第16話 解決
取り調べると言ったジョセフの前にハドソンが姿を現した。
ハドソンを見るとヤンとマオタイがぎょっとした。
「長官、どうかこのお方については寛大なご処置を」
ハドソンがジョセフに頭を下げたことで、二人はハドソンの立場を理解する。
「俺たちを売ったのか!」
マオタイが吠えた。
「黙れ!殺さず、犯さずの決まりも守れねえような凶賊なんざ匿う義理もねえ」
ハドソンが言い返す。
ヤンはその言葉を聞いて、本来はそれを言うのが自分の役目だったと後悔した。
「まあまあ。まだ強盗を働いたわけじゃないし、凶賊になったわけじゃないんだから」
ジョセフはハドソンをなだめると、マオタイに向き直る。
「さて、ここが君たちの分水嶺だ」
「分水嶺だと?」
「簡単に言えば、配下になるか、それを拒んで警察官への殺人未遂と、窃盗団の過去の罪の両方で裁かれるかだね。そうとう重い刑が科されるだろうけど」
ジョセフの言うことははったりではない。
窃盗団で人を傷つけていないならば、首領は処刑だが子分は鉱山労働程度であり、命までは取られない。
だが、そこに今回の警察官殺人未遂が加われば、全員が処刑となるだろう。
たとえそれがかたき討ちだったとしても、だ。
「選択肢がねえじゃねえか」
「そうでもないよ。君たちの矜持として警察に尻尾は振らないっていうのもありだ」
「そりゃあそうだが」
マオタイは他の者たちの顔を見た。
皆困惑している。
そんな中、ヤンが口を開いた。
「配下となった場合は何をするのか聞かせてもらえんか」
「いいでしょう。実は、うちの部署は人手不足でしてね。捕り方が足りないんですよ。なので、罪人、容疑者の逮捕に協力してもらおうかと。警察に就職してみませんかね?給金はちゃんと出ますよ」
一般の警察官が自分の判断でこうした捕り方を雇うのは無理だが、特務機関の長官であるジョセフならば可能である。
なにせ、その権限は署長よりも上なのだ。
「俺たちが?」
若いラドン人たちがざわつく。
「君たちを見るに、暴れ足りないんだと思う。捕り方は危険な仕事だけど、その分スリルはあるし、暴れられるよ。合法的に相手に暴力をふるえるんだからね。ただし、勝手なふるまいは認めない。現行犯かこちらの指示でのみ暴力を行使できるって条件だけどね。それに、君たちが活躍すればラドン人に対する偏見も薄れるんじゃないかな。ま、この後素性調査をして、凶悪事件をしていなければって話だけどね。もし、殺人でもしているようならこの話は無しださすがにそれは水に流すことはできない」
ジョセフに言われて皆考え込む。
最初に口を開いたのはマオタイであった。
「わかった。俺は狗になる。ただ、他の者に強制はしない」
「よろしい」
次に口を開いたのはヤンであった。
「わしの首を差し出しましょう。盗賊団の首領ともなれば死罪でしょうからな。若い奴らへの戒めとして、道を間違った者の末路を見せておきたい」
「そうだなあ。じゃあ、人質ってことでどうでしょうか?もし、捕り方になったのに問題を起こしたら、その時は先代の首をもらい受けるってことで」
「わかりました。では、牢にでも?」
「いや、それならもう少しましな暮らしができるように、うちの屋敷に来てもらうよ」
こうしてヤンはラドン人に対する楔となった。
他の者たちも全員が捕り方になることを選ぶ。
「これで終わりかな?」
とジョセフが言うと、マオタイが思い出したことがあって、ジョセフに願い出た。
「一つお願いがあります」
「何かな?」
「ここで殺されたタイって女には一人娘がおりまして。母一人子一人の家でしたから、今じゃどう暮らしていいか。俺たちラドン人は他人の家の子供の面倒を見る余裕なんてねえですから」
「小さいの?」
「まだ、八つでして。これをどうにか出来ねえでしょうか?」
「そうだなあ、孤児院に入れてもラドン人はいじめられそうだしなあ」
困ってジョセフは頭を搔いた。
そこにマリアンヌが助言する。
「うちの屋敷で働かせればいいわ。そこの元首領も来るんでしょ。ラドン人が一人だけっていうわけじゃないし」
「うん、そうしようか」
ジョセフはマリアンヌの意見を採用した。
マオタイが頭を下げる。
「ありがとうございます。俺、絶対お役に立ちます」
他の者たちもジョセフに頭を下げた。
ヤンも頭を下げたのだが、その目には涙があり地面に落ちた。
しかし、それが他の者に見られることはなかった。
ハドソンがジョセフの隣にやってくる。
「万事解決じゃねえですか。おそれイリヤの騎士ボジンで」
「何それ?」
「外国の宗教の神話なんですがね、ボジンってえたいそう腕っぷしが強い暴れん坊がいたんですが、それがイリヤって神様に諭されて真面目になって、イリヤを守る騎士になったってえのがあるんですよ。おそれいりやしたってのと掛けた洒落ですね」
「随分と物知りだねえ」
「ま、なんかの役に立つだろうってことで覚えやした」
ハドソンもヤンの処遇が酷いものにならなかったので一安心であった。
後日、マオタイたちは正式に捕り方となった。
全員に制服と専用のソードブレーカーが支給される。
もちろん、それを手渡すのはジョセフである。
「さて、これで君たちは正式に我が機関所属となったわけだ。早速表に出てみようか」
「警らですか?」
「そう。所轄には話をしてある。凶賊専門ってことだけど、いつもいつも凶賊と戦うわけじゃないからね」
いつも犯人を追いかけているわけではないデルタは、捕り方が仕事をする機会は少ない。
かといって毎日遊ばせておくわけにもいかないので、見回りをさせることにしたのだった。
ジョセフを先頭にラドン人たちが街を歩く。
「そろそろ昼時だし、ご飯でも食べよか。今日はめでたい門出だから、僕がおごるよ」
ジョセフはそういうと手近な食堂に入った。
ラドン人たちが入ると、食堂の店員や客たちがぎょっとした。
当然マオタイたちも肩身が狭い。
ジョセフがいるので表立って追い出すような真似はしないが、不穏な空気が食堂を覆った。
「あの、本当にあっしらが入ってもいいんですか?」
と小声でジョセフに訊ねる。
「別に法律に触れてはいないよ。まあ、言いたいことはわかる。でもね、これから君たちが活躍することで、この店に入っても誰も気にしなくなるようになっていくと思うんだ。世の中すべての差別をなくすことは出来ないけど、身近なところでの誤解や偏見がなくなれば、いつかはそれが大きな流れになっていくんじゃないかな」
「はぁ」
ジョセフの考えが大きすぎて、マオタイたちはピンとこなかった。
しかし、ジョセフが自分たちのことを考えてくれていることは理解できた。
その後、この食堂にマオタイたちが歓迎されるようになるにはもうしばらくの時間を要することになる。
近辺のスリ、かっぱらい、麻薬の密売人などの犯罪者を悉く取り締まり、治安が良くなったのを住民が感じて、やっと認められたのだった。
一方、息子が殺人犯となり、なおかつジョセフの手によって処罰されたマッカーシーは、警察の職を辞した。
一族の集まりにも顔を出さなくなり、ひっそりと暮らすことになったのである。
トーマスと一緒で見張り役をしていた警察官も免職となり、鉱山労働十年の罰を与えられた。
しかし、元警察官はいじめの対象になりやすく、彼も例外ではなかった。
受刑者たちのいじめに耐えられず、自らの命を絶ったのであった。
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