第4話 身請け

 雷鳴のステファンが吐いた情報をもとに、その日の夜のうちに雲のレオが使用している複数のアジトを警察が急襲した。

 警察の中にも賄賂で雲のレオに情報を流しているものがいる可能性もあるので、急ぎ捕獲へと動いたのである。

 が、雲のレオは警察が踏み込むとすぐに外へと逃げ出した。

 踏み込んだのが夜中だったこともあり、夜陰に乗じてまんまと逃げおおせたのである。

 それでも、多くの部下たちは逮捕された。

 というのを、ジョセフは日が昇ってから帰宅したマリアンヌから聞いた。

 マリアンヌの機嫌は悪かった。


「私の担当したところに雲のレオがいれば、きっと捕まえられていたのに」


 マリアンヌもアジト突入の指揮をとった。

 そのアジトでは一網打尽となり、ひとりも逃さなかったのである。


「そうかぁ。じゃあ、僕の手柄もそこまで評価はされないか」


 雲のレオの手下である、雷鳴のステファンを捕まえたのはジョセフの手柄である。

 しかし、雲のレオ逮捕が出来なかったので、表彰されるようなことはない。

 そうかといって、なんの評価もないのかといえばそうではない。

 十三番署の署長は上機嫌であった。

 自分の部下が雲のレオの居場所につながる情報を得たのだから、当然その評価は上がる。

 なので、ジョセフに対してもなんらかの褒美を出そうと考えたのだ。

 そして、署長は特別にジョセフに休暇を出した。

 休暇をもらったジョセフは優美館へと足を向けた。

 エレノアールを指名すると、彼女はお茶を引いていたために、すぐに彼女の部屋へと案内された。


「本日もご指名ありがとうございます。でも、いい若い者がこんな昼日中から、妓楼通いなんかしていてよいのですか?」

「今日は休みだからね」

「そういうことであれば、鴉が鳴くまで一緒にいられますね」


 エレノアールはそうは言ったが、ジョセフのことを働いていないどこか良いところの若旦那だと思っていた。

 なにせ、来れば朝まで一緒であり、とても翌日仕事に間に合うようには思えなかったからである。

 なので、家の資産で遊んでいるのだと思っていたのだ。

 一通り遊んでから、食事を頼んだ。

 部屋に食事が運ばれてくるのを待つ間、ジョセフは再び身請けの話を切り出した。


「この前聞いたんだが、娼妓は三十三になるとお役御免になるそうじゃないか。どこか行く当てでもあればよいけど、無ければ路頭に迷う。それなら、うちに来ない?」


 ジョセフは真っ直ぐにエレノアールを見た。

 その真っ直ぐさにエレノアールは困惑する。


「私のような女が御宅に入ろうものなら、御父上に何を言われるか分かったものではございませんよ」

「父なら何も言わないから大丈夫」


 死んでいるので当然である。

 が、ここで警爵家の当主であると明かすのははばかられたので、そこは黙っていた。


「ではご母堂様は?」

「うーん」


 母親のことを思い浮かべると、即答はできないジョセフであった。


「ほらごらんなさい。私は自分のことはなんとかいたしますので、お構いなく」

「いや、ならば母の許可を取ってこよう」


 ジョセフはそういうと、食事が来るのも待たずに部屋を出た。

 その後妓楼を管理する遣手にエレノアールの身請けに必要な金額を確認し、妓楼を出て行ってしまった。

 遣手は身請けの話を聞いて、エレノアールの様子を確認しにやってきた。

 遣手は娼妓の教育や世話をしている女である。

 その殆どは元娼妓であり、身請けされなかった者が妓楼に残ってやっているのだ。

 中には楼主の愛人だったりする場合もあるが。


「あの坊や、お前を身請けしたいと言っていたが、お前はどうなんだい?」

「私にはあんなことがありましたので断りました」


 この遣手、ブリギッタというが、彼女も元々優美館で客を取っていた娼妓であった。それが引退して遣手となったのである。

 そして、もうすでに三十年ほど遣手をつとめていた。

 だから、エレノアールがあんなことといったのを知っているのである。

 エレノアールは過去に何度か身請けの話があった。

 だが、その悉くが破談となっている。

 最初は大きな商会の跡取りであった。

 彼は親に反対されて自ら命を絶った。

 次に商会の会頭から話があったが、身請けの金を用意したその日に、その商会に盗賊が押し入り、金と命を奪っていったのである。

 三度目はやはり商会の会頭であったが、身請けの話を進めていると商売で失敗してしまい、話が流れてしまったのである。

 その結果、ついたあだ名がハードラックのエレノアール。

 こうして、エレノアールを身請けしようとすると不幸になるという話が出回り、身請けしようとする旦那衆がいなくなったのである。

 ジョセフはそういった話を知らないので、エレノアールを身請けするのに躊躇がなかった。

 仮に知っていたとしても、躊躇しなかっただろうが。


「もったいない。お前も今年でここを去らねばならん。娼妓が外に出てまともに働けると思うかい?」

「いいえ」

「そうだろう。なら、行ってみればいいじゃないか。だめならここに戻っておいで。あたしもそろそろ歳だから、引退しようと思ってね。後任の遣手を探さなきゃならないんだよ」


 ブリギッタは心からエレノアールのことを心配していた。

 彼女は娼妓たちの面倒を見る間に情を持つことが多い。

 エレノアールも売られてきて、右も左もわからないうちから教育しており、商品として以外の感情を持っていたのだった。


「相手の親が娼妓であり、不運を持つ私みたいな女を迎えるのを認めてくれるでしょうか?それに、そのうち若い女に目が行くのでは?」

「それなら、元貴族令嬢って肩書を出せばいいじゃないか。平民にとっちゃステータスだろう。で、さっさと子供を作ってしまえばいいのさ」


 エレノアールは元貴族令嬢であった。

 親が怪しい投資話に乗って多額の借金を抱えてしまい、その返済に窮して売られたというわけである。

 そして、それだけで返済しきれるものでもなく、結局実家はもう無い。


「私は一生ハードラックとダンスするのだと思っております」

「何を言っているのさ。先のことなど誰にもわかりゃしないよ。ダメもとで身請けされてみちゃあどうだい」

「そりゃまあ。ただ、あの若旦那が親御さんを説得できて、お金を用意出来たらのはなしですよね」

「そりゃそうさ。それが無理で二人して駆け落ちしようなんて提案してきたら断りな」

「はい」


 こうしてエレノアールはブリギッタに説得され、身請けされる決意をしたのであった。

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