第2話

 我が形見 見つつ偲はせ あらたまの

 年の緒長く 我れは思はむ

 ……さしあげた私の形見を見ながら思い出して下さい。長い年月をいつまでも、私もあなたを思いつづけていますから。


「形見」というのは、「離れている人を偲ぶよすがとなる品」のことらしい。今の形見とはちょっと意味が違う。でも、この歌を詠んだ笠女郎の気持ちはよくわかる。実は私も、同じことを考えたことがあるから。

 小学五年生のとき、クリスマスには学校にプレゼントを持ち込んでもよかった。それで、クラスのみんなにプレゼントをあげることにした。ドサクサに紛れて、一真にも渡したかったから。


「芽衣、プレゼント決めたの?」

「うん」

「それで? 一真にはなんて言って渡すの?」

「え? 何も言わないけどなんで?」

「何言ってるの! クリスマスだよ、クリスマス! ドサクサなんかじゃなくてちゃんと渡しなよ! チャンスじゃん!」

「無理無理無理! できるわけないじゃん!」

 野乃花には笑われたけど、私は真剣だ。何かはしたいけど気づかれるのは怖いから。私みたいなビビりにとっては、こういう機会って貴重でしょ?

 私は読書が好き。野乃花みたいに本の虫ってわけじゃないけど、楽しくて好き。だから、プレゼントには栞を選んだ。一生懸命、すっごく丁寧に手作りしてラミネート加工までしたやつ。でも、変にアピールし過ぎず普段使えそうなやつ。

 自分があげたものを好きな人が使ってくれるのって、とても幸せなことだと思うから、使ってもらえるようにデザインは真剣に考えた。いろいろ考えたけど、結局は画用紙にかわいい小鳥のイラストを貼って、その下にreading is funって書いてあるのにした。画用紙はカラフルにして他の子たちにも同じものをあげるんだけど、一真に渡そうと思ってる奴は明らかに一つだけ気合が入ってた。

 色は私が一番好きな水色にして、一ミリの誤差もなくぴったり貼って、字を書くときも一文字一文字丁寧に書いたし、ラミネートフィルムを切るときもこれ以上ないってくらい緊張して丁寧に切った。大丈夫。これなら、きっと喜んでもらえるって、そう思ってた。

 クリスマス当日、私はランドセルいっぱいに緊張と期待を詰めて登校した。

「おはよー! プレゼント交換しよ!」

 クラスのほとんどの子がプレゼントを持ってきていて、教室はすぐにプレゼント交換の会場になった。

「ありがとう、芽衣」

「かわいいー!」

「これ、作るの大変だったでしょ?」

「そんなことないよ。でも、気に入ってもらえてよかった」

「朝読書のときに使うね!」

「私も!」

 私があげた栞に、女の子たちはみんな喜んでくれた。もしお世辞だったとしても嬉しい。ちなみに、野乃花はクラスの女の子たちにかわいい髪飾りを配ってた。私も一つもらったけど、すごくかわいい。今も時々使ってる。

「なんで栞にしたの? 私は嬉しいけど」

「朝読書があるから。みんな毎日本を読まなくちゃいけないでしょ。それで、栞なら使ってもらえるかなって思ったの」

「なるほど。芽衣にしては考えられてるかも」

「私にしては、って何?」

 野乃花の言葉に頬を膨らませたけど、心の中ではすっごくうれしかった。やっぱりちょっと不安だったから。

 栞を作るって思いついたらもう、最高のアイデアとしか思えなくなって、すぐに作った。私の想像の中では大切にしてもらえてて、それを見るたびに幸せになるっていう設定だった。あんまり考えずに思いついたままの勢いで作ったから、今日になって不安になった。だって、一真が読書好きかなんて知らないし、みんなが喜んでくれるとも限らないってことに気づいちゃったから。でも、野乃花が認めてくれたんだし大丈夫だよね! 

 そう思ってわくわくしてたんだけど、現実はもうちょっと残酷だ。

「ねえ、プレゼント交換しよ」

「お、俺らにもくれんの?」

 女子同士の交換会が終わって男子の方へ行くと、何人かがぱっと顔を輝かせた。

「うん。あげるよー」

 野乃花はにこにこ笑って私の背中を押した。自分もお菓子を配りながら私を急かす。私はたくさん作った栞を周りの男子にばらまきながら、うるさい心臓を押さえて一番きれいな栞を取り出した。それから、極力いつも通りを装って一真に渡した。

「サンキュー。あ、じゃあこれお返し」

「いいの? ありがとう!」

 一真がお礼を言って受け取ってくれたから、それだけで嬉しくてドキドキして満足しちゃった。しかもお返しまでくれた! 大成功! って、興奮したまま帰った。野乃花には苦笑されたけど、そんなのこれっぽっちも気にならなかった。

 でも。いざ使ってくれるところを見ようとして気づいた。一真は毎日朝読書の度に同じ本を開いてて、それ絶対読んでないでしょって感じ。栞なんか、一度も使ってるところを見たことがない。

 ショックだった。悲しかった。心のどこかで、たとえ読書が嫌いでも朝読書でくらい使ってくれるだろうっていう過信があった。これはもちろん、なんの下調べもしないでプレゼントを作った私が悪い。それでも、ショックはショックだ。

 プレゼントなら大切にしてくれるって、思い込んでいた。実際私は、その時にお返しでもらった、別に好きでもなんでもない漫画のキャラクターグッズを、高校生になった今でも大切に持っている。それと同じくらい、大切にしてほしかった。

 いつもこんな調子だから野乃花にも上がったり下がったり単純、って笑われるんだよね。頭ではわかっているんだけど。恋って理屈じゃないんです。

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