第36話 勇者邂逅
「聞いたぜ化け物!テメーどうやら記憶がなくなったらしいじゃねぇか?!おおん?どうだ!?俺様のことを思い出せるか?!」
土塊の上に突如として現れた剣士のような出立ちの男は大声でコチラを挑発する。
「……」見覚えのない顔だが心がざわつく感覚があるので多分、知り合いだ。それもあまり良い知り合いではないと思う。無意識のうちにイラッときた。いやそんな優しい感情じゃない。心の底から湧き上がる不気味な感情を理性で押さえつける。
「ルーシー=リッター=アーサルド」
ベルさんが呟いたその名前には記憶を失ったボクも流石に聞き覚えがあった。
「勇者……ルーシー」
ボクを、記憶を失う前のボクを殺そうとした勇者パーティのリーダーが目の前にいる。
さっきから心がざわつくのはきっと頭以外のどこかでこの男を敵だと認識していたからだろう。
「ちっ!つまんねぇな、答え教えてんじゃねぇよ!」
苛立った様子の勇者が背中の大剣に手をかけたを見てボクとベルさんは浮遊魔法で大きく距離を取る。
瞬間、後方から飛んできた氷の槍にボクらは襲われた。
「くそっ!……ベルさんっ!」
浮遊魔法の速度に差があったせいかボクはかすり傷で済んだのに対してベルさんは見るからに大怪我を負ってしまったが動いているのを見るにまだ息はあるようだ。
「ハッハー!マジでお前レヴィの言うとおり記憶がなくなったんだな!俺様がいるならアイツがいるのも当然だってーのによぉ!?」
伏兵が、仲間がいたのか。
存在を匂わされたにも関わらず、その気配はつかめない。このままだとまた狙われた時反応できないぞ。
探知魔法で索敵することもできるがそれより前にベルさんを治さなくては。
ボクは重傷を負ったベルさんに回復魔法をかけるため近づこうとするが反応速度で勇者に負けてしまう。
勇者はボクとベルさんの間に割って入った。
「なんだお前?このエルフがそんなに大切なのか?……ん?なんだコイツ見覚えがあるな。女の顔は忘れねぇんだけどエルフはダメだな。実年齢がババアすぎて女にカウントできねぇ」
手に持った大剣でベルさんを小突く勇者を見てボクの思考は怒りで支配され、コントロールが効かなくなる。
「何してんだお前!ベルさんに触るな!」
ボクはそう言って勇者へと殴りかかる、が何も問題ないと言わんばかりに余裕で避けられる。
「ベルさん?聞き覚えがあるな……そうか、エルフの姫様か!ハッハー!懐かしいなぁクソババア!!」
勇者はボクの攻撃を避けた拍子にベルさんから離れたのでこの隙に近寄り回復魔法をかける。みるみる回復するが血を多く失ったのかベルさんは少し辛そうで気だるそうな表情でコチラに礼を言った。
「ありがとう…………でもまだ気をつけて。……あの魔法、アスモ=デルストスがどこかに隠れてコチラを狙ってる」
「アスモ=デルストスって勇者パーティの魔法使いでしたっけ……」
たしか、グレッグからそんな名前を聞いた気がする。氷魔法と身体強化魔法のスペシャリストで勇者ルーシーの恋人の一人だとか……。
氷魔法、さっきの攻撃がそれだったのか――。
「おい、なに無視してんだ」
ほんの一瞬、勇者から目を離し辺りに潜伏する魔法使いを探した隙をついて勇者は距離を詰めてきていた。ボクはそれに気がつくとほぼ同時に大剣による横薙ぎを喰らってしまう。
「うがっ!?」
言葉にしようのない声が漏れて吹き飛ばされたボクは剣戟を受けた左腕と脇腹に大きな痛みを感じる。
何が起きたのか直ぐに理解できず遅れて衝撃と痛みを理解したボクへ氷の槍による追撃が飛んでくる。
「『
前に一度ベルさんがハウラス戦で使って助けてくれた魔法を唱えると上手く発動してくれて氷の槍からは逃れることができた。
この隙に自らを回復して――。
「――逃すかよ!」
魔法によって高速で移動したボクに追従してきた勇者の大剣がボクの頭上で振りかぶられた。
マズイ!あんな大きなものが振り下ろされたら今度は受け切れない。
「『
文字通りハウラスを真っ二つにした事で二度と使わないと誓った魔法をボクは咄嗟に唱えてしまう。
魔族相手ですらあの惨状を生んだんだ、人相手なんてどれだけの後悔が――と思っていたが目の前の光景はボクの想像とは違っていた。
「テメー!殺す気かっ!!」
振り被っていた大剣を防御に使ったのか横に向けて構える勇者ルーシーは大剣越しにそう叫んだ。
つまりボクの魔法は防がれた。
「『
ボクは空中へ飛び距離を取ると勇者はコチラへ罵声をあげるが攻撃は届かないので人心地つき回復魔法を自らにかける。
ベルさんの方へ目をやるとどうやら今の間に隠れたか逃げてくれたらしく見当たらなかった。
空を漂うボクへ大きな氷の塊が襲いかかったことから伏兵になっているアスモ=デルストスに捕まった心配もなさそうだ。
彼らの言動からすると人質なんて朝飯前だろうにソレをしてこないのなら逃げ切ったのだろう。
「アスモー!!俺を浮かせろ!」
っ?!そんなことができるのか……と身構えたがどうやら出来ないらしく未だ勇者は地上でなにやら喚いている。
この隙にボクも逃げようかと考えたが、そうしたところで彼らはずっと追ってきそうな感じがするし、なんならその道中で多くの人に迷惑をかける事すらありそうな予感がしたのでやめておく。
「……なんとかして今、無力化したいな」
「聞こえたぞクソガキがオラぁ!!!!降りてきて正々堂々戦えってんだコラ!!」
「正々堂々?!伏兵に奇襲させておいて何言ってんだ!」
あまりにも、な言動に思わず言い返してしまう。
グレッグが言っていた「あんなやつ」っていう評価が今なら良くわかる。
空中からしっかりと目を合わせると頭がズキズキと痛み出した。あぁ本当にアイツとボクは知り合いだったのだろう。
既視感というか、脳内で壊れた扉の向こうから無理やりドアノブを回すような感覚がする。
開けるべきじゃない記憶の扉を刺激される。
「……ぅう」
これ以上、勇者と目を合わせるのは精神衛生上良くないと判断して目を逸らしたボクに勇者が襲いかかる。
「無視すんなって言ってんだろうが!」
「『
攻撃に対するカウンターというよりかは距離を取るためにボクは風魔法を使った。一応、勇者へ直撃させたのだが明らかに無傷で浮いたままだった。
相変わらずわからないことが多すぎる!
どんな魔法で浮いているのかも、いつその魔法をかけられたのかも、なぜ今のやさっきの魔法直撃を無傷でやりすごせているのかも。
「その大剣が……魔法を無効化しているのか?」
先程と同じように横にして持った大剣での防御に違和感が生じ、ボクは思わず口に出して答えが帰ってくはずもないのに訊いていた。
「ああん?どういうことだ?記憶ねぇんじゃねぇのかテメーは」
……思っていたリアクションとだいぶ違うな。
図星をつかれた、というほどではないが動揺が見て取れる。
つまり、ボクの推測は正しかったと言えるかもしれない。あの大剣が魔法を打ち消すナニカなら、それを避ければ魔法が効くってわけだ。
ボクの表情が変わったのを察したのか勇者ルーシーはあれほど喋っていたにも関わらず無言で踵を返してしまう。
「待てっ!!」
ボクは釣られて追いかけようとするが突如現れた氷塊がいくつもコチラへと降り注ぎ、行く手を阻まれてしまう。
それらを避けているウチに勇者ルーシーを見失ってしまったので探知魔法を使い探し出そうとすると地上からベルさんの声が聞こえた。
「ハート!もういいから一旦こっちに降りてきて!話があるの!」
全力で勇者を追うつもりなので本当は放っておいて欲しかったが……仕方ない。どうせ勇者はまたそのうち向こうから現れるだろうと考えボクは渋々、地上へと降りる事にした。
勇者ルーシーとその仲間の魔法使いアスモ、かつてのボクの仲間である二人に殺されかけた最初の邂逅はこうして幕を閉じたのだ。
もし次があればきっと……。
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