第38話 望み

 一晩中、土塊の監視を続けるボクとグレッグの元に数頭の魔獣が襲いかかって来てくれたのでボクらは食事には困らなかったが調味料もへったくれもないのでただ肉を焼いただけの生活に戻ってしまった。これからは少しでもいいから塩を持ち歩こうとかそんなことを二人で話していると夜が暮れていった。


 陽が昇り切った頃、睡魔との争いに敗れようとしていたボクらの元に援軍がやってきた。

 エルフの騎士団である。

 

 彼らも夜通し飛ばしてコチラへと向かってくれたらしく何人かの術者は疲弊していたのが見えた。ボクらが歩いて五日ほどかかった距離をわずか半日ほどで来たのだから凄いことだ、どんな魔法を使ったかわからないがボクとグレッグは騎士団に礼を告げ、アウトラを、ボクたちを襲った王国魔法兵団の連中を引き渡した後、半日以上寝て過ごした。


 起きると騎士団は居なくなっていた。コチラへ来た騎士団の面々より王国魔法兵団の人数のほうが多かったと思ったがどうやら無事に全員を連れて行ってくれたらしい。

 グレッグはまだ起きてこないので一人辺りを歩いて見て回ると廃墟となっていたアウトラの街はすでに綺麗になっている場所がいくらか見つかった。

 そこにはアウトラの人間以外に何人かのエルフたちがいて彼らが様々な魔法を用いて街の復興を手伝っている姿が見えた。

 昨日はなかった光景にボクは少し温かい気持ちになってそれを見ていたら知らない人に存在を気づかれ礼を言われた。

「崩剣様!崩剣様のおかげでアウトラも我々も助かりました、本当にありがとうございます。命と街を助けて頂いただけでなくロイ様の復権とエルフの協力まで取り付けて頂けるなんてありがたい限りでなんと言ったら言いか……」

「いえいえそんな…………え?今なんて?」

 勢いで誤魔化されそうになったが何か聞き捨てならない言葉が入っていたぞ?

 ロイ様の復権??

「え?なにか私おかしな事を言ってしまいましたか?」アウトラの住人はボクがどこに詰まって疑問を抱いているのかわからず慌てふためいた様子だ。

「いやその、ロイ様の復権がーって……」

「あぁそのことですか?アウトラを襲った王国魔法兵団を崩剣様が捕まえたと聞いたのでてっきり現国王と敵対してロイ様の派閥についていただけたものと思っていましたが……違いましたか?」

 こんな時、なんと言ったらいいのだろう。

 ボクは言葉に詰まり何も言えずその場を去った。声をかけてくれた人からすれば意味がわからないだろうとその後、後悔したが仕方ない。できる事といえばそれくらいだったのだから……。


 頭が痛くなる。これは今までのモノとは違う。ボクの忘れたボクが脳内で声をかけてくる様なモノではない。単純な頭痛というか悩みの種が芽吹いただけのとのだ。


 ボク自身はあくまで自らに降る火の粉を払っただけのつもりだったがいつの間にか王国と敵対する立場にいたとは……、正直に言って気が付いていなかった、と言うわけではない。なんとなく勘づいてはいた、自分の歩いている道が険しいということに。

 

 でも止まれなかった。止まりたくなかったとも言い換えれる。記憶を失って子どもに戻ったからかもしれないし、元々そうだったから記憶を消されたのかもしれない。今となってはわからない。


 しかし、あんな普通の人にすらそう思われていたのだからロイ少年、いやロイ様や王国側もそう思っていてもしょうがないだろうな。

「別に、誰の味方をしたいわけでもないんだけどな……」

 これがボクの本心だ。

 ただ自分の中に正義があって、その正義を執行する力が偶然あっただけなんだけど……。

「……おいっすーってあれ?兄さんたちは帰ったのか?」

 なんとも言えない感情に嫌気がさし逃げ出したくなる衝動に襲われかけたボクにグレッグが声をかけてきた。ナイスタイミング。


「ボクが起きた時にはもういなかったよ」

 寝起きでふにゃふにゃしたグレッグにボクはそう言い返すとグレッグはまだ眠たそうにしていた眼を見開いてコチラへと寄って来た。

「なんかあったのか?」

 顎に手を当てて考え込むようにしてコチラをジッと見つめる。グレッグは見た目がイイので少し緊張してしまうが彼は残念ながら男だ。


「……」

「すぐになんも返さないってことはなんかあったんだな?」

「…………わかった、話すよ。その前に顔洗って来なよ」「おうよ!」

 圧に負けた。

 というより本当は話を聞いて欲しかった。


 が、グレッグは顔を洗いに行ったまま帰ってこない。井戸はすぐそこなのにおかしいなと思い見に行くと先ほどボクに声をかけて来た人や他のエルフ、人間入り乱れて復興作業中の人たちの中にグレッグが混じって作業をしていた。


「グレッグ!」

「おおハート、悪いな!今ちょっと手伝ってるからー!」

 軽く手を振って作業を続けるグレッグを見てボクも手伝わないと気まずいなと思ったがさっき話しかけて来た人に止められる。

「アナタには返し切れない恩がある。ここでさらに手伝ってもらっては私たちの立つ瀬がなくなってしまうので休んでいてください」とのことだった。


 ……ここにいて一人だけ作業もせず見ているのは気まず過ぎるので離れよう。

 ベルさんを探して話を聞こうとも思ったが昨日と風景も道も変わってしまったので見つけ出すのに苦労しそうだと思いやめておく事にした。

 復興作業中の彼らに何かできないかと考えたがボクの頭で思いつくのはせいぜい、食事を振る舞うとかそんなモノだ。

「……食事か、ここにいる人たちの数もだいぶ増えたしいいかもな」

 思い立ってすぐ浮遊魔法で街の外を見て回ると魔獣がいたので狩って戻り街の人に声をかけると大喜びしてもらえた。

 そのまま作業をしていた皆んなで夕食を囲んで食べていたら地元ロックデールでのことを思い出した。炭鉱町では落ち着いて夕食を食べることより皆んなで集まって騒がしく食べることの方が多かったからだ。


「……やっぱ塩って偉大だな――」

「飲み込んでからしゃべりなよ」

 エルフの人たちが持って来てくれた調味料のおかげでただ魔獣肉を焼くだけでなく料理に昇華できたことがボクらには堪らなく嬉しくてグレッグは口に食べ物が入ったまま感動している。

 ボクも言葉には出さないが自然と笑みが溢れるので恥ずかしがっているとベルさんとロイ少年……ロイ様を見かけた。ロイ様の隣にいるのは顔を隠していて確認できないが多分ピジョンだろう。


「ハート!」コチラに気が付いたベルさんに声をかけられたのでグレッグに食べ残した肉片をあげ、向こうへと向かった。


 三人のところへ行くと「色々と助かったよ。感謝する」とロイ様から直接お礼をされた。

 ボクは助けたというより、ただ自分の身を守るまでに戦ったつもりなので気恥ずかしそうにしているとピジョンから「素直に受け取れ」と言われた。

 その後ボクから「ロイ様の陣営に加わる事になった話」を伝えると、まぁそうなってしまうわな。といった感じの答えが返って来た。

 ピジョンはわかってなかったのか……。と呆れた様な感じすら出していた気がする。まぁそうなるか。


「ハートはどうしたいの?」

 とさっきから黙っていたベルさんが口を開いた。

 ボクはそう言われて考え込んでしまう。『どうしたい』と言われてもずっとボクはロックデールに帰りたい、家族に起きたことを知りたいくらいしか考えてなかったからだ。

「……家族に起きたことを知りたい以外は余り考えてなかった……いや考えない様にしてました」

「でも、家族のことはきっと王国の上の人間が関わってるよ?」

 ベルさんの言うとおりだ。

 そこに辿り着くのはわかっている。


 つまり最初からボクの敵は王国なんだ。


「……ロイ様、ボクは王家の事とかそういうのに疎くて記憶もすっぽり抜けてる見た目より幼い、変な人間ですけど陣営に加えてもらえますか?」

「構わないさ。崩剣が仲間に入るなら、それほど心強い事はないからな」

 兄さんたちがごっこ遊びでやっていた真似をしてボクはロイ様の前で片膝をついた。

 それを見ていた夕食を囲っていた人々は盛り上がりを見せる。


「『崩剣』ハート=エンゼルファー。いや、この名は邪智暴虐の偽王につけられた名だったな?幼少期はなんて名乗っていた?」

「ハート=ロックデールと名乗っていました。炭鉱町の出身なもので正式な名字はありませんでしたので」

「なるほど『崩剣』ハート=ロックデール。貴殿を我が剣と認め、かの偽王とその悪逆の仲間たちを払う刃となることを願おう!」


 ロイ様の言葉に群衆は熱を帯びる。

 ボクの中で何かに火がついた気がした。

 もう迷わない、悩まない。

 躊躇もしない。


 勇者パーティを倒し、現国王と敵対する覚悟は――元々うっすらあったソレを今、自覚した。


 立場だかる全てを倒して誰にも邪魔されずにロックデールに帰ろう。それがボクの望みだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

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