第8話 ハドソンの初仕事
音無しのハドソンは早速密偵としての仕事を始めた。
遊郭に屋台を出したのである。
遊郭に来る盗賊を見つけるために。
今は昼であるため、太陽の光で行きかう人の顔がよく見えた。
そこに早速獲物が引っかかった。
人相の悪い中年の男がハドソンの屋台に近づいてくる。
なお、屋台では酒と簡単なつまみを売っていた。
「おやじ、酒だ」
「はい」
とハドソンが返事をする。
この時ハドソンは客が誰であるかをわかっていた。
客は紹介屋のジークだ。
紹介屋とは盗賊たちのための派遣会社のようなものである。
人手が足りない盗賊団に、手の空いている盗賊を紹介して、紹介料をもらうことを商売としている。
ハドソンから酒を受け取ろうとしたジークは、その時初めて屋台の店主がハドソンであると気が付いた。
「あっ、音無しのハドソンじゃねえか」
「久しぶりだな、紹介屋」
「なんでこんなところで――――」
「親分の不可視のアルフレッドが、手下だった雷鳴のステファンに殺されてなあ。一味は解散して、こうして堅気になったってわけだ」
「堅気にねえ」
ジークは値踏みする様にじろじろとハドソンを見た。
ただ、そうしたからといって、目の前の相手が堅気になったかどうかがわかるものではなかった。
まあ、そうなのだろうということで話を進める。
「そうか、堅気になったのなら残念だな」
「何が残念なんだ?」
「俺が残念なんだよ。実は急ぎで人を集めてほしいという話があってな」
「急ぎ働きか」
急ぎ働きとは、ろくな下調べもせずに店舗などに押し入り強盗を働くことを指す。
ハドソンなどは毛嫌いするやり口であった。
「やる気があるのか?」
「まあな。堅気になってはみたが、屋台なんてのはそうは儲からない。女房を食わせるためにも金がいるんだ」
「それなら話すが、雲のレオが人を集めているんだ」
「雲のレオがか」
「堅気になったあんたには情報が入ってこないかもしれないが、雲のレオのアジトを警察が急襲してな。本人は逃げたんだが、手下の多くが捕まったんだ。だから、新たな手下が必要だってわけだ」
「しかし、警察に追われる身で、よく次の仕事をしようと思うな」
ハドソンは知らぬていで会話をする。
「それがなあ、雲のレオが逃げ込んだ先の家賃が高いのよ」
「なんだいそれは?」
「あまり大きな声じゃ言えねえが」
と言って、口をハドソンの耳元に持っていく。
「どうやらティムのところに逃げ込んだらしい」
「ティムっていえば、暗黒街の大物じゃねえか」
「しっ!声がでけえよ」
「悪い」
ティムは帝都の暗黒街で十指に入る大物である。
「しかし、ティムも厄介なのを抱えたなあ」
「それがそうでもねえ。ティムは愛人を使ってとある貴族家を実効支配しているんだ。で、貴族の屋敷ともなれば、警察もおいそれと捜査が出来るもんじゃあねえ。だから、安全なんだよ。その代わり、随分とたけえ保護費を払うことになるけどな」
「ほお」
音無しのハドソンや不可視のアルフレッドは、捕まらないために腕を磨いていた。
だから、雲のレオのように簡単に逃げられるような方法を調べてこなかったため、ティムの情報も知らなかったのである。
「じゃあ、仕事の話もそこでやるのかい?」
「そういうわけにはいかねえよ。俺たちみたいのが貴族地区でうろうろしていたら、警察がすっ飛んでくるからな。ま、場所は仕事を受けてくれるんなら話すよ」
「それは報酬次第だな」
「百万キュリーが参加料、あとは結果に応じてだ」
「悪くねえな。やるよ」
「そうかい」
ハドソンは情報を聞き出すために、最初から引き受けるつもりであったが、ジークはそんなハドソンの考えに気づかず、一人確保できたと喜んだ。
「明後日の夜八時、この遊郭にある酔いどれ兎って酒場に行ってくれ」
「酔いどれ兎だなわかった」
そこまで話すと、ジークは酒を飲んでからどこかへ行ってしまった。
情報を得たハドソンは、さっそく屋台の端に黄色いハンカチを結んだ。
連絡を取りたいという合図である。
そこに通りかかったジョセフがやってくる。
「酒を」
「はい」
ほかの客はいないが、誰が見ているかわからないので、普通に客と店主を演じる。
酒を出されてジョセフはそれを口につけた。
酔っ払っては仕事にならないので、飲むふりだけであったが。
「雲のレオが仲間を募集しています。明後日の夜八時にここの酔いどれ兎って酒場に集まって、仕事の説明をするんだそうで」
「盗賊が経営している酒場かな」
「おそらくはそうでしょう。紹介屋がそう言ってましたんで」
「じゃあ、奴は今そこに潜んでいるんだね」
「いや、ティムっていう奴のところに逃げ込んだようで」
「ティム?」
「表向きは商会の会頭ですが、裏社会の大物でしてね。なんでも、貴族家を乗っ取ったらしくて、そこなら警察もおいそれと捜査できねえってわけです」
「それは問題だねえ。どこの貴族家が乗っ取られたか知っている?」
「いや、そこまでは」
「ありがとう。ティムは後でやるとして、今は雲のレオだね」
「自分、行った方がいいですかね?」
ハドソンは酔いどれ兎に行くべきかジョセフに訊ねた。
「いや、いいよ。少し遅れて向かっていたら警察官の姿を見かけたから引き返したとでも言っておけば言い訳はたつでしょ」
「わかりやした」
話が終わるとジョセフはテーブルに代金を置いた。
「それじゃあごちそうさまでした」
「またどうぞ」
最後は再び客と店主として別れる。
ジョセフはすぐにトニーの店に向かった。
店内はまだ昼ということで客は少ない。
「いらっしゃい」
トニーがジョセフに声を掛けた。
情報があるというハンドサインをトニーに見せる。
「どうぞこちらへ」
トニーが案内したのは個室であった。
「雲のレオの情報をつかんだ」
「本当か」
ジョセフの言葉にトニーは驚いた。
目下、警察が総力を挙げて探しているのに見つからない雲のレオの情報である。
驚くのも無理はなかった。
「そうだよ。明後日の夜八時にこの先の酔いどれ兎って酒場に盗賊を集めるらしい」
「すげえ情報だな。酔いどれ兎は一階は酒場だが、二階が宿になっている。まあ、筋の悪い連中が泊っているんだが、やっぱりそうしたやからか」
「まあ、雲のレオはいないみたいだけどね。署長に伝えて捕まえるようにしてほしい」
「わかった」
トニーに情報を伝えると、ジョセフは再び遊郭での情報収集へと戻る。
その日、目ぼしいものはなく、また、その翌日も特には見つからなかった。
そしていよいよ雲のレオが仕事の説明をするという日。
一般人に扮した警察官が酔いどれ兎を見張る。
店は貸し切りとなっており、紹介屋から名前の報告があった者しか中には入れないようになっていた。
だから、外から見張るしかなかったのである。
ジョセフも通行人のふりをして、何度か店の前を通り過ぎた。
今回の捕り物の指揮は十三番署の署長自らが執ることになっていた。
八時直前に署長に情報があがる。
「店には十五人が入りました」
「元々いたであろう奴らと合わせて二十人くらいというところか。八時ちょうどに突入する。教会の鐘が合図だ」
署長は懐中時計で時刻を確認し、そう指示を出した。
現在の時刻は七時五十分であり、もうまもなく突入である。
「わかりました」
署長の指示を受け、部下たちが準備をする。
捕獲するための武器は荷車に隠しており、突入直前まで通行人に気づかれないようにしてあったが、いよいよ戸入間近となったため、隠すのを止めて各々が武器を手にした。
剣やさすまた、ソードブレーカーに弓矢である。
帝国には銃もあるのだが配備数が少なく、また、帝都での銃の所持は警察でも認められていないので、ここには銃がないのだ。
全員が緊張して鐘が鳴るのを待った。
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