第48話 邪智暴虐の王


「んで?はいつ来るんだ?連絡はしたのか?」

 

 イラついた様子で頭を掻きながら勇者ルーシーはボクの頭に片足を乗せて賢者レヴィに訊ねる。

 ボクはその足を払うことすらできず倒れ込んでいる。

 

「私はアナタじゃないんですよ?忘れるわけないじゃないですか、あり得ませんよ。すでに問題なく連絡済みです」

「股間弄るのやめてよ、気持ち悪い」

「これはさっき飲み物をコボしてしまって濡れているから乾かしてるだけですよ!!変な想像はやめなさいアスモ!!」


 三人の仲がいいのか悪いのかわからない話を長々と聞かされ辟易し始めた頃、大勢の足音と金属が擦れるような音が聞こえた。

「兵団の連中が来やがったな」

 勇者はボクの顔から足を退けて勇者は扉の方へ向かった。レヴィとアスモがそれに続く。

 ボクは一人、床に横たわったまま動くことも唸ることもできずにいる。


 勇者が先ほど蹴り破って壊れた扉の向こうから何やら話し声が聞こえてきた。

 距離があるので詳しくは聞き取れないがどうやら勇者が自分の手柄をアピールしているらしい。

 聴こえたところで意味がないのがわかったのでボクは自分のことに集中する。

 が、いくら必死になったところで魔法は出ない。不発が続くだけだ。魔封魔法の効果はまだ消えていない。

 

 ボクが必死に抵抗を続けていると兵士たちが部屋の中へ入ってきて左右に整列する。

 その間を完全装備の兵士たちや勇者たちとは違う豪奢な服装の太った男性が闊歩してきた。

 あれが国王アーデハルトだろう。

 不遜が服を着たような勇者ですら片膝をついて迎え入れている。


「なぜコイツだけ寝転がっておるんじゃ?」

 ボクの前で立ち止まったアーデハルトは汚物を見るような目つきでボクを見下ろし、そう吐き捨てた。


「立たんかグズが!」

「国王様の前でなんたる不敬!」

 綺麗に整列した兵士どもが持ち場を守ったまま罵声を浴びせてくる光景は異様としか言いようがない。

 しかしそんなふざけた光景に満足したのかアーデハルトは「よいよい。そんなに言ってやるな。アータント、説明しなさい。」


「はい!これは私の使った魔法『魔封魔法』による副次効果と思われます。」

「……思われます?」

 断定しなかったことにイラついたのかアーデハルトは不満そうにそう漏らした。

「いいえ、はい。閣下。この状況は私の魔法によるもので間違いありません。一般的な魔法使いならここまで強い副次効果は起きないのですがコイツはそれら一般の魔法使いとは……格が違うので……」

 これは言いたくない。とでも言いたそうな苦い表情を浮かべるレヴィ。

「『格が違う』であるか。この国随一の魔法使いであるレヴィ=アータントにここまで言わせるとはさすが我らが『人類の崩剣』よのぉ。全く殺すのが惜しいわ」

「――閣下!」

「――うるさい!わかっておるわ!現行の勇者は言葉のアヤもわからん馬鹿か。はぁ……嘆かわしいな」

 アーデハルトの言葉に反応した勇者は怒られバカにされたことで肩を震わせている。

 想像していた以上に傲慢で敵の多そうな国王だ。


「なにをしておる。さっさと運び出さんか。処刑場へ連れて行け!」

「「「はっ!」」」

 アーデハルトに言われるがまま動く兵士たちによってボクは簡単に担がれ図書館を後にした。

 処刑場……。

 どこか諦めの局地に達し冷静に努めていたボクも、流石にその光景を見ると自然と涙が出てきた。


「うわ?!こいつ漏らしやがった?!」

「クソっ!さっさと死ねよ」

 ボクを抱え運ぶ兵士たちがそう言って自分が恐怖から小便を漏らしたことに気がついた。

 情けないとすら思わない。

 ただただ死にたくない。

 もっと生きたい。

 そう思った。


 雨の中運ばれた広場には大きなやぐらが立っていた。ここが処刑場。ボクの最期の場所になるのか。櫓の上に連れて行かれ腕と脚を床に備え付けられた器具によって固定される。

 

 涙で滲んでよく見えないが多くの民衆がそこにはいるらしく、ザワザワと騒がしい気配だけを感じる。

 しかし誰も目立たないのか声は聞き取れない程度の話し声だ。

 あの国王のことだ。もし機嫌が悪く無駄話をしているの見つかったら一般市民とはいえどうなるか……。


「これより『反逆者』ハート=エンゼルファーの処刑を執り行う!」

 誰かがそんなことを大声で宣告したのが聞こえた。

 

「おほー!ホッホッホッ!魔王の前から情けなくも逃げ、あろうことかソレを咎めた我らが王国魔法兵団を皆殺しにした悪魔の最期の時ぞ!盛り上げんか!皆の衆!!」

 野太い声で気色の悪い笑い声をあげるアーデハルトに言われた兵士どもが「うおー!」とか言いながら手に持った武具を地面にガンガンと当てて大きな音を鳴らしている。


 長生きできるとは思ってなかった。

 炭鉱に生きる人間はいつ何時、事故があってもいいように心がけることを教わっていたからだ。

 でもこんな最期は考えたこともなかったな。

 肉体的には約二十年、記憶の中では約十四年。

 全然、生き足りないよ……。


「よいよい!いい盛り上がりじゃのう!よし!ワシ自ら処刑してやろうか!」

「はぁ?!!」

 誰にも期待されてない事を行おうとした愚王に罵声にも似た声が上がった。

「誰じゃ!今の声の主を連れてこい!崩剣より前に処刑してやる!!」

 アーデハルトは子どものように地団駄を踏んで怒っている。


「あぁやべ……すんません自分です」

 兵士たちに紛れていた勇者ルーシーがおずおずと手を挙げる。


「なんじゃ勇者ルーシー=アーサルドか……キサマじゃなかったら首を飛ばしてたんだが……魔王を討った功労者の勇者様じゃ処刑できんわなぁ?はっはっはっ」

「魔王討伐の報酬ってわけじゃないですけどソレの処刑、オレにやらせて貰えないですか?魔王との一戦を控えた大事な時に逃げてくれたり、今までも言ってないだけで山のような尻拭いをさせられてた……お返し?みたいな?」

 

 ウソだ。

 よくもそんな軽い言葉が次から次へと出てくる!

 勇者は、ルーシーは真顔で悪気もなく嘘をつく。

 その姿はもうイカれてるとしか思えない。

 魔王を倒したのは――――。


「ん??いつお前が魔王を倒したんじゃ?」

「あ?!勇者の末裔であるオレ様が倒さないで誰が倒すんだよ?!つーか誰だ今、言ったやつ!出てこい!フケー罪だろうが!」


「嘘つくな!前の魔王はソコに寝そべっとる白黒頭が一撃で屠ってたぞ!」

「あ?!!んなわけねぇだろ!つーか前の魔王ってなんだよ!オレがやったのは今の魔王だ!!」

 勇者ルーシーが誰かと口論になってる。

 口論の相手は見えないが……その言葉使いに聞き覚えがある。……もしかして。

 

「なんじゃなんじゃ!国王の前でなにを喚いておる!」アーデハルトが口論に気づいて苛立つ。

 ……勇者の口喧嘩相手はアーデハルトとよく似た口調だな。


「今の魔王??今の魔王は我じゃが?――おかしいのぅワシはピンピン生きておる。さてはキサマ勇者ではなく嘘つきじゃな?」


 魔王フニゴルスが群衆の中から羽を広げ飛び上がり姿を現した。

「「「「ま、魔族だ!!」」」」

 その姿を見た処刑場へ集められた一般の群衆はパニックになって右往左往する。


「魔……王……」なぜここに?

 ようやく振り絞るように声が出た。

 吹けば消えるほどの小さな声量だったが、魔王はソレに気付きコチラを見た気がした。


「なんで魔王がおるんじゃ!?キサマ!魔王は倒したんじゃないのか?!」アーデハルトはボクの頭を雑に掴みツバを飛ばしながら怒鳴りつけてくる。

 

「なーんじゃキサマ?我と似たような喋り方じゃのう?んん?キサマ豚魔族かなんかか?」

 空を飛んで櫓より高い位置にいる魔王がアーデハルトに気付きそんな風に声をかけた。

「ぶひぃー!!なんじゃとキサマ!不敬不敬!今すぐ降りてこい!!犯して犯して犯し尽くして孕ませてから殺してやる!!」

「それよりおかしいのぅ??ええ?魔王を討ったか確かめるべき相手は勇者じゃないのかのぅ?なのに今、キサマはソコの白黒頭に訊いていたようじゃが……それじゃあ『魔王を討ったのは崩剣』みたいじゃのぅ!!」


 一際大きな魔王の声が処刑場に響き渡った。

 パニックに陥っていたはずの群衆が自然と足を止めてその言葉を咀嚼するような時間が流れる。

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