古今恋愛リンク

駒月紗璃

第1話

「芽衣って、笠女郎みたい」

 親友の野乃花から唐突にそんなことを言われたのは、高校一年生の一月。ちょうどそろそろ最後のテスト、という頃だった。

「え? 誰?」

「笠女郎っていうのはね、『万葉集』に出てくる歌人で、一途な恋の歌を詠んでるんだよ!」

「へえ……」

 野乃花は古典が好きで、私たちが知らないようなことをたくさん知っている。ふだんは大して興味がわかないんだけど、今回はちょっと面白そうだ。

 それは、野乃花が私とカサノイラツメって人を重ねた理由が一途な恋、だから。それなら確かに私に似てるかも。

 なんとなく野乃花の言葉が忘れられなくて、家に帰ってからネットで調べてみた。

「万葉集は日本最古の歌集で、四千五百余首の和歌が収められている。ほぼ七世紀前半から八世紀中頃までの歌を集めている」

 へえ。七世紀とか八世紀って、すっごい昔だよね。千四百年くらい前だから、奈良時代、とかかな?

 こういうことって、興味を持って調べると案外記憶に残る。授業で教わったことはすぐに忘れちゃうんだけどね。それで、もう少し調べてみるとちょっとおもしろいことを知った。

『万葉集』に名前が残っている人は五百人くらいいるんだけど、万葉歌の半数以上は誰が詠んだかわからない歌なんだって。四千五百の半分だから、二千二百五十。一人一つだとすると、それだけたくさんの、名前もわからない人たちが詠んだってことになる。名前が残ってないってことは、普通の人だった、ってことなのかな。私たちみたいな普通の人の歌も残ってるってことに感動した。

 調べてる途中で有名らしい歌人の名前がたくさん出てきたけど、私はどれも知らなかった。ただ、こういうことを知ると名前が残ってるってすごいことなんだなって思う。たしかに、千年後の誰かが私のことを知ってるわけがないもんね。そう思うと、今まで習った偉人たちがほんとにすごく思えてくるから不思議だ。

 とにかく、そんな無名の人の歌まで集めて全部で四千五百首にするなんてすごい。きっと大変だったんだろうな。

「えーと、カサノイラツメ、だっけ」

 ひとしきり感動してから、野乃花が言ってた名前を検索してみた。今のところ、まだその名前は見ていないし、有名人ってわけじゃないのかな。実際、出てきたのはすごく簡潔な説明だった。

「笠女郎は大伴家持との恋の歌で有名。二十九首の短歌があり、いずれも家持に贈ったもの」

 野乃花は一途な恋って言ったし、笠女郎の歌は二十九首が全部、家持って人に贈ったラブレターってことだ。二十九回も贈るって、相当好きだったんだろうな。じゃなきゃできない。だから、ついでに笠女郎が夢中だった大伴家持っていう人について調べてみた。

「大伴家持は万葉末期を代表する歌人。『万葉集』の大部分の編纂は家持の手に委ねられた」

 調べると、笠女郎とは違ってすごくたくさんの説明が出てきた。何とか理解できたのはこれくらい。難しいけど、つまりこっちは有名人ってことだと思う。この人が、あんなにたくさんの歌を集めたのか……。

「千四百年前のラブレターって、どんな歌なんだろうな……」

 調べたらもっと興味が出てきたから、とりあえず噂の笠女郎の歌を、万葉集に載ってる順番で見てみることにした。人の恋バナは聞いてて楽しい。たとえそれが、顔もわからないような昔の人でもね。


 託馬野(つくまの)に 生ふる紫草 衣(きぬ)に染(し)め 

 いまだ着ずして 色に出でにけり

 ……託馬野に生えるという紫草で衣を染めるように、まだその衣を着ないうちから、早くも人目についてしまいました。

 *家持への思いがまだ遂げられないのに、人に知られてしまったことを譬えた歌。

 

 おお……。ちょっと感動して、私はラインを起動した。これはすぐにでも野乃花に報告しないと。

「ねえ、今日言ってた笠女郎って、大伴家持って人に二十九回もラブレター贈ったって人のこと?」

「そうだよ」

 野乃花からはすぐに返信が来た。びっくりした顔のリスのスタンプと一緒に次のメッセージが届く。

「調べたの?」

「うん。気になったから」

 スマホを放ってベッドに寝ころぶ。そっか。一途な恋か。野乃花が言ってた通り、私とおんなじじゃん。

 私には、好きな人がいる。小学五年生のときから五年間、一途に思い続けている人。最後に同じクラスになったのは六年生のときだけど、小中高と一緒で比較的仲もいい。

 好きになったのにこれといったきっかけはない。ただ、気づいたら好きだった。ううん、違うな。好きな人いる? って聞かれたときになんとなく思い浮かんだから、そのときから意識してる。私本人はこんな感じで自覚するまでに時間がかかったのに、バレるのは早かった。すっごくすっごく早かった。

 好きな人いる? って私に聞いたのは当時のクラスメートで、その場には同じクラスだった野乃花もいた。

「え、いないよ」

 自分では普通に返事をしたつもりだった。意識したのはそのときが初めてだったわけだし、誰にも気づかれてないと思ってた。実際、その場では誰も追及してこなかった。

「ねえ、芽衣って、一真のこと好きでしょ」

 だから、帰り道二人きりになってから私の顔をのぞき込むようにして尋ねた野乃花に私は仰天した。

「え、違うけど。なんで?」

「見てればわかるよ」

 とぼけた私に、野乃花はにっこり笑ってみせた。ああ。秘密も何もあったもんじゃない私の初恋……。

 そうか。笠女郎も、好きな人、すぐにバレちゃったのか。野乃花は「一途な恋」ってことで私と笠女郎を結び付けたみたいだけど、どうやら私たちにはもう少し共通点がありそうだ。

 古文なんてよくわかんないし将来役に立ちそうもないからなんで勉強するのかわからなくて、中でも和歌なんて回りくどくて大嫌いだったはずなのに、私はあっさりと笠女郎に夢中になった。これぞ恋の力、なんちゃって。

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