第40話 ロックデール


「いやいやいや、ヤバすぎるよ」

 ボクはグレッグの言った直球すぎる提案を否定せずにはいられない……が。

「いや、どうだろう……?」

「そうね、一概に無しとは言い切れないかも」

 ロイ様とベルさんは意外なことに乗り気だ。

 ロイ様は付き合いが無さすぎてわからないけどベルさんはこの数日を見る限り……どうだろ?よく考えたらこの場にいる全員とボクは付き合いが浅いという驚くべき事実に気がついた。

 そんなボクを置いて会議は踊り続ける。

 

「王都で大立ち回りなんてしたら大変なことになるし、捕まっちゃいますよ!市民を味方につける必要があるって言ってたじゃないですか!」

 今この場で反論しているのはいつの間にかボクだけになっているので必死に頑張る。このままその案が通ったら矢面に立つのは間違いなくボクだからだ!

 

「王都の市民への根回しはピジョンが前々からしてくれているはずだ。だから王都民の大半は今の王家に反感を感じている。今の我々に必要なのは最後の一押し、今の王家は間違っている。新しい本当の王が必要という確信が必要なんだよ!」

 ロイ様は頼む。と言わんばかりにボクの肩を強く掴んだ。

「……言いたいことはわかりますし、今の王国が悪い方向に向かっているのはアウトラを見てなんとなくわかりました。でも、その一押しってやつがボクなんですか?」

「ハートには悪いけど他の選択肢がないのよ。私たちエルフが反乱を起こしたとしても、それはただ今の支配構造に抗っていると思われるだけで人々の賛同や共感は得られないと思うの」

「結局人は自らが被害を受けるまで全て他人事にしか思えないからな。我々も含めてだが。……人間が抗うことに意味あるんだ。『人間の悪事を人間が裁く』ことでしか気づけない奴らがたくさんいるからな……」 

 ベルさんとロイ様が申し訳なさそうにそう言ってグレッグの方を見た。

 グレッグは思いつきの案が思いのほか掘り下げられた挙句、採用されそうになってしまいなんとも言えない顔をして誤魔化している。

 

「……狙いはわかりました。でも細かい部分はどうするんですか?とりあえず暴れるだけじゃ何の意味も効果も無いと思うんです。」

 ボクは半ば諦めて話を受けることにした。とは言え玉砕覚悟の特攻をしかけるつもりはない。勝算とまでは言わないがそれなりの作戦を用意してほしいものだ。いくらボクが崩剣と呼ばれる程の力があるとは言え、その崩剣の中身はなのだから。

 

「それについてはコチラで考えておこう。……そうだな今日、一日くれれば私と姫様で何とか思いつけるだろう?」ロイ様がベルさんに確認するとベルさんは自身ありげに頷く。

 

「今日、一日で?!いったいどんな作戦を考えるつもりですか?!」ロイ様の言葉にボクは驚きを隠せず思いがけず大声を出してしまった。

「てゆーか、そもそもさハートには移動魔法があるんだからヤバくなったらビュンっつって逃げちゃえばいいじゃん」

「グレッグおまっ……確かに言われてみれば帰りはそうなんだけど作戦もなしに特攻しかけても効果は薄いだろ。今、ボクが知りたいのはどう逃げるかじゃなくてどう攻めるかって話で――」

「――移動魔法が使えるのか!?」ロイ様はまるで子どもの様に目を輝かせた。実際、彼の実年齢からすると子どもなので何の違和感もないのだけど先ほどまでの大人びた印象からの落差がすごい。


「はい一応使えましたよ。一度だけしか使ったことないんで使用感とはわからないんですけど……」

「いやいやいやいや!移動魔法が使えるならできることが山のように増えるじゃないか!素晴らしい素晴らしいぞ、さすがは崩剣だ!」

 ロイ様は大喜びしているが……なんだろ、十歳そこいらの少年の喜び方じゃなくてちょっと嫌だな。打算的すぎるよロイ少年……。

 

「とにかく、私とロイ様で作戦を考える時間が必要だから二人は適当に今日一日過ごしてもらえる?夜までにはまとめて置くから」

 とベルさんに言われたのでボクとグレッグはその場を離れることにしたがボクらが背を向けた瞬間からベルさんたちの真剣そうな話し合いが聞こえてきたのでボクらの身も引き締まった。

「本気、なんだな」

 グレッグはいつになく真剣そうにしている。

「やってることは反乱だからね」

 ボクは自らの行動を言葉にして戦慄する。

 そうだコレは紛れもなく反乱なのだ。

 悪政だとか邪智暴虐だとか言い分はいくらでも浮かぶが、結局のところそれらは大義名分であり自己の正当化でしかない。

「やるからには勝つしかないからな!」

 グッと握り拳をコチラへ向けるグレッグにボクは拳を返した。

「エルフの為だけじゃねぇんだ気張っていこうぜ!」

 グレッグは街の復興作業を手伝うと言ってそのまま何処かへと向かってしまった。

 街にいても手伝わせてもらえないし魔法の出力をコントロールできない自分じゃ迷惑なだけだ。ここにいてもすることがないな……と悩んでいると一つの案が浮かんだ。

「……そうだ移動魔法を、試してみよう」

 あの感じだと王都で何か作戦を行う時に移動魔法を使う可能性が高い。いざという時に使えないじゃ迷惑がかかるから今のうちに試しておくのは枠ないはずだ。

 ボクは思いつくとすぐに実践してみる。

 行き先はそうだな……ロックデールにしよう。

 生まれ育った炭鉱町を頭の中で思い出しながらボクは魔法を唱えた。

「『移動魔法テレポート』」


 ――――

 

 《ロックデールへようこそ》

 見覚えのある看板が目を開けてすぐに飛び込んできた。町の外を続くみちに置いてあったヤツだがずいぶんとボロくなっている。


 ボクは記憶の中ではほんの数日ぶり、肉体的には十年弱ぶりの地元へと帰ってきたが……。

「……なんだこれ」

 

 目に映る光景は自分の知らない場所だった。

 アウトラのように外敵からの攻撃で廃墟になったわけじゃないのは見てわかるが異常なほどに荒れている。コレじゃまるで打ち捨てられた死んだ町のようだ。

 昨日、今日でなく数年は人がいないかのようだ。


「炭鉱を掘り尽くして放棄された……のか?」


 ここは田舎の炭鉱町だ。炭鉱が採れなくなれば町の役目は終わり、労働者たちは別の職場を探して出て行くのが定めといってもいい。

 でもここはボクが生まれるよりもずっと前からあったのに……ここも、いつの間にかそうなったのか……?

 ボクは自分の失った時間の長さに戸惑いを隠せず呆然としていたそんなボクに声をかけてきた老人がいた。今日は知らない人によく話しかけられる日だな、なんて思って聞いていた。

 

「おい!お前どこのモン……ん?その白黒頭、組合長んところの小僧か?!何年も前に王都の連中になんだかスカウトされたとかって話だったが帰ってきたのか?!」

「はい、三男坊のハートです」

「ずいぶん成長したじゃねぇか!ガキの頃から白髪混じってたが半分も持ってかれるとはついてねぇな」ガハハハ!と笑う老人は見覚えがないがロックデールの人間だろう。空気感でわかる。


「親父さんたちは残念だったな。賊に襲われたんだろ?今日は墓参りかなんかにきたのか?」

 いきなり本題に入ったのでボクは面食らってしまう。向こうは知ってるらしいがボクからしたら知らない人なのに普通は聞きにくいことを気にせず聞いてくる感じ、やっぱりロックデールは田舎だなと思わずにいられない。

 

「……あ、いえ、はい」驚いてしまって言葉が上手く出てこない。

「ああん?なんでぇそりゃ。まぁいい、墓の場所はわかるな?墓参りすんだら寄ってくれ、そこ行ったとこの寄り合い所は覚えてるか?あそこにいるからよ」

「あ、はい」

 町がこんな風になっているなんて知らなかったボクとしては聞きたいことがあるので、お呼ばれはありがたいな。ボクは寄り合い所の方へと歩く老人の背中を見送った後ロックデール唯一の墓場に向かうことにした。

 

 墓場の周りは他のところと違って手入れされているようで雑草などもなく綺麗になっている。先程の老人は墓守か何かなのだろうか。

 

 名字を持たないボクらのような身分の人間のお墓は至って単純なものだ。ただ穴を掘り木棺に入れ、歪な大きな石に名を刻むんだものをグールとして起き上がらないように蓋するだけのものだ。

 

 墓所の石墓に刻まれた家族たちの名前を見つけてボクは初めて泣いた気がした。

「あぁ……本当だったんだ」

 どこかで勘違いが起きていて本当は生きているだなんて夢想していたボクを打ち砕く現実に膝から崩れ落ち




泣いた。

 

 

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る