第50話 魔封魔法


「ぐええぇっ!??」

 ドッカーンっと鳴るほどに勢いよく開いた扉の向こうからベルさん飛ぶように駆けてきて抱きつかれたボクはその勢いに完敗し弾き飛ばされる。

 

「あぁっ!ご、ごめーん!!」

「姫様ヤバいっすよ!色々ヤバいっすよ!!ハートはさっきまで魔封魔法のせいで満身創痍だったんですから、そんな勢いよく抱きついたら死んじゃいますよ。あと姫様は嫁入り前なんすから男にそんな抱きつくとか……」


 グレッグがガラにもなくクドクドとベルさんに説教をしている。数日前、出会ったばかりの時はもっとベルさんに敬意というか距離があった気がしたのに、この数日でずいぶん関係が変わったというか打ち解けた様子だ。ボクはなんとか立ち上がりながらそんな二人を微笑ましく見ていた。


「グレッグはアスモに変身して勇者たちの仲間を演じ、陰ながら崩剣をサポートするという危険な役を自ら提案して来たんだ。どうだった?彼に助けられたか?」

 ロイ王子とその付き人のピジョンが遅れて入室して来た。

「はい。そうですね、グレッグには危ないところを助けてもらえました。彼がアスモに化けていなければ今、ボクは生きていなかったかもしれません。あとピジョンのおかげなんですかね?一般人の方にも協力いただけることが多々ありました」

 ご機嫌伺いをたてるワケじゃないがピジョンの表情を確認しようとしたがピクリともせず「それは良かった」とだけ言われた。

 うーん、仕事人だ。


「生きていられなかったかも……?色々とあったのだな。グレッグ、もう良いだろ。時間は有限だ、本題に入るぞ。崩剣その話はあとで詳しく聞かせてくれ」

 ロイ様が手を叩いて注目を集める。


「まずはコチラの成果だが、図書館内にあった『大賢者の私室』への侵入は滞りなく果たせた――」

「――じゃあ魔封魔法の対処法は!?」

 ロイ様の報告にグレッグが食いついた、がそれに対してベルさんは「残念ながら、それらしい書物があまりにも多すぎて収穫は無いに等しいの……」と首を振る。「そ、そんなぁ」とグレッグは情けない声で肩を落とす。

 

「唯一わかった事といえばフザケた計画を我が叔父アーデハルトは計画しているということくらいだったが……それは今、関係ないな。それで、そっちはどんな感じだったんだ?」

 ロイ様はそう言ってコチラへ話を振って来た。

 アーデハルトの計画とやら気になるがそれについて今、聞いても色いい返答はなさそうだ。

 グレッグはボクに「お前が話したほうがいいだろ。オレは途中からしかわからんからな」と話の主導権を渡して来た。


 ボクは王都に来てから自らに起きたことを幾らか端折りながら必要そうな分だけ伝えた。

「自ら『人類の崩剣』と呼んだ者を処刑だと?ふざけているにも程がある!」

 ロイ様は憤慨し今にもアーデハルトを殴りに行きそうだ。


「魔法を使えなくするだけじゃなくて身体が麻痺する効果……魔法っていうのは普通、一次効果しかないはずなんだけど……二つの魔法をかけられた感覚はないの?」

 ベルさんは何かがつっかえた様な後味の悪そうな顔を浮かべて悩んでいる。


「上手く言えないんですけど……完全に同時だったと思います。魔法が使えなくなったのも身体がコントロール効かなくなったのも」

 この場に魔封魔法をかけられたのはボクだけだからボクの証言を頼りに対処法を考えるが誰も答えを出せずに項垂れる。


「なんかこう!逆転の発想が出てこいっ!!」

 グレッグがいきなりガニ股で両手を前に出す不思議なポーズをとったので全身注目してみたが当然ながら何も出てこない。

「……逆……?」全員と言ったがベルさんだけは違ったらしい。グレッグの奇行に慣れているのか一人だけ未だ思考の海に彷徨っている様子だ。


 ……まつ毛長いなぁ。ボクは半ば諦めてそんなことを考えながらベルさんを見ていると彼女の眼に光が宿ったかの様な瞬間を見た。


「魔法じゃ……無い?」

 ベルさんの唐突な言葉に全員が一度ソレだ!と賛同しかけたが言葉の真意に辿り着けず首を傾げる。

 つまり……どう言うことだってばよ?


「魔封魔法が『呪い』だとしたら副次効果がある説明がつくのよ!本来魔法は一つにつき一つの影響しかないはずなのに魔封魔法にはそのルールが適応されない、なら逆転の発想で……魔封魔法は魔法じゃないってなるの!」

「……エルフの姫様よ。それはつまりどういう類の話になるんです?我々は貴女たちエルフと違って魔法に浅学なので理解に及んでいないのですが……」

 先ほどからずっと黙っていたピジョンがその重い口をようく開けた。


「えっと……魔法と違って呪いって歴史が浅い分野なの。だから私たち長命種エルフの時間をかけて研究し尽くした。みたいな利点がなくて穴だらけだったりするの。」

「……穴だらけとは?」

 静かに耳を傾けていたロイ様がここで食い気味に相槌を打つ。

「んーと。例えば……同じことをしても効果時間や範囲がバラバラになったり……みたいな?」

 ベルさんも上手く説明できなくて、もどかしそうな様子だ。

「それがわかったところで感があるな……」

「そうですね……すみません」

 残念がるロイ様にベルさんは頭を下げるが「いやいや謝るな。そうやって一つづつ考えていこう」とロイ様は励ましている。その姿を見て、十歳前後の子どもの立ち居振る舞いではないな。と感心してしまう。

「ロイ様ってホントに子どもなのかな?」

 とグレッグに声をかけるがグレッグは上の空で何か呟いていて聴こえていないのか無視される。

「呪い……?呪い……なんか……いやでも……」とかぶつぶつ呟いていて少し怖い。

「ちょいちょい、グレッグ大丈夫……?」

 ボクは心配になる。

 

「……呪い……呪いならハートは祓えるんじゃなかったでしたっけ?祓呪魔法とかって……?」

「え?あぁ『祓呪魔法プリフィケーション』だっけ?でもボクは魔封状態だから――うおっ?!!」


 前にベルさんの父親、エルフの王様にあった時に見た、光の球が現れ、またもボクの意思と関係なく勝手に拡散していく。


「綺麗……」ベルさんは小さく呟いた。

 神秘的な光景に隠れ家にいたみんなが感動すら覚えてそれを見ている。


 ただ一人ボクを除いて。

「うぎあぁぁぁっあっぁぁ!!」

 体内で何かが暴れ回り口からそれらが無理矢理追い出されていく。

 言葉にならない声を上げていたボクのことなど見えていない仲間たちに不信感を覚えそうになる。

「膿は全部でたか?」

「膿じゃなくて呪いね」

 半笑いのグレッグにボクは口を拭いながら答えた。

「すげー声だったな。化け物みたいな」

 よし、コレは完全にバカにしてるな。


「崩剣、体調に問題ないのならすぐに救いに行くぞ」

 ロイ様とピジョンはコチラの不毛なやり取りを気にも止めず、そう言ってさっさと隠れ家を出て行ってしまった。

「救うって誰を……?」

「おいおい、誰って決まってんだろ?」

「フニちゃんよ。無理を言って来てもらったんだから無事に帰るまで私たちがサポートしないと」


 ……フニちゃん?

 ……魔王のこと、かな?


「最後に見た魔王様はオレらを逃すためにココとは反対の方向へ逃げてくれていました」

「フニちゃんも魔封魔法をかけられたのなら真威状態から解除できなくて隠れることは出来ていないはずだからコチラかもすぐ見つけられると――」

「――なにをグズグズしておる!さっさと行くぞ!」

 ロイ様が出足の遅いボクたちに一喝を入れた。


「「はい!」」

 ボクとグレッグは同時に返事をして駆け出す。

「ハート!アナタは飛んで探して!」

 後ろから聞こえたベルさんの指示に従ってボクはすぐに浮遊魔法を唱える。

「今、解呪したばかりのハートに無茶させるのはどうかと……」なんてグレッグがベルさんに言ってるのが聞こえた。

 ボクの体調を気遣ってくれるグレッグには申し訳ないがボクは今、過去最高に絶好調と言っても過言はない。

 それが怒りという感情を原動力にしているという自覚こそしていないが。

 

 

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