第34話 振り返ると君がいた空


「ハート、それって……」

 怯える声で声をかけてきたのはやはりベルさんで正解だった。

「話をしていたら急に頭が弾けました」

 ありのまま今、起きた事を話すボクにベルさんは一瞬戸惑うが「呪い……?」とすぐに一人納得がいったとようなそぶりを見せる。

 呪い、ベルさんの父であるエルフの王様にかけられていた魔法もそう呼んでいたな。

「とにかく、地上に降りましょう。私はアナタみたいにずっと飛んでいられないから」

 と言ってベルさんはゆっくりと、人のいないところへと降りていった。

 あいも変わらず騒いでいる真下の軍勢を無視してボクは彼女の後を追う事にした。


 亡骸は下の連中に返しておこう。


 亡骸を降ろすと軍勢は阿鼻叫喚とでも表現すれば的確なのか定かではないがそんな感じで盛り上がっていた。


 高めの崖上に着地したボクらは一応、ヤツらを見張りながら話し始める。

「どんな会話をしてたの?」

「アイツらが犯人なのはわかったんで誰に命令されたのかを聞き出そうとしていました。そしたら……」

 ベルさんの質問にボクは素直に答える。


「指示したやつか、その仲間に『裏切ったら殺す』っていう呪いをかけられたのかも……」

 そんな安直で、ど直球な呪いが存在していいのか?!と思ったが今そんなこと言ったら怒られそうなのでやめておく。


「呪いってなんでもアリなんですね」

「……実は私も呪いについてはよく知らないんだけど、不可能じゃないはずよ。でもあの亡骸もあそこにいる人間たちも『王国魔法兵団』っぽい見た目なのよね」

 

「魔法兵団って魔術師団とは違うんですか……?えーとあの、勇者パーティのなんとかって……」

「アータントが所属していたのは魔術師団。研究を主な目的として活動している人たちの集まりよ。エルフが何人も働いていた事もあるような実力主義に近い集団。魔法兵団は貴族出身者専門の部隊で治安維持が主な仕事で武力が重視される傾向にあるはずよ。私も詳しくはないんだけど……」

「……詳しく聞く必要がありそうですね」

 ボクはベルさんに言い残すと地上にいる魔術兵団の中心へと降り立った。


 ボクが降りると何事かと騒つくが文字通り頭を失った兵団の連中はどう対処したらいいのかわからないらしい。

「敵対するつもりはありません!ボクはアナタたちに聞きたいことがあるだけです!」

 なるべく遠くにいる人にまで聴こえるよう大きな声でボクの意思表明を行ったが一部の人たちは信じてくれず未だにヤジのようなものを飛ばしてくる。

 内容としては信じられないとかそんな話だから無視する事にする。大事なのは目の前にいる高そうな装備の男たちだ。

 上空から見た偉そうな男の側近と思しきこの人たちと話す必要がある。


「アナタたちは王国の魔術兵団ですね?」

 ボクの言葉に目の前の男たちは観念したのか頭を縦に振るので「肯定ですね」とさらに問いかけると「そうだ」と小さく答えた。

「ボクはハート=エンゼルファー、アナタたちが崩剣と呼ぶ者です」と今更ながらに自己紹介をすると「知ってる」と一人の男がこぼした。


「なぜ同じ王国であるはずのアウトラを襲ったんですか?あの場所にまだ王国民が多少なりとも住んでいるのは知らなかったのですか?」

 ボクの問いかけに兵団員たちは皆、表情を曇らせる。

 目の前にいるこの中では一際高そうな装備の男が代表するように答える。

「我々は国王様の直轄部隊だ。命令にはイエスという返答しか許されていない」


 つまりなんだ?やりたくてやった訳じゃないから仕方ないだろ、とでも言いたげな雰囲気に苛立ってしまう。

「どんな理由で攻撃したのかは?」

「我々は聞かされていない。お前に殺された団長なら知っていたかもしれんがな」

「……違う。ボクが殺したんじゃない。あれは呪い――」

 言いかけたところで周りを囲うように立っていた他の兵団員が感情的になり罵詈雑言を浴びせてくる。

 知っていたのが団長と呼ばれた、あの偉そうな男だけなら呪われていたのも彼だけだったのだろう。

 ならばボクがやったと思われても仕方ないが言われっぱなしは癪に触るな。

「人殺し!」お前らがいうなよ。

「勇者パーティの恥晒し!」知らないよ。

「田舎者!」それはそうだ。

「お前もお前の家族同様襲われてれば――」

 聞き捨てならない言葉が聞こえてボクは我を忘れそうになる。

 

「ボクはやってない!やってないけどアウトラにいたボクを巻き込んで攻撃してきたのはアンタらが先だろうが!」

 自分でも驚くほどの大声が出たが驚いたのはボクだけではなかった。その場を囲んでいた兵団員も驚き後退りする。

「……」なにか聞こえたと思ったら水の槍が飛んできて地面に刺さる過程でボクの腕を掠めた。

「いたっ!」

 痛みに反応して声が出た。


 誰かが魔法でボクを攻撃したことに気がついた。

 瞬間、他の兵団員たちも連鎖するように魔法を唱え始めたのが聞こえてきたのでボクは浮遊魔法を使い急いでその場を離れる。

 上空から見下ろした景色があまりにも異質すぎてボクは困惑する。

 

 なぜなら、彼らの魔法はからだ。


 ……アウトラを襲った魔法のせいで魔力切れを起こしている。という仮説を立てる。

 魔法に長けた種族であるエルフや魔族の使った魔法しかロクに見たことのない自分には彼らがあれで精一杯とはすぐに気が付かなかったので警戒する。


「何を見ているの?」

 ベルさんがいつの間にか飛んできていて声をかけられる。「いえ、一応警戒を」と答えたが途中で考えが変わり「警戒、必要ないですよね?」と訊ねる。

「あなたに警戒が必要な敵がいるの?不意遭遇とか奇襲ならわからないけど、面と向かって相対したら警戒するのは相手だけでしょ」

 買い被りすぎ、と今までなら思ったかもしれないけど……これを見るとまぁ確かに言ってる事もわかる。地上の彼らが必死にコチラへ向け魔法を放つが半分くらい距離で霧散していく様を見る限り、ボクは魔法の天才ってヤツらしいという事にこれまで以上の実感を得ている。


「どうしましょう……?あの人たち話し合える感じじゃないんですよね……」

「戦うしかない。って私は人間じゃないから思っちゃうけどね。他人事で悪いけど……ちなみに私はロイの味方だから。借りがあるの、お父様の呪いの件で……」

 ベルさんはそう言うと、また地面へとゆっくり降りていった。ボクはその背中を見送りながら考える。


 このまま敵対したら恐らくボクはいつか人間の敵になる気がする。

 かと言ってベルさんたちを見捨てたらボクは自身を許せない。


 地上を見るとホロのついた馬車から何人かの老人が降りている最中だった。

 あそこに人がいたのか、食料かなにかを運んでいるのかと思っていたがどうやら休ませていたらしい。


 このタイミングで出てくるってことはあの人たちがアウトラを襲った特大魔法の……。

 白髪に長い髭、木でできた大きな杖を握る姿はだれもが想像したことのあるであろう魔法使いの姿そのものだった。


 

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