伊織子ちゃんでーすっ♪

「めっちゃ不安だ……」


 晴崇は自分の座席で不安になっていた。

 理由は伊織。

 ノーブラ絆創膏二枚貼りの奴にブラジャーを着けさせて、何とか登校出来た二人。早めに出ていなかったら遅刻だった。

 久々に学校にやって来た伊織は、先生たちに挨拶と自分現状を説明しに職員室に向かった。

 事前に学校には伊織の両親が説明していても、TS化した本人を生徒に会わせる前に確認しないと、先生でも動揺するから。

『一人でちゃんと説明出来るって、でー丈夫でー丈夫』

 ただし軽過ぎる言葉を残して行った伊織が不穏過ぎた。


「大丈夫大丈夫大丈夫」

「おーいお前が大丈夫か?」

「伊織が来なくなってしんなりしてたのが、更にしなびちゃって」

「あんなに仲良かったもんね。校内ベストカップル32位」


 クラスメイトが何か言っているが晴崇の頭に入って……32位?


「オラー、朝のHRを始めるぞー席に着けー」


 女子の気になる言葉に意識が浮上したタイミングで担任が教室に入って来た。

 向坂先生29歳独身。他の先生から昔は明るくて可愛かったのよ。アラサーに突入してからやさぐれちゃって……と言われてるクラスの担任だ。


「タマちゃん相変わらずのダウナーだね」

「せめてジャージ姿は止めたほうが男ウケいいと思うよ」

「うるさいー」


 生徒とは男性関連を心配されるぐらいには距離が近い。あだ名はタマちゃんだが、なぜタマちゃんなのかは先輩たちに聞いても更に上から教えてもらったからとしか情報はなかった。つまり謎だ。


「あーあー、今日はいい知らせがあったのに、お前らが騒ぐからこのまま一限目に突入すっかなー」


 距離が近すぎて、仲間感覚で不貞腐れるタマちゃん。そしてピタリと大人しくなるクラスメイトたち、高校生の授業が早まって増えるのは生死に関わるのである。


「よし、静かになったな。聞いて驚くなよ。今日はある意味新しい生徒がこのクラスに来ることになった」

「「「転校生ーっ!?」」」


 タマちゃんはニヤリと笑って情報公開した。ある意味の部分だけ小声で言って生徒が誤認して転校生と間違えるように。


「男女どっち!?」

「女の子」

「「「いやったあぁぁあっ!」」」

「「「ああぁぁ……」」」


 勢いよく手を上げた女子の質問にタマちゃんが答えると、教室の半分が喜び半分が意気消沈した。つまり男女。


「美少女ですかっ!?」

「そうだな外見はかなりの美少女だな」

「「「う、ウオォォオオオッ!」」」


 男子生徒のテンションは最高潮に達する。反対に女子生徒の男子を見る目が台所にいるGを見る目になっていた。

 こういう時に好感度が下がっているのを男子生徒は気づいていない。だって男子は基本アホだもの。


「入って来ていいぞ」


 タマちゃんが廊下続く扉を開けて呼んだ。


「はい」


 入って来るのが誰なのか晴崇とタマちゃんの二人だけが知っていた。


「「「ぅぉぉぉ……」」」


 だがあれは誰だろうか。

 登校時、振り回して跳ねまくっていた長い髪は綺麗に整えられ、切れ長の目を伏せて小さな唇をキッと結び上品に歩く姿は高嶺の花お嬢様に見える。

 男子は素晴らしく美しいものを見たように小さく感嘆の唸り声を上げ、女子はゴクリと息を呑んだ。


「んんっ、じゃあこっちに来て自己紹介をしてくれるか」


 タマちゃんが声を掛けると、しずしずと黒板前に向かっていく。

 制服が真新しくて少し着慣れておらず、スカートはひざ下お嬢様丈。

 女子の短いスカートも好きだけど、清楚の基本丈は男子の遺伝子に刻まれたドキドキふくらはぎチラ見えライン。

 青に緑、紫の濃淡の深い美しい長い髪をさらさらが流れて、その合間からキリッとした目つきのハァと嘆声の上がる美しい顔が見えた。

 カッカッカッと黒板にチョークに書いてく後ろ姿に男子も女子も息をするのを忘れていた。

 書き終わるとクルリと軽やかに清楚らしくないターンを決めて生徒側に振り向いた。

 そして長い黒髪が振り返りの勢いでその身体の周囲を回っている間に、両人差し指を両頬に付けてニカッと彼女は笑った。


鼎伊織かなえいおり、TS化して伊織子ちゃんとなってアイルビーバックだぜっ!」

「「「……は?」」」


 数秒間、教室の時が停止し。生徒たちの口から出たのは疑問形の一文字だった。

 お尻をクイッと突き出しドッキリ大成功と喜ぶ自称伊織子ちゃん。


「アイルビーバックは未来形でまだ戻って来てねえよ馬鹿伊織」


 親友の馬鹿な行動と阿呆な頭に、伊織のおばさんに世話監視を頼まれていた晴崇は呆れと頭痛で手で額を覆った。

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