第49話 混乱の処刑場


「なぁ、今なんか変な話が聞こえなかったか?」「ん?あの魔族、今なんて言ってた?」「魔王を倒したのって勇者様なんじゃないの?」「国王陛下はそう言ってたよな」「おいおいお前らまさか魔族の言うこと信じるのかよ」「魔族がどうとかじゃなくて国王様が今……」「おいやめろ!そういうことは言うな!」


 先程まで魔王フニゴルスの突然の登場によりパニックになっていた群衆は足を止めてフニゴルスの言った『魔王を討ったのは崩剣』という言葉や王の咄嗟の行動の真意を探ろと冷静になっている。

 

「陛下、コレはマズイですよ!」

 文官らしき男が国王アーデハルトの元へと急ぎ駆け寄る。

「マ、マズイことあるか!所詮、魔族の戯言だ!騙されるやつは洗脳されとるとか適当なこと言って投獄すれば良かろう!下民どもの一喜一憂にいちいち狼狽えるな!!」アーデハルトは櫓の下にいる一般人たちには聴こえない程度の声で文官にそう言ったのが櫓の上にいるボクには聞こえた。

 それは櫓よりも高いところに飛んでいる魔王フニゴルスも同じだったようでニヤッといやらしい笑みを浮かべた。


「投獄?はぁ?都合の悪い事実を知られたから牢に入れるのか!ここにいる一般人全員を?キサマは魔王たる我より純然たる悪じゃのう!まいったわぃ!」

 処刑場全域に響き渡るほどのわざとらしい大声を上げてアーデハルトの失言を吹聴する魔王。

「魔王たる我は、ただ純粋にキサマら人間との不毛な争いを止めて、仲良くとは行かずとも不可侵の条約を結びに来ただけなのに……。ずいぶんとキサマらは悪どい頭を据えているようじゃのう?人間どもの頭はもう少しマトモだと良かったんじゃが」

 どうだ!と言わんばかりにふんぞり返る魔王にアーデハルトは降りてこい!と怒鳴りつけている。


「……投獄?」「うそだろ?」「魔族の言うことなんて……」「もう、そういう話じゃねぇだろ!」「嘘ですよね国王様……」「イカれてる……」「なんで俺たちが捕まらなきゃならねーんだ!」「魔王を倒したのは勇者だってのがウソって知っちゃっただけで牢屋行き?おかしいだろ!」「そうだそんなのおかしい!」

 

 魔王の言葉で焚べられた不安の火が群衆の中で大きくなり始めた。いや……何人かワザとらしく焚き付けているのかもしれないな。

 ピジョンが王都で暗躍していた仲間とかかな?

 国王アーデハルトや王国そのものへの不満が今まさに勢いを増していく。


「我としてはどーーっでも良いんじゃが……キサマら庶民はどうなんじゃ?あんなゴミカスが国王で良いのか?国を背負う者があんなカスで幸せだって言えるのかのぅ?」

 

 魔王が一般市民を煽ったその時だった。

 

「『魔封魔法サイレンス』」


 やられた!!

 魔王が姿を現してから勇者たちが異様に静かなのは気になっていたが……どうやら魔封魔法のための詠唱準備とやらをするレヴィのことを魔王に気づかせないため息を殺していたようだ。

 完璧なタイミングで魔封魔法が発動させてしまった。


「あっ……?!」

 魔封魔法の直撃を避けられなかった魔王は羽があるにも関わらず地に落ちる。

 恐らく身体のコントロールを失ったのだろう。

 その姿を見て、先ほどまでほぼ最高潮の勢いを持っていたはずの民衆は冷静さを取り戻してしまった。

 

「バカがっ……!」

 吐き捨てるように言った魔王のその言葉がボクの耳には届いた。


「ハッハー!!なにが新しい魔王だ!オレ様たち勇者パーティをナメんじゃねぇクソガキがぁ!」

「これで証明されましたね。『崩剣』も『魔王』も私の生み出した最強の魔法に敵わない。つまり私こそが最強の魔法使いということがっ!!」


 ――魔王の吐き捨てた言葉は負け惜しみに聞こえなかった。


「な、なんだコレは?!!」

 櫓の上で固定されたボクには何が起きているか見えないが下を覗き込んでいた文官が腰を抜かしているのは見えた。パニックになった声も聞こえる。

 なんとなく、想像はつく――。


真威解放リバレート』魔王軍四天王の側近だったハウラスの使った……魔法?じゃないんだっけ?おそらく、アレだろうな。


「ば、化け物……」

 腰を抜かした文官はそう言い残すと気絶したのか動かなくなった。


 魔王は今、立ち上がったのか櫓よりも高い位置に現れたその姿は伝説上の存在。ドラゴンと呼ばれるそれに近い姿だった。

 ハウラスのそれとは大きさも力強さも段違いに見える。


「我から魔法を奪ったところでキサマらが勝てるわけないじゃろうに」

 ……ドラゴンは魔王と同じ口調で確かにそう言った。

 ハウラスの真威状態は人格的なものを全て失った魔獣のような暴走状態だったのに魔王は違うらしい。


「ふ、ふざけるな!なんだその姿は!?」

 レヴィの慌てるような声が聞こえた。

「ヤルしかねぇだろ!行け兵士ども!!」

 勇者ルーシーがドラゴンを目の前にして自ら先陣を切るのではなく周りに行かせようとしている声も聞こえる。


「ほ、ほしい!コレ欲しい!飼いたい!!」

 バカ丸出しのアーデハルトはドラゴンに成った魔王を欲している様子だが周りの兵士たちが必死に止めている。


 ……?

 櫓から引き下ろされたアーデハルトと入れ替わるように勇者パーティの魔法使いアスモがここまで登って来ていた。

「しーっ!」

 指を口に当て静かにするようコチラへ指示を飛ばすがボクは喋ることはおろか口を動かすことも容易ではない状況なのだ。


 アスモはボクを固定していた器具に手を当てると「……上手くいってくれよ。『解錠魔法アンロック』」と唱えた。

「……な……ぜ……?」

 必死に絞り出したボクの言葉にアスモは不思議そうな顔をする。

「お前、まだ気づいてねぇのかよ。オレだよ、グレッグだよ」


 ……んん??


「お前が勇者とやり合ってる間に隠れてたアスモ=デスルトをとっ捕まえて拘束して隠してたんだよ。んで、その後姫様たち本隊と合流してパーシィの変身魔法でアスモに化けてついて来たってわけ!」

 自慢げに語るその姿は確かにグレッグの面影がチラついた。


「さっさと逃げるぞ!いくら魔王様の真威状態とはいえ勇者ルーシーと賢者レヴィを含む王国軍本隊相手じゃキツいはずだ!あんまり時間ねぇからな!」

 

 そういってアスモにしか見えないグレッグは未だ身体に力を入れることのできないボクを軽々背負ってから手首に話しかける。

「こちらグレッグ。崩剣を回収しました。すぐに撤退します!」

 通信魔法の相手はベルさんかロイ王子だろう。


「ぐえー!?なんじゃキサマら本当に強いんか?!」

 魔王の焦るような声が聞こえた。細かな戦況は確認できないがどうやら押されているらしい。

 

「『千剣使い』をナメんなこら!この屠竜剣のサビにしてやらぁ!」

「崩剣すら恐れた『大賢者』の本当の力を見せてやりますよ!!フハハ!ってアスモはどこに行きました?!」

「あぁん?!あのクソ、またどっか消えやがったか?!チッ!今晩また激しく教育してやんねぇとなぁ!!」

「……そういうのキモいので言わないでくださいと常日頃から言ってるでしょうが!」

「図書館で倒れた白髪頭見て果てたテメーよりはキモくねぇよカス!」

「アレはそういうのじゃなくて飲み物を溢しただけだと説明したでしょう!!!」


「なんじゃコイツらふざけた会話しながらなのにシッカリと強いではないか!?……ん?…………よし!わかった!もういい!我は逃げる!!」


「あ?!何言ってんだこのオオトカゲ!逃すかよ!」

「って早すぎるでしょ!なんなんですか、あの逃げ足!」


 処刑場を離れるよう、ドラゴンの姿になった魔王と逆方向へと移動するグレッグの背中に担がれたボクの耳にそんな声が聴こえてきた。

「……どうやら逃げ切れたみたいだな。あの姿じゃどこに逃げてもすぐバレそうだけど……」

「ぅ、ん……」

「無理に喋んないほうが良いぜ。姫様たちが今、図書館にある賢者レヴィの私室に侵入して魔封魔法の詳細について調べてくれてるはずだ。その中できっと弱点や解除方法が……」


「『崩剣』が消えたぞーーー!!!!!!」

「やべっ!走るけど舌噛むなよ!」

 処刑場のほうから聞こえた大声を皮切りにグレッグはボクを背負ったまま走り出した。


 ボクたちはその後、捕まることなく王都の中でも比較的静かな、外壁の近くの隠れ家まで逃げることができた。

 途中、何度もボクらを追った王国兵たちの声が近づいて来ていたがそのたびに一般市民が手助けしてくれた。

「あっちに行きましたよ」とウソを教えたり「ここで少し隠れてください」と軒先の荷物の下に匿ってくれたり、ピジョンが長年行っていたとちう草の根活動のおかげで王都の外周寄りにあたる地域はボクらを支援してくれている。

「ふぅ。なんとか逃げ切れたな!」

「ありがとうグレッグ……。ピジョンと街の人たちと……君のおかげで助かったよ……」

 ボクはずっと死と隣り合わせの環境からようやっと抜け出せた安堵を噛み締める。

「あぁ……生きてる……」

「あぁ生きてるぜ。図書館で魔封魔法喰らって倒れ込んだハートを見た時はビビりすぎて心臓止まるかと思ったわ」

「ボクもだよ。魔法使えなくなるだけじゃなくて、まさかあんな副次効果があるなんて本当に恐ろしい魔法だ……」


「……あれ?そういやもう身体の自由は戻ったのか?」

 あっ、そういえばさっきまで喋ることすら大変だったのに今ボクは普通しゃべれて――。


「ハート!!」

 突如、隠れ家の扉が開きベルさんがものすごい勢いでボクへと抱きついて来た。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る