第47話 図書館の変態


 女給に地図で示された場所へ歩いて向かう道中、人の気配は建物内からすれど通りに出ている人は殆どいなかった。明け方からの雨がまだ多少降っているとはいえ、ここまで人が少ないのは王都という土地柄からすると違和感がある。

 外出禁止令の類が出ているのだろう、ならば暴れた甲斐があったというものだ。

 これで被害を一般の人たちに波及させずにすみそうだなと安堵する。

 

 図書館と呼ばれた建物の前にたどり着くと見知った顔が出迎えてくれた。

「白髪頭ぁ!ずっと待ってたぞこのクソモグラがぁ!」

 モ、モグラ……?えーと、あぁボクが炭鉱町で産まれたからか?


「?勇者ルーシー様にしてはなんだか、ずいぶんと頭を捻ったあだ名だけど……もしかして誰かに教わったのかな?」

「オレ様がバカだって言いてぇのか下民の分際で煽ってんじゃねぇぞ?死ねカス!!」

 勇者は怒りに任せて手に持った剣をコチラに投げてきたのでボクはソレを避けるために『移動魔法テレポート』を使う。移動先は勇者の背後――。


「ナメんなボケぇ!」

 超反応、いや移動先を完全に読まれていたと言ったほうが正確か。

 背中を取られたはずの勇者は後ろを確認せずに裏拳を出す。ボクはソレを屈んで回避する。

 なんにせよ、これでボクらは正対する形になった。

 

 勇者の手には先ほど投げつけたはずの剣が何故か戻っている。原理はわからないがアレはそういう特性がある剣とみて動いたほうがよさそうだ。

 そもそも剣を投てき武器として使うとは前代未聞かもしれない。


『千剣使い』それが勇者ルーシーの二つ名らしいが……。

 グレッグから事前に聞いていたが現勇者はその祖父である二代前の勇者が遺した財産と権力をふんだんに使い世界中の特殊な力を持った剣を集めた。らしい。

 そして勇者の血がそれらの剣が持つ特性を余すことなく引き出すという話だ。

 庶民のボクからすれば羨ましいとしか言いようがない。

 

「オラァ!!」

 もう一度、剣を投げてくる勇者。今度は背後でなく側方に飛ぶボク。の位置を正確に捉えてまた、すぐに剣を投げてくる。

 なんだコレは?決定打に欠ける不思議な戦い方だ。消耗戦ということもなさそうだし、詳しく知らないがヤツらしくない。

 こちらの位置を即座に捕捉してくるのも気味が悪い。……まるで誰かに……見られてると考えた方が話が早いな。

 

「また恋人を隠して助けてもらってるのですか?勇者様ぁ?!」

 わざと煽るようにボクは大声でそう言って勇者を苛立たせようと試みる。

 

「あぁん?今更気づいたか?オレ様たちの操り人形だった頃の方が賢かったんじゃねぇか?!」

 邪悪さを隠すことなく満面の笑みで煽り返してくる勇者。

 隠れていることが確定した今、こうして勇者と無駄な戯れを続ける意味はなくなった。最優先で隠れている魔法使いアスモを探し出す必要があるな。

 勇者を視線に入れつつ移動魔法を駆使して隠れた仲間を探す。


「無視こいてんじゃねーぞ!ボケええ!!」

 未だにボクめがけて剣を投げ続ける勇者の死角にいったん入るべく図書館の内部に移動し探知魔法を使うため目を閉じたその時――。


「――『魔封魔法サイレンス』」

 

 最も聞きたくなかった。

 最も気をつけていた。

 最も警戒していた。

 そんな言葉が聞こえてきた。


「な……ぜ……?」

 魔封魔法の効果なのか痺れる身体に無理を言わせてようやく絞り出したそんなボクの言葉に『大賢者』レヴィ=アータントはほくそ笑む。


 「詠唱準備をして待っていたんですよ」


 魔法使い殺しとも呼ばれるレヴィのオリジナル魔法『魔封魔法』を喰らってしまったボクはなんの魔法を唱えても効果が発動しない。

 副次効果なのか身体には電撃が走ったような痛みと痺れが襲い続けている。

 ボクはまともに立つこともできず図書館の床に倒れこむ。


「あっがっ……」

 仰向けに倒れたボクの身体に片足を乗せたレヴィは恍惚の表情を浮かべ満足そうにしている。

 前に会った時はもっと冷静で冷酷そうな感じだったのに今はすごく人間味のある……嫌な人間の顔をしている。

「あぁっ!あの化け物が!『人類の崩剣』とまで呼ばれた!ハート=エンゼルファーが今!私の足元で!苦悶の表情を!浮かべている!なんという至福!全人類史上!最も魔法に長けた存在が!私の魔法でぇええぇぇ!…………ふぅ…………失礼……。果ててしまいましたか……」


 はあっ?!!!

 

 ウソだろ?!

 

 今、いったいなんて言ったんだコイツ?!!

 

 人の身体の上で……?!!

 はぁ?!!!


 ボクの身体の上から足を退けると少し移動し、股間のところを何やら気にしているレヴィが見えて一瞬、身体の痛みがすっ飛び吐き気すら催した……。

 イカれてるってレベルじゃねぇ……。


「ふぅ…………なんですかその目は……仕方ないでしょう。人類最高の魔法使いと呼ばれた、この私を超えるアナタをこうして亡き者にできる瞬間が来たのですから興奮もしましょう。果てることもありましょう。なにもおかしいことなどないのです。だからその眼をコチラに向けるな怪物が!!!!」

 股間をイジりながらブチ切れる性的倒錯者を前にボクはどんな表情をすればいいかわからず泣きそうになる。

 恐ろしい。ただひたすらにボクはコイツが恐ろしい。トリハダってやつが全身を纏うのを感じた。


「ルーシー聞こえますか?ええ、成功しましたよ。はい。作戦通り図書館の中です。え?アスモが見つからない?……はい。わかりました」

 手首を口元に当ててレヴィはそんなこと言った。

 アレは通信魔法を使う時にするポーズだ。外にいる勇者たちに連絡したのだろう。


「聞こえましたか?この状況は作戦通りなのですよ。アナタは記憶が無いようですが我々にはアナタと過ごした……我々がアナタを操り人形にするまでに過ごした四年間の経験があるのです。」

 まだ股間を触りながらレヴィは愉悦を堪能するような顔でボクを見下し、語りかけてくる。

 ボクはそんな性的倒錯者を前に何もできず、それをただ睨みつけることしかできない。


「アナタの考えはわかっていたのですよ。ずっと私の手のひらの上にいた、というわけです。今のアナタならルーシーとの無駄な小競り合いを避けると、そのために図書館の中へやってくると読めてました。だから私はじっくりと準備して待っていたのです。発動に時間のかかる魔封魔法の詠唱準備を済ませて、ね。……そもそも数日前に私のところへ移動魔法で来たのが失敗でしたねぇ。アレのせいで今のアナタの人格が、我々の作り出した操り人形パペット化した十八歳頃の最強で冷酷なアナタでないことが私にバレてしまいましたからねぇ!!」


 勝ちを確信したレヴィは饒舌に饒舌を重ね、長々と一人語りを続けた。よほど興奮しているのか、またも股間の槍が張り詰めているのが服越しに確認できてしまい……気持ちが悪くなる……。

 

「あの時、私に即敵意を向けず、オドオドしていたあの姿で私は確信しましたよ。戦い慣れていないとね。戦い慣れてないヤツはすぐ隠れたがる。隠れ場所が安全なのかの確認もせずに。ふふっ!完璧に戦場をコントロールしてたわけです!この私が!あの崩剣に勝ってぇ!!…………ふぅ、情けない幕切れですね。全く……最強としか言いようのなかったあの頃のアナタなら図書館周りの全てを焼き尽くしてルーシーたちを全員殺すくらい訳なかったのに……」

 

 急に冷静になった気持ちの悪い変態を睨むことしかできないボクの耳に扉を蹴破る音が聞こえた。

 

 そしてドカドカと足音を鳴らしながらやってきた勇者。

「オレ様を撒き餌に使うと聞いた時はムカついて殺してやろうかと思ったがこうも上手くいくと流石に気持ちがいいな!なぁアスモ?!」

「……そうね」

 わざとらしく肩を揺らして歩く勇者とその一つ後ろを歩く女性、あれが勇者の恋人で魔法使いのアスモか。

 

「さぁ!?どうやって殺そうか?」

 人の放った言葉でここまで冷たいと感じたのは初めてだった。それくらい温度のない言葉を平気で吐けるこの男はグレッグの言うとおり勇者なんかじゃない。勇者を名乗るに値しちゃいけないんだ。


「何言ってるんですか、ダメですよ。国王様が処刑場へ連れてこいと言ってたじゃないですか?アスモ、貴女からも言ってやってくださいよ」

「……?あぁうん。レヴィの言うとおりよ。」

「あぁん?!ウルセェ!知ってるわ!!それよりレヴィ!お前何さっきから股間を抑えてんだ?」

「……?何言ってるんですか?そんなことしていませんよ?」

「……いや今もしてるじゃない」

「だよなぁアスモ!オレの見間違いなわけねぇよなぁ?」

「?勘違いですよ。薄暗いから見間違えてるだけです。なぜ私が股間を……」

「モジモジしながらボソボソ喋んじゃねぇよ気色悪い!」

「……きもっ」

「誰が気色悪いんですか?!アナタみたいな脳筋にはわからないんですよ私たち魔法使いがヤツに感じていた劣等感は!ねぇアスモ!貴女なら」

「ウゼェ……」

「……一緒にしないでほしい」

「きいいいぃっ!!」


 三人は完全に勝ちを確信しているのか無駄話に花を咲かせている。

 勝ちを確信……まぁ実際そうなのだろう。

 ボクにはこの状況から抜け出す方策がないんだから。

 

 

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