第2話 雷鳴のステファン
ジョセフが入った賭場では手本引きのようなギャンブルが行われていた。
親が六種類の札の中から一枚選んだ札を、子である客が当てるというものである。
これは単なる運だけのゲームではなく、親と子が互いの考えを読みあう勝負なのだ。
そして、当然のことながら親は子で最も金を持っているやつをむしりに来る。
ジョセフはそのむしられる客を見抜いて、その客の逆を張って勝つようにしてきた。
賭場で今日の客の顔ぶれを見ながら、その懐具合を観察する。
その中で一人気になった男がいた。
如何にもといった厳つい顔であり、体つきも肉体仕事をしているようながっしりしたものであった。
少し酒を飲んで酔っ払っているようで、口からは酒臭さが漂っていた。
遊郭で見るのは初めてであり、いつも遊びに来ているような感じではない。
雇われ仕事であれば給料日直後、職人であれば一仕事終わって代金を回収したら遊びに来るものであり、それ以外はよっぽどの金持ちが足しげく通ったり、親の遺産が入った突発だったりだ。
そして、犯罪で得た金を持った者も、そうした不定期での客に入る。
ジョセフが気になった男は、ほかの客と比べるとほんの少しだけ賭け金が多い程度で、職人が仕事の代金を得たようにも思えた。
が、注意深くその様子を観察する。
また、観察していたのはジョセフだけではなかった。
親と賭場を開帳している胴元もだった。
一見の客で金を持っている雰囲気を感じ取り、むしり取ることにしたようだった。
男が小さく張ると当てさせ、大きく張ったときには外れさせる。
ジョセフもそれに合わせて目立たぬように小銭を稼いだ。
男は次第に熱くなり、賭け金が大きくなっていった。
ジョセフが負け金額をカウントしていくと、百万キュリーを超えていった。
一般的な庶民のひと月の生活費が五万から十万程度であり、負け金額は一年分程度ということになる。
今いる賭場は大商人や貴族が来るような高級なところではないため、皆、精々が十万程度までの資金しか持っていない。
男の所持金はとても目立つ異常なものだったのである。
「くそう!パンクだ!」
男は荒々しく席を立った。
そして賭場を出ていく。
ジョセフはそのあとを追った。
そして声をかける。
「兄さん、随分ときっぷのいい負け方でしたね」
「なんだ、おめえ?」
男は訝し気な目でジョセフを見た。
「さっきの賭場で兄さんの勝負を見ていたんだよ。あの賭場の客はしけていて、みんな小銭をちょぼちょぼと賭けるだけだから、見ていても面白くないんですよ」
「そうだなあ。俺以外は対して賭けてなかったな」
「久々に面白いものを見せてもらったお礼に、一杯おごらせてもらえませんかね」
「いいのかい?」
金が無くなった男は、ジョセフのおごるという言葉に喜んだ。
「この先に美味い酒を出す店があるんですよ。案内するんでついてきてください」
「そうか」
ジョセフが案内した店は、トニーがいるところであった。
男にばれないようにハンドサインでトニーに合図をする。
すると、トニーはジョセフたちを個室に案内した。
そして直ぐに酒が運ばれてくる。
「ささ、どうぞ」
「すまねえな」
そういうと男は出された酒をグイっと飲んだ。
「うめえ」
「でしょう」
そこから二人は会話をしながら酒を飲む。
男の方の酒はトニーが徐々に強くしていった。
が、男はそのことに気が付かずにどんどん飲んでいく。
そして、べろんべろんに酔っ払った。
ジョセフは頃合いだなと思い、本題を聞く。
「兄さんほどの男が無名ってことはないでしょう。どこぞで名の通ったお人では?」
「ああ。俺は雷鳴のステファンと言って、その筋じゃ名の知れた男よ」
「なるほど。だからあんな大金を持っていたのですね」
「まあな」
「僕も稼いでみたいです。どうやって稼ぐんですか?」
「そりゃあおめえ、つとめだ」
つとめとは盗賊用語で犯罪のことである。
「へえ。じゃあ最近大きな仕事をしたっていうことですか?」
「ああ」
「なるほど。その話を詳しく聞きたいから、途中で話の腰を折らないように、ちょっと便所で小便してきます」
ジョセフはそういうと、酔っ払った雷鳴のステファンを部屋に残して外に出た。
すぐにトニーに知らせる。
「当たりだった。雲のレオ一味かどうか知らないけど、雷鳴のステファンって名乗ったよ」
「わかった。あとは任せておいてくれ」
トニーの言葉にジョセフは頷いた。
ここは警察が運営する酒場である。
その個室は今回のように酒を使って口を滑らせるのに使う目的で設置され、口を滑らせた犯罪者をほかの客の目につかないように連れ出す通路もあった。
雷鳴のステファンはそこから連れ出され、拷問にかけられることになる。
一仕事終えたジョセフは店から出た。
「エレノアールのところにでも行こうか」
密偵の仕事時間はとてもアバウトであり、特に容疑者と思われる人物を捕まえたことで、今日であればもう仕事をしなくとも文句を言われるようなことはなく、ジョセフは足を優美館へと向けた。
直後にその背後から声を掛けられる。
「一緒に店に入った男はどうした?」
振り返るとそこには中年の男が立っていた。
目つきは鋭く、その目でジョセフを睨んでいた。
「店の中で酔いつぶれたから、店員に任せて出てきたよ」
「あの男と一緒にいたということは、お前も雲のレオの一味か?」
思いがけない言葉に、ジョセフは内心で当たりを引いたかと小躍りした。
「雲のレオの一味?なんのことか知らないが、僕は彼とは賭場で出会ったばかりだけど」
「そうか。まあその話はいい。俺が知りたいのは雷鳴のステファンの居場所だけだ。それが嘘だったら、俺はお前を痛めつけて本当のことを聞き出さねばならない。痛い思いをしたくなれば、今のうちに本当のことを言うんだな」
男は袖の中にあるナイフをちらつかせた。
ジョセフは驚いた。
なぜならば、遊郭の中へは武器が持ち込めないのである。
それはどんな大貴族であってもだ。
例外は警察だけである。
そして、目の前の男は警察ではない。
つまりは隠して持ち込んだというわけだ。
厳しい荷物検査を潜り抜けて持ち込んだとなれば、それは相当な技術を持っているということである。
この男、只者ではないなと思った。
そして、是非ともこの男が雷鳴のステファンを探している理由を知りたくなった。
「そういうことなら、個室で飲んでいたから案内しましょう。後で嘘だといわれたくないから」
「そうか。じゃあ頼む。が、後ろから常にお前の背中が刺せることを忘れるな」
こうしてジョセフは再び酒場へと戻った。
そして、トニーにハンドサインで緊急事態を知らせる。
武器を持っているというのもハンドサインで伝えた。
「さっきの人の連れなんだけど、連れて帰るそうなんだ。まだ、あそこの個室にいるかな?」
ハンドサインを出しつつ、そう訊ねた。
「ええ。今は横になっておられます」
「そうかい。じゃあ、勝手に見させてもらうよ」
「どうぞ。あとから私もうかがいますので」
「頼むよ」
そう会話を交わして、個室へと続く廊下を進んだ。
今の会話の裏には、「後から仲間を連れて向かいます」、「そうしてくれ」という意味が込められていた。
が、ジョセフの後ろにいる男はそうした意味があることを知らず、いよいよ雷鳴のステファンの顔を拝めると期待しながらジョセフについていったのだった。
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