第41話 涙が落ちて海に注ぐ
どれくらい時間が経っただろう。
気がつくと枯れ果てた涙で目が開かなくなっていた。思わず笑ってしまうほど泣いていたらしい。
精神的には十三歳だが肉体はそうではないからこうして冷静さを取り戻せたのだろう。そうでなければこんな風に立ち直れなかったかもしれないなと少し自嘲する。
「またくるね」
家族の墓前にそう告げるとボクは先程会った老人のところへと向かった。
道中廃墟となった地元を見ていると懐かしい気持ちになった。ボクの記憶ではここを離れて十日も経っていないが実際は十年近く経っているのを今更ながらに実感した。ボクの精神が大人の自分に引っ張られているような……?そんな感じだ。
いつか完全に思い出す時がくるのかもしれないな。と思ったがよく考えると『記憶』という意味ではなにも思い出せていないことに気がついた。
「……いや、あんま考えてもしょうがないか」
そんなことを考えながら歩いているとすぐに寄り合い所へ辿り着いた。歩き慣れたはず道と見慣れた建物は記憶の中のものとは違っていた。
「よくきたのぅ」
寄り合い所の前にカマドの様なものがあり、その周りにはベンチがいつくか置いてあった。そこに座った数人の老人たちの一人に声をかけられる。
「ビル爺……?」
「久しぶりじゃのぅ」
「ビル爺だ!」
実家の隣に住んでいたビル爺と呼ばれていた爺さんだった。記憶の中の彼よりもずっと年老いていたが、そのたくましいヒゲでなんとかわかった。
「元気しとったかハー坊」
ビル爺は笑うと失った前歯が目立つのにそれを全然気にしていないところも変わってない。あの頃のビル爺だ。
「元気だよ。ビル爺は痩せたね」
「はっはっはっ!しかたあるめぇ、この辺じゃ炭鉱のせいで畑も育たんでのぅ」
「……そうだね。そういえば炭鉱は?住んでた人たちは?」
「枯れたよ、ぜーんぶ採りつくしたでのぅ。ほとんどは王都に出稼ぎに行ったか他の炭鉱町に引っ越してったわい」
そういうとビル爺は炭鉱の跡地を寂しそうに見つめてため息をつく、ボクよりもずっと長いことココにいたビル爺の寂しさをボクは測ることができない……。
「ビル爺は移転しなかったんだ?」
「ワシらはもう歳だからのぅ。今まで十分働いた。それにココには皆んなの墓がある。誰かが守らんとイカンだろう?」
「そっか。お墓行ったよ。父さんたちに挨拶しに、あの辺りが綺麗だったのはビル爺たちのおかげなんだね。ありがとう」
ボクはビル爺とその仲間たちに頭を下げると皆んな「やめてくれ」とか「感謝されたくてやってんじゃないのよ」って笑ってた。
ボクは恩返しをしたいと思ったけど何ができるだろうと考えるが妙案は思いつかなかった。グレッグあたりがいれば、すぐボクには思いつかない様な案を出してくれたのだろうな。
「なぁ、お前さん確か勇者様の御付きかなんかやってんだったよな?魔法とか使えんのかい?」
と、ロックデールにきて最初に話しかけてきた老人に聞かれる。
「魔法、使えますよ。逆に言えばそれだけしか能がないんですけど……」
「たいしたもんだ!頼みテェことがあるんだがいいか?」老人と仲間たちがみんなして羨望の目を向けるのでボクは二つ返事で返した。
彼らの頼みとは近くに巣を作り畑やら森やらを荒らす大猪の群れの駆除と作物の実らない畑の改良ということだった。
畑の件はハッキリと門外漢なので無理と告げてしまったが大猪のほうは楽そうだったのですぐに取り掛かることにした。
――――――
「一人で平気か?大猪は魔獣と大差ねぇほど危険だぞ?」とビル爺が心配してくれたけど「魔獣ならよく食べてたよ。」と返すとみんなして驚いた顔を浮かべていたことを思い出してボクは一人、笑ってしまう。
森の中で大猪の群れに囲まれているのに。
ブモーーとかそんな鳴き声と共に突進を重ねる大猪を尻目にボクは浮遊魔法で浮いたまま大猪を狩り始めた。前半は足が早く攻撃が当たらない事の方が多かったが土魔法で場をコントロールしたことで後半はサクサクと攻撃が当たった。
しばらくして成獣を五頭ほど狩ったところで残りは必死になって千々になったので恐らく暫くの間は問題ないだろう。
帰ったらビル爺たちの生活圏に柵というか防壁の様なものを作ってあげればさらに安泰かも。
と考えているとようやく一つの案が浮かんだ。
専門的な知識は一切無いからそれが正解かはわからないが提案だけはしてみようと思いボクは倒した内の一体を担いだ状態で浮遊魔法を使い帰路へついた。
――――――
「なんじゃコレは?!」
「ひぃぃ……」
「大猪を本当に倒したのか?!」
「森まで行って帰るだけでも半日はかかるだろうに……魔法って凄いんだなぁ……」
寄り合い所の老人たちは帰ってきたボクを囲んで様々な言葉を投げてきた。
なんだろう……上手く言えないけどボクの考えてたリアクションじゃないな。もっと歓迎されると思ってたから……。
「あのぅ……?もしかしてこれが大猪じゃなかったですか?」
運んできたモノがもしかしたら目標と違うのかと不安になっているとビル爺たちは首を慌ただしく横に振った。
「……?」それってどういう意味?ボクは訝しんで首を傾げてしまう。
「これが大猪で合ってるんだがこんなに早く倒してくるとは思わなかったから驚いているんだよ!」
ビル爺が普段の喋り方と全く違う若々しさすら感じる口調になる。
周りの老人たちも「本当に倒せるとは」「いくらなんでも早すぎる」とか言ってる。
「あぁなんだ、合ってたのか……よかった。とりあえず他のも持ってくるね。」と言い残しボクは森に残りの大猪を取りに帰ろうとする、その背中に「他のも……?」と訳もわからず復唱した声が聞こえた。
小一時間ほどかけて往復を繰り返し、狩った大猪を運び終えると老人たちに囲まれて感謝された。
「これだけ毛皮があれば冬が越せる」とか「肉は食えるし脂も役立つしありがとう」とかそんな感じで目一杯の感謝を告げられてボクはこうなることを予想していたのに気恥ずかしくなってしまう。
ビル爺はボクを取り巻く老人からは一つ離れたところでコチラを見ながら深々と頭を下げていた。
その頭が元に戻った時、涙ぐんでいるのに気がついたボクは周囲の老人たちに退いてもらいビル爺のところへと向かった。
「……ビル爺、どうしたの?泣いてるの?」
「いやコレは違う。違くないけど違うんじゃ。」
「……?どういう話?」
「コレはアレよ。兄さんたちの後をついて回ってたハー坊が大きくなったなっ……て、ダメだ!歳とると涙も枯れると思ってたのに涙腺は緩いままよのぅ……」
釣られて何人かの老人も「えらいモンじゃ」「たいしたモンよ……」とか言って涙を拭き始めた。
なんだろ、凄い気まずい。
居た堪れなくなったボクは「あっ!そうだ、畑の件なんですけどちょっと試したいことがあって」と話題を逸らしてみる。
「試したいこととは?」最初に話しかけてきた老人が合いの手をくれる。
「土魔法で土壌?っていうんでしたっけ?アレを改善できるんじゃないかなーって考えてるんですけど無理ですかね?」
「ワシらも農業に詳しい訳じゃないからわからんが……やってみるだけやってもらえるかのぅ?」
「はい。多分、今よりはマシになるはずなので」
ボクはそういうと寄り合い所の近くに作られた畑の様な場所へと移動する。老人たちは大半が大猪の解体作業に移ったが何人かは畑へとついて来た。
「初級の土魔法はわからないので一度土壁を生成します。その後、風刀でソレらを刻んで――」
「説明されてもわからん」「さっさと始めてくれ」
一応何をするか説明しようとしたが老人たちはそんな事には興味がなさそうで早くしろと急かされてしまった。
暇つぶしかよ。と少し心の中で悪態をつくがココは元々娯楽に乏しい田舎町なのに、さらに人がどんどん離れたんだ仕方あるまい。と自らに言い聞かせる。
事前に説明した通りに魔法を発動するとワッ!と歓声が上がった。
「何十年前に来たエルフの旅人より凄いのぅ」
「そんな経つんかのぅ」
「エルフは邪悪な魔法ばっか研究しとるからワシら人間に追い抜かされるんじゃ」
「そうじゃそうじゃタウンクライヤーがいっとったわい」
暇つぶしについて来た老人たちは有る事無い事勝手に言ってる。
……田舎の嫌な部分が見えてきたな。
自分で見聞きした訳じゃ無いのに簡単に流される……のは田舎がどうとか関係ないか。
うん。気にしないでおこう。
「『
綺麗で新鮮な水を生成した土にかける。
一応今のボクにできる限りのことをしたつもりだけど果たしてどうなるだろうか。
みんなはとりあえず喜んでいるので良しとしておこう。
ボクはこのままココに居着きたいと思えない気分になってしまったので早々に帰る事にした。
「もう行くのか?ゆっくりしていけばいいのに」と止められたが「ボクがやらなきゃならないことが山のようにあるので……」とボカして別れを告げる。
「ビル爺、長生きしてね」
「言われんでもするわいの。お前さんこそ生き急ぐなよ」
ボクはこうして、町としての機能をほぼ失ってしまった死にゆく故郷へと別れを告げてベルさんたちいるアウトラへと帰った。
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