第46話 王都の外壁


「コレが王都……」

 そびえ立つ大きな壁を見てボクは小さく呟いた。生まれて初めて見る王都の外壁は目の前に立つと圧倒されるほどの重圧感を放っていた。


「おっ?!おい!!あの白黒頭……まさか?!」

「本当に来やがった!総員迎撃準備っ!」

 

 王都の外壁を見回っている衛兵にボクの存在がバレて騒ぎになる。先程倒した……殺した兵長が通信魔法で伝えたと言っていたので警戒していたがすぐに気づかれてしまった。

 まぁ存在がバレても困らない、というかバレてボクに注目を集めるのが役目だったわけだが。


 ボクの変身魔法で普通の人間に化けたグレッグが王都内へ入る門を通行手形無しで入るためにボクは外壁周りでひと騒動起こし、その隙にグレッグが侵入する。そしてボクは浮遊魔法で外壁を越えるという作戦だ。これはベルさんたちから言われたとおりに行う。


 ボクはわざと目立つように飛び回り衛兵をなるべく集めるようにする。視界の端でグレッグが門に入ったのが見えた、その時。

「崩剣んん!!!まさかホントーに現れるとはなぁあ?!」

 ブロンドで筋肉質の大男が現れた。

 大きな剣を片手で軽々と持つその男はどうやらかつてのボクを知っているらしい。

「お前とは一度本気で殺し合ってみたかったんだよなぁぁぁあ!!」

 届くはずのない大剣を勢いよく振り下ろすとボクの左半身に激痛が走った。

「……ぐっ?!」

 切りつけられた!?……この距離で?!

 ワケのわからない攻撃を受けたボクはその場から距離を取り回復魔法で傷を癒す。

「オラオラオラ!!」

 剣の知識に疎いボクからするとデタラメに振っているだけにしか見えないがボクの周りを嫌な気配が横切る。

「なんだあれ?もしかして斬撃が飛んでいるのか?!」

 それが魔法なのか技術によるものなのか今のボクには理解、出来ないが起きている現象と敵はわかった。

 奴は遠距離攻撃ができる大剣使いということだ。


 ボクはロイ様から賜った『王都内で周りに被害が出ない戦い方』を実践してみることにした。

「早く降りてこい!!オレ様はさっさと帰ってウチの奴隷のメスエルフどもを慰めてヤんなきゃならねぇからなぁ」

 下卑た笑い方で大男は腰を振るような仕草をコチラに見せつけてくる。

 

「……」イラっとした。

 いや、そんな簡単な感情じゃないかもしれない。

 王族や貴族が奴隷を持っているのは知識として知っていたが……。いざ目の前にそういう人間を見て、ボクは心の内から湧き出るドス黒い感情に支配されかける。

 今はダメだ。戦闘中は感情に支配されず、感情を支配する必要がある。

 冷静に、粛々と為すべきを為す。


「『初級風魔法エアロ』」

「初級魔法だぁ?!ナメんな!クソガキ!!」

 

 初級風魔法。名前の通り空気を操る魔法だ。

 基本は自分の周りの空気を集めたり自ら風を生むものでシンプルかつ簡単な魔法。ちょっと魔法適性があれば誰でも使えるから初級魔法と呼ばれる。

 

 ボクの地元である炭鉱町ロックデールには三人の有名人がいた。一人は坑夫たちの組合長であったボクの父。二人目は炭鉱の持ち主である辺境伯。そして最後が……ものすっっっごく微妙に魔法適正があったエドガーさんだ。

 エドガーさん父さんの補佐として働いていた人でありながら常に危険の最前線である炭鉱の最奥部で働いていた。

 彼はそのすっっっごく微妙な魔法適正を初級風魔法に費やしていたおかげで炭鉱最奥部でも新鮮な空気が供給されていて、みんなから重宝されていて有名だった。

 炭鉱において酸素を作り出せるっていうのは凄いことなんだ。ガスを掘ってしまってもエドガーさんの風魔法で霧散させることで今までなら即死してたような状態でもみんな生きていた。エドガーさんは自らの生まれ持った資質をみんなのために使い、みんなから愛されていた。


「新鮮な空気ってのは人間が生きていく上で必須なんだってボクは地元で学んだよ。お前はどうだ?知っているか?」


 先ほどまでの勢いは消えて、地面に倒れ横たわりながらコチラを必死で睨みつけるブロンドの男に話しかける。

 苦しそうに喉を押さえながら片手で剣を握ろうと探すが目も見えなくなってきたのか掴み損なっているその姿は先ほどまでの傲慢で尊大な様とは大きく違って弱々しい。


「風魔法で君の周りの空気を奪った。って言っても聴こえないか?」

 ブロンド男の周りから空気を操りコチラの手に運び続けたことで男は酸欠になり倒れている。

 これがロイ様から賜った戦い方だ。

 魔法出力のコントロールに疎いボクでも対象以外を傷つけず完封できる良い作戦だったと思う。

 

「さて、これはもういいか」


 右手に集まった空気の塊を解放するとボクを取り囲もうと地上で集まっていた兵士たちがのけぞって尻餅をついたのが見えた。

「敵対するならそのブロンドと同じような死に方をするぞ。嫌ならすぐに転職しろ!今の王家に従うなら容赦しないがコチラへ下るなら歓迎する!」

 ボクの言葉に数人が武器を置いた。

 武器を持ったままの男が一人、門の方へ走って行ったがグレッグはすでに侵入を完了したのか姿が見えなかった。

「これは『崩剣を殺そうとした王と勇者パーティへの復讐』だ!関係ないものは狙わん!そう伝えろ!」門の方へ行った兵士の背中にそう言ってボクは外壁を飛び越える。


「……復讐か。ガラじゃないな」

 ボクは一人呟くと王都内へと降り立った。

『もっとも警戒すべきは〈魔封魔法〉レヴィ=アータントの存在だ』とロイ様が何度も言っていたしボクもそう思っている。

 王都内を不用心に飛び回っていたらどこから魔封魔法を撃たれるかわかったもんじゃない。もし不意に撃たれたら地上に落とされるし、その後の対応する魔法も出せない。詰みの状態になる。

 それを避けるためにまず隠れてレヴィの場所を把握する必要があった。


「その白黒の髪、崩剣さまですか?」

 歩き慣れない王都のどこへ向かうか決めあぐねているボクに女給のような服装の女性が声をかけてくる。

「……君は?」恐らく肉体的には同年代のその女性に警戒しつつボクは訊ねた。


「ジャーン様から聞いてます。着いてきてください」

 女給は有無を言わさず歩き始める。

 ジャーン様とはピジョンが王都内で名乗っている偽名の一つだったはずだ。つまりこの女給は信用できる……?

 ここにいても何も始まらないのでボクはその後を追うと薄汚れた路地裏の扉を入って行った。王都にもこんな場所があったのか。

「……入らないんですか?」扉を半開きにしてコチラを覗いてくる女給に誘われてボクは中へ入った。

 そこは使われていない酒屋か何かだった。


「初めまして崩剣さま。自己紹介は無用だと思うので本題に入ります」女給は壁にかけた燭台から手持ちのロウソクに火を移すとテキパキと地図のようなものを広げて説明を始めた。

「王のいる場所は城のどこかということしか今はわからないですけどソレはジャーン様たち別働隊の仕事と聞いてます。崩剣さまの相手は勇者たちですが先ずアータントの居場所が必要ですよね?アータントを討てば勇者たちも動くはずです。そうすれば居場所が明らかになるかと」


 早口で捲し立てられた言葉を飲み込みボクは半分テキトーに頷く。レヴィが目的なのは事実だから平気なはずだ。


「……ついてこれてます?」

 可愛らしい見た目とは裏腹になかなか鋭い視線が突き刺さり思わず泣きそうだ。


「まぁいいです。とにかくアータントを倒してください。ヤツは今この時間、図書館にいるはずです」

「ボクが生きてることも勇者と争ったことも知っているのに……?」

「……一応、姿は確認してきましたがもう一度しましょうか?」

 冷ややかな瞳にボクは萎縮して首を横に振る。

「……ではよろしくお願いします」

 淡々と告げられたその言葉に従いボクは建物を出るとレヴィのいるはずの図書館と呼ばれた場所へと向かった。

 

 

 

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