事で」
「まあ、その甲斐あって警察の目が届かないここで色々とやれるってもんだ」
ティムが言う色々とは、違法薬物や賭博などがあった。
貴族を集めては賭場を開帳して、そこで酒や女に加えて薬物も提供しているのである。
それが莫大な利益をもたらしていた。
「しかし、よくばれませんね」
「貴族院にも手をまわしておるからな。ま、過去に色々と調べようとした奴がいたが、消えてもらったよ」
ティムの話を聞いて、レオは感心した。
自分のような盗賊とはスケールが違い過ぎると思ったのである。
そんなやり取りがあって、今酔いどれ兎に雲のレオと彼が集めた盗賊が集まっていた。
雲のレオは変装してこの酒場にやってきており、警察もそれには気づかずに、盗賊の一人であろうと思っていたのだ。
そして、ついに教会の鐘が八時を告げる。
酒場の中では雲のレオが説明を始めた。
「よく集まってくれた。俺が次に狙うのは――――」
と言いかけたところで、酒場のドアが破られる。
鍵をかけていたのだが、木製のドアを掛矢で壊して警察がなだれ込んできた。
「警察だ!全員動くな!」
そういわれて逃げない盗賊はいない。
皆が一斉に逃げようとした。
ただ、そのせいでお互いにぶつかり床に倒れるもの多数。
抵抗しようとして椅子や酒瓶を手にするものもいたが、いかんせん警察の武器と比べると弱い。
遊郭へは武器の持ち込みが出来ないので、自前の武器を持っている者はいなかったのだ。
そうした連中が捕縛されている間に、雲のレオをはじめとして何人かは二階へと逃げた。
ただ二階に逃げたわけではなく、二階の窓から外に出て逃げようとしたが、すでに建物の周囲は警察によって完全に包囲されていた。
「くそが!」
レオは舌打ちした。
何人かは二階から飛び降りたが、すぐに警察に捕まってしまった。
諦めて一階に戻るものもいたが、レオは窓から屋根にのぼる。
建物の屋根から屋根へと飛び移って逃げるつもりなのだ。
ジョセフはその様子を見ていた。
夜の闇のなかで、警察の照らす明かりがわずかにレオを捉え、その姿を見ることが出来たのだ。
「今度は逃がさないよ」
ジョセフはそういうと燃素を作り出す。
それは縄のようであった。
その縄はレオを取り囲み、先端は松明の炎に付けた。
すぐに火でできた縄が完成する。
夜の闇に浮かび上がる一条の真っ赤な縄は幻想的であり、警察側も盗賊側もしばしそれに見とれて動きが止まった。
「なんだこりゃ、あちい」
レオは不用意に縄に触れて火傷をした。
幻覚かもしれないと思って手を伸ばしてみたのだが、それが本物の炎であったから、熱いという感覚が全身を駆け巡った。
そして、本物であるということがわかり、観念したのである。
「俺様にこんなとっておきをぶつけてくるとは、偉くなったもんだぜ」
そう捨て台詞をはいて縛についた。
現場にいる警察官たちも、ジョセフが神子だということをまだ知らされておらず、署長が用意した奥の手だと思い、署長を称賛する。
「流石は署長ですね。こんな奥の手を用意していたなんて」
「まあな」
そうこたえる署長の歯切れは悪かった。
なにせ、署長にもジョセフが神子だという情報が来ていなかったのである。
それでも否定しなかったのは、この手柄を自分のものとしたかったからであった。
その翌日、遅れて署長の元にジョセフが神子で御免状をいただいたという情報が届けられた。
極秘というわけでもないが、不必要に口にせぬことという注釈付きで。
それを受けて署長はジョセフを呼んだ。
「お呼びでしょうか?」
「うむ。いや、この場合私がへりくだるべきだな。閣下、この度の雲のレオ逮捕の助力、ありがとうございました。閣下が神子であるという情報が先ほど届きまして、昨日の出来事について納得がいった次第」
署長がジョセフに頭を下げた。
ジョセフは慌てる。
「頭を上げてください。昨日と今日で僕は何も変わっちゃいないですから」
「そうはおっしゃいますが、今まで通りというわけにはいきますまい」
「困ったなあ」
ジョセフは困惑した。
警爵家当主という立場ではあるが、警察組織の中では役職なしのヒラである。
それが署長に頭を下げられると、どうしてよいかわからなかったのだ。
が、神子であることと、その能力を使って雲のレオを逮捕したことが評価され、すぐにジョセフは所轄から独立した部署の長に任命された。
凶賊専門の捜査機関、『第四特務機関』が創設され、そこの初代長官となったのである。
各地の警察から人材が集められ、凶賊専門で地域の区別なく捜査に当たることになったのである。
そこにはマリアンヌの名前もあった。
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