第35話 三人の老人は
ホロ付きの馬車から降りてきた三人の老人は揃ってコチラに杖を向け、杖の先が光ったと思った瞬間ボクは右腕に熱を感じる。その感覚が痛みだとすぐには理解できなかったが痺れて動かなくなった血だらけの腕を見てようやくわかった。
「いってぇ……」
傷を見て反射的に回復魔法を唱えるが次弾は撃ってこない。どうやら連発できる魔法ではないらしいので、助かったがあれを胴体や頭にくらったら一撃でやられるだろう。移動して射線を切ってから回復魔法を使うべきだったな。
地上の老魔法使いたちは周りを騎馬兵や騎士たちに囲まれ守られている。
あの軍勢は護衛が仕事だったのか、確かに魔法を使い切って魔力切れになった魔法使いは無力だし、よく練られた陣形というか慣れた集まりだな。
一度敵から身を隠すべく、ベルさんのいる小高い丘の上へと移動する。ここならコチラから顔を出さない限り向こうから見えないはずだ。
「アレは雷魔法ね。大丈夫だった?」
「はい、なんとか。雷魔法なんて初めて見ました」
「珍しいからね。魔獣とか魔族が得意分野にしてるイメージ。よく見えなかったけど複数人で発動させてたよね?」
「多分そうですね、三人の老人が杖を光らせてるのは見えました。複数人で使う魔法なんてあるんですね。」
「多分それでアウトラの街も攻撃されたんだと思う。魔法に長けていない人間の編み出した魔法で」
つまり彼らは人間の編み出した魔法で人間の作った人間の街を破壊したってわけだ。
「いったいなんの意味があってそんなことを……」
まるで無意味だ。ボクはそう言いかけて言葉に詰まる。きっとそれすらも言っても無意味だと感じたからだ。
「……魔族かエルフのせいにするつもりなんじゃないかな?魔族のせいにすれば国民感情を煽って魔王なき魔王軍の掃討戦に集中できる環境ができるし、エルフのせいにすれば近年、エルフに行ってる差別が正当化できるし」
そんな話はあり得ない。と数日前の何も知らないボクならそう思っていたかもしれない。だが今のボクからするとベルさんの今の話はすっと入ってきたし、納得のいく説明だ。
「せっかく勇者たちが魔王を倒したのに家族が前線から帰ってこないなんて一般の国民からしたら嫌でしょう。魔王軍の悪行を今、広めれば……」
「王国軍を英雄にできると言うワケですね」
「そういうこと。ちなみにもう一個の話だけど、一般市民の中でエルフに対する差別意識ってのは急に押しつけられたものだから迎合できてない人間ってのも多いのよ。ハートもそうだったでしょ?」
「はい。兄さんが過去の経験から魔法に興味を持っていて、その影響でエルフの人たちについても詳しくなって色々と聞かされていましたけど、差別的な話はありませんでしたよ」
まぁ無理矢理に聞かされていたからほとんどの話を覚えていないワケだけども……。
「国王が変わって急に生まれたモノだから整合性とか考えてないのよ。色情狂の現国王アーデハルトが自らの欲求を満たすために考えただけのモノだから」
……だからその理由付けを「エルフは野蛮で差別されるべき」という言い訳を今更ながら行おうというわけか。エルフの逃げた先から最も近い、エルフと最も交流の深かったアウトラの街を潰して。
「狂ってる……そんなの許されるはずがない――」
「――って思うでしょ?だからあなたはきっと……」
ボクの言葉を繋ぐようにベルさんが割り込んで言葉に詰まった。けどきっとその続きは『……言葉と記憶を奪われて殺されかけた』とでも続くのだろう。
いい加減ボクもわかってきた。
彼らはみんなボクの敵だ。思想も思考もあまりにも違いすぎる。いない方がいい。
……きっと記憶を失う前の、操られる前のボクは地元ロックデールを出てからの数年でそう思い至ったに違いない。
そしてそれに気がついた勇者パーティか王族のせいで家族を殺され、そのショックを受けているところを狙われて……操られたのだろう。
「そうじゃなきゃあり得ない」
「……?なんの話?」
ベルさんはきょとんとしてしまう。
そりゃそうだ頭の中と言葉とがごっちゃになってしまった。
「いえ、こっちの頭の中の話です……。それより、アイツらどうしましょう?」
「王国軍の悪行を白日に晒すための証拠にしたいけど……」
「わかりました」
ボクはベルさんが言葉を続ける前に飛び立ってヤツらの頭上へと向かう。
今の間に魔力が多少なり回復したのか地上の老魔法使いの連中はまた杖を構えて魔法を唱えてきた。
「
数日前、ハウラスがボクに対して使った魔法を試してみる。ボクがそう唱えると同時に大量の土を地上の連中の周りに生成し土の檻を形成、封殺する。
「凄い。雷魔法を土魔法で完全に相殺してる……」
いつのまにかベルさんがボクの隣を隣を飛んでいてそう呟いた。
土牢は出入り口がないのでヤツらの放った雷魔法が中で反射し自滅しているかもと思ったが今のベルさんの発言から鑑みるに、どうやら打ち消しているので平気なようでボクは安堵した。
この安堵は、自分が傷つける側にならなかった事とヤツらを証拠として保全する必要があった事、そのどちらから来るものかは自分の事ながら、わからないというのが本心だ。
ボクは今、ボクのままでいれているのだろうか。
『ボクの忘れたボク』の言った通り、ボクのままなのか。
「――ト、ハート!」
「はいっ?!」
どうやらベルさんに呼ばれていた事に気がつかなかったらしい。何度も呼ばれていたのだろう、彼女は呆れたような表情を浮かべているのでソレを理解した。
「すみません、また考え事をしてました」
「…………とりあえず私はまた降りるね。飛んでるの楽じゃないから」
そう言ってベルさんは土牢の側へと降りていったのでボクも追従する。
近づくと流石に五十人近い人間が包み込まれた土塊の大きさに圧倒されてしまう。
中から何やら聴こえるような気がする……このまま放っておいて誰か通ったら数年後には夏の怪談話になりそうな悍ましさがある。
「エルフの街に連絡したからすぐに騎士団が駆けつけてくれると思う。ありがとうね」
ベルさんはそう言って笑いかけてくる。
ボクはその笑顔に上手く返せない。
「あんまり深く考えない方がいいよ。攻撃されたから応戦した。それだけのことなんだから……ね?」
「まぁ……はい。そうですね」
「少なくとも私たちは助かってるから、いろんな意味で感謝してるし良いことしてるんだよ?」
……そう言われると多少、気が楽にな――
「ハート=エンゼルファー!!!!ジジイどもの通信魔法で聴いた時はついにボケたと思ったが本当に生きているとはなぁ!!」
土牢の上に突如現れた何者かが大声でそう叫んだ。
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