第45話 握手と悪手


「……えっと、どういう状況??」

王国魔法兵団の団長と停戦の握手をしているとグレッグが呆然とした表情で声をかけてきた。


「体調はもう平気なの?」

 ボクは振り返り先程まで浮遊魔法酔いをしていたグレッグの体調を気遣うがここまで歩いて来たのだろう、もう平気と見て良さそうだ。

「イヤイヤイヤ、それはもういいよ。それよりどういう状況か説明してくれよ!」

「説明って、見ての通りだよ。魔法兵団の人たちに降伏勧告をして、それを受け入れてもらって握手。そんだけのことだよ」

「……降伏?一般の兵団員は知らねぇが、その偉そうな装備のヤツはどうだろうな?」

 偉そうな装備、目の前で今さっきボクと握手した兵長のことか。

「兵長も受け入れてくたよ。だから握手して――」

 とグレッグの方から兵長のいた方へ振り返ると彼の姿は見えなくなっていた。

「……え?あれ?」

「上だ!」

 グレッグの叫び声に従って上空を見上げると兵長は似たような豪華な装備を見に纏った者によって抱きかかえられ空を飛んで逃げていた。

「マジか?!」

「ハート!ヤツを追え!王都に知られるとめんどくさい事になるぞ!」

 グレッグの言葉がいい終わる前にボクは空中へと飛び出して兵長の後を追う。幸い向こうはあくまで普通レベルの浮遊魔法使いだったらしく飛び続けることができずに地面に降りては跳んでを繰り返していたのですぐに追いつけた。

「まて!止まれ!」

「はぁ?!もう遅いんだよ!王都には通信魔法で連絡済みだ!お前らの奇襲作戦はコレで失敗確定だ!ざまぁみろ!!」

 一度は停戦を受け入れたとは思えない太々しさを兵長は見せてくる、よほど王都には優れた防衛人員がいるのだろう。


「『風刃ウィンドカッター』」

「『風刃ウィンドカッター』」


 くしくも同じ魔法を同時に放った。

 こうなると出力で勝るボクの勝ちは残念ながら揺るがない。兵長の放った風刃を霧散させてボクの風刃が兵長と兵長を抱えて逃げていた兵士を一刀両断する。

文字通りに。


「……カフッ?!」

「ぐっ……あっ?」

 二人とも瞬間的に何が起きたか理解できず息を大きく吐きながら言葉を紡ごうとして変な声を出す。その声が最期の言葉となり次第に静かになって息を引き取った。


「……」では初めて人間を害めてしまった瞬間である。

 風刃は彼らの背後の木々をいくつも薙ぎ切り倒して消えた。


 もしかしたら失った記憶の中でもしたことの無い悪行かもしれない。罪悪感や絶望感とかいったモノは存外わかないモノなのだな、と冷静に考えている自分が冷たい人間に思えてくる。

 ボクという人間はやはり自信を中心にしかモノを考えられない幼い存在なのだという情けない実感が湧いてくるだけである。


「どうなった……うっ?!」

 グレッグが遠くからこちらへ駆け寄りながら訊ねてくる。走ってる姿を見るに本人の言う通り体調はもう平気そうだが、目の前の惨状を見て血の気が引いてる。

「……捕えようとしたんだけど向こうが攻撃して来て……」とボクは聞かれてもいないのに言い訳をする。

 ……嘘だ。

 本当は向こうの殺意に反応し先撃ちしたのだ。わかってる。自分はわかっているのに嘘をつき自信を守ろうとする。


「……気にすんな。って言うのは無責任か……?なんかさ上手く言えなくて悪いな」

「なんでグレッグが謝るんだよ……」

「友達が辛そうな顔してんのに上手く慰めらんねぇから謝るんだよ。わかるだろ?」

「……ありがとう」

 咄嗟に出た感謝の言葉にボクは自分で少し驚いた。

 友達と呼んでもらえたことが嬉しかったのかもしれない。こんな簡単に人を殺せてしまう力をいつの間にか持ったボクを……。


「ひいいぃ?!!」

 変な声がした方を見ると兵士が腰を抜かしている。なんだ?グレッグの後を着いてきたのか?

「見てわかるだろ?コレが崩剣の力だ。わかったら全員、降参してアウトラの街へ行って復興を手伝ってこい!グレッグと崩剣に言われて手伝いに来ましたってキチンと伝えるんだぞ!」

 グレッグが腰を抜かしている兵士にそう伝えると兵士は地面に座り込んだまま頭をコクコクと高速で上下させて這うようにその場を去った。


「なんか悪いな。利用する感じになっちゃって」

 グレッグが申し訳なさそうな声色でボクのそばに近寄りながらそう言った。

「利用……?そんなことないと思う」

「そうか?お前の強さを利用した自覚あるぜ。オレも姫様も、きっとロイ王子だってそうだ。『崩剣ありき』が過ぎると思わないか?」

 ……そう言われると確かにそうだ。


「でも仕方ないって言うか――」

「――持つ者の責任ってか?」

「いやそんな大層な話のつもりはないけど」

「それをする『力』が自分にはある。だからするべきだって言いたいんだろ?」

 グレッグは存外ボクのことを理解しているようで見透かされた気持ちになる。


「……そんな大袈裟な言い方するつもりはないけど――」

「――でも傷ついてるだろ?ハウラスみたいな魔族じゃなくて同族をやっちまったんだ。傷付かないほどタフじゃねぇだろ?」

「……」ボクは言葉に詰まる。

 傷ついてなんか無い。と言い切れるほど今のボクは元気じゃないから。


「まぁ魔族ってのも人間どもが分かりやすく差別するためにつけただけの名称なんだけどさ」

 不思議とグレッグが独り言のように呟いた言葉が耳に刺さる。

「……それってどういう話?」

「あ?っいや、今のは忘れてくれ」

 ボクは頑なにグレッグの説明を待つ姿勢を見せるとグレッグは朝から降り続ける雨を嫌がり木陰へ避難しようと提案するがボクはそれを固辞して説明を促す。

「……はぁ、わかったよ。つっても簡単な話だよ。魔族も元々は人って呼ばれてた。ツノもあったし真威解放リバレートもしてたけど人として共生してた時代があったんだよ。オレも生まれてない時代だけどな」

「……それがどうして今みたいな関係に?」


「……その話はオレにはできねぇ。悪いな」

「誰ならできるの?ベルさん?」

「いや姫様も無理かな?オレとそんなに歳、変わらないし。本当に古い話だからエン婆とかの世代じゃないと分からない話だけど……。正直誰がどう悪いとかって簡単な問題じゃねぇよ。よくある話でさ、どっちもそれなりに悪いんだよ。認めたがらないけど」


「どっちもそれなりに悪い……」

「割と世の中ってそういうこと多いじゃん?みんな必死になって言い訳するから分かりにくいし言いにくいけど。いやそれ!どっちも同じくらい悪いじゃん!みたいなことって」

 確かに言われてみると大半のことってそんな感じだったりするかもしれない。


「あっ!でも勘違いすんなよ!?お前を利用してるって話は全部オレたちの都合だからお前は悪くないんだからな!そういうつもりで今の話になったんじゃないからな!」

「いや、そんな事ないよ。ボクだって逃げたりすることが出来るのにココに来ることを選んだんだから。ボクが力になりたいんだよ。ありがとうグレッグ。」

 ボクは今、一度大きな覚悟を決めた。


「人間を相手にする以上、心を痛めることはあるかもしれないけど、全て終わってから後悔するよ」


 ボクは王都の方角へ向き、そう誓った。


「……わるいな」

 微妙に聴こえるか聴こえないか程度の小声でグレッグの謝罪が聴こえた気がした。

 

 

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