第33話 偉そうなヤツの頭


 ボクは空中から騎馬に乗った軍勢の様子を伺うのをやめ地上へと降り対話を試みることにした。

 浮遊魔法はボクの今の記憶の中では初めて使ったがわりと使いこなせている。移動魔法と体感的な部分が大きく違うからだろう。


 地面に近づくと軍勢の中心に何やら偉そうで高そうな服を着た騎士とは違うなにか厳かな人が見えたのでその人の元へと降りようと近づくと彼らの言葉がちゃんと聴こえてきた。

「来るぞ!迎撃体制をとれ!先制させるな!」「まだ術師の回復が終わってません!」「とにかく投げ物を用意しろ!」「なんだ人間?魔族じゃないのか?」「見た事ある気がするな」「あれは崩剣?!」


 あっちこっちから様々な言葉が飛び交っていてパニックになっている。聞き取れる距離まで来たところでボクには処理できそうもないな。でもボクのことを知ってる人たちもいるらしい事はわかった。


「崩剣ハート=エンゼルファー!!」

 偉そうな人が大声でコチラへと声をかけてきた。そうすると混乱していた軍勢は落ち着きを取り戻し静かになる。


「キサマが何故ここにいるのだ。勇者様たちの報告では魔王との戦いの際に無様にも負けて消息不明になったと訊いたが?」

 偉そうな男はそういうと周りに笑えるよな。と言いたげにしている。

 

 にされていたのか。

 ボクはイラだちに似た感情が心を騒つかせている自分に気がついた。


 あくまで想像というか雑な推理だが。

 勇者たちは『用済みになったボクを殺そうとした挙句、手柄を横取りした』のかもな。

 訊いてみないとわからないけど、たぶんそうなんじゃないかな。

 偉そうな男とその側近みたいなヤツらはボクを蔑むような目で見て笑っているし、きっと彼らはボクが嫌いなんだろう。


 ボクも嫌いだ。


 ワガママで幼児的かもしれないが、ボクはボクを嫌いな奴を好きでいられるほど大人じゃないし、好きな反対は嫌いなんだよ。


「勇者様について回るだけの分際で崩剣だなんて大仰な二つ名を拝命した時はまさかと思ったが結局逃げることしかできないのなら最初から辞退すべきだろうが。田舎の貧乏庶民にはその名の重さもわからんか」

 偉そうな男はコチラを馬鹿にするよう大袈裟に言って笑うと、またも側近連中はつられて笑っている。

 嘲笑と言った方が正しいな。


「田舎者はコレだから困る」「炭鉱に戻れ」「家畜くさいぞ」などの罵声も調子に乗った側近たちが発し始めた。

 よくみるとどいつもこいつも高そうな装備に包まれているし、いいものを食べて育ったのか体格も育ちも良さそうな身なりだ。

 騎士階級は貴族様しかなれないんだったかな。

 偉そうな男とその側近は魔法使いだろう、装備が他よりも薄くみえるがこれまた育ちが良さそうだ。

 王都生まれのおぼっちゃまかなにかなのだろう。

 口々に出てくる罵声や罵倒は教養のかけらも無いが。


 なんとなく確信に近いものを感じた。

 


「アウトラへの攻撃はアンタたちのモノなのか?」

 自分でも驚くほど冷淡な声が出た。

 あぁそうか、ボクはしっかりとコイツらにムカついているんだ。

 

 こういう人たちに囲まれていたのなら記憶を失う前のボクがあんな風な性格になったのも今ならわかる気がする。


「驚いたな、話せるのか」

 取り巻きからそんな声が聞こえる中、偉そうな男とその側近の一際高そうな装備の連中だけは心底驚き、恐ろしいものを見るような目に変わった。


 空気が変わる。


「殺せ!誰でもいい!そいつを殺せえぇ!!!!」


 偉そうな男は気が違ったようにそう叫んだ。

 周りはなにを言っているのか理解できないのかアタフタとするだけでなにもしてこない。


 あぁそうか。

 この偉そうなヤツととその側近はボクが『操り人形になっていた』ことを知っているのか。

 そして今、普通に話したボクを見て『操り人形じゃなくなった』ことに気がついたのか。

 今すぐ攻撃が来る様子もないがボクはまた上空へと浮いて距離を取る。

 ここまでくると声が鮮明には聴こえなくなってしまうが訊いたところで大した事は言わないのが目に見えているし構わないだろう。

 風の音を聴いている方がボクにとっては何倍も有意義だ。


 こうして無意味に風を感じていると地元、ロックデールにいた時を思い出す。

 炭鉱町の端、崖の上で兄さんたちとのんびり過ごしていたあの時は幸せだったな。


 父さんが休みの時は一緒に遊んでくれて、あの時は母さんもまだ生きていた。


 みんなもう居ないんだ。


 グレッグにボクの家族の話を聞いた時はなんとなく知っていた、記憶にはないが身体には体験として残っていたからあまり感情的な辛さは感じなかった。

 けど今こうやって楽しかった記憶を思い出すと、自然と涙が溢れてくる。

 これは寂しさと悲しさと不安。それらだけじゃなく

後悔もある気がする。

 過去のことへの後悔はもちろんながら、それ以上に……これから自らが行なうことへの後悔だと思う。


「『「初級風魔法エアロ」』」

 ボクはそう呟くのはように唱えると優しく握り込むように手を前に出して摘んだ。

 魔法で生み出した風は地上にいる偉そうな男を巻き込んで舞い上げる。


 地上はいきなりの事に騒然としているのか遠くから見ている分には滑稽な様子で少し笑えてくる。

 自分の中の黒い部分が大きく育ってしまいそうだ。


「な、なにをしている!」

 偉そうな男は大声で怒鳴り散らしながらコチラへと運ばれてくる。

 地面へと落ちないよう微動だにせず、されるがままなのは魔法に対する知識があるからだろう。


「これで落ち着いて話せますね」

 ボクは怒り狂う偉そうな男に声をかけた。


「ふっ、ふざけるのもいい加減にしろ!降ろせ!」

「降ろす?落とすのなら今すぐできますけど?」

「や、やめろ!やめてくれ!こんな高さから落ちたらどうなるか……」


 偉そうな男は急におとなしくなってくれた。

 この手の人間は嫌いだ。自分の置かれてる状況を冷静に考えることが自らできないくせにいつも偉そうで周りを見下しているから。


「じゃあこのままでいいですか?」

 ボクの質問に無言で頷く。


「アウトラを襲ったのはアナタたちで間違い無いですね?なぜ攻撃したのですか?誰に命令されたのですか?」

「……アウトラを襲ったのは私たちだ。……誰に言われたかは言えない。それを言ったら殺されるからだ……」

 偉そうな男は怯えながらそう言った。

 質問に答えないなら今すぐ殺される可能性があるのに何故答えないんだ?

 ソレがわからないほど頭が悪い感じでもあるまい。

 ……ボクよりも誰かを恐れている?


「言えない……言えないんだ……。私だけの命がかかっているわけじゃないんだ!」

 偉そうな男は先程までの嘲るようなわけでも、怯えるような様子でもなく逼迫した感じで切に訴えてきた。

「人質ってこと?」

「そうだ!家族と愛人が人質にとられているんだ!」


 愛人……そうか。


 一瞬、同情しそうになった自分が許せないかもしれない。


 マズイと思ったのか偉そうな男は「子どもはまだ十歳にもならなくて……」とか付け足し始めた。

「幼い子どもがいるのに愛人を囲うクソ野郎ですって自己紹介を何故、今始めた?」

 絶望という言葉がよく似合う表情になったな。


「ボクが話さなくなった、いや、話せなくなった事をお前とその側近は知ってるみたいだったな。犯人は誰か知ってるのか?」

 ボクは偉そうな男が同様している隙を狙って自分自身が知りたい核心に迫る質問をしてみる。


「え?……それは……こ――」

 ――言い終わる前に目の前で偉そうな男の頭が弾け飛んだ。

 血と肉片は風に乗って辺りへと拡散したが目の前で見てしまった光景はボクの脳裏に刻まれてしまっただろう。


「……くそっ!なんなんだ……攻撃された様子はないけど……」

 地上にいるヤツらは何が起きたか見えていないだろうがこのままこの死体を下ろしたら騒動になるのは明白だ。

 ……。


 頭の弾けた亡骸と二人空中を浮かびながら思案にくれると「ハート!」と後ろから声をかけられる。

 こんな上空でいきなり声をかけられるなんて体験どれだけの人が経験あるのだろう。

 ボクは心臓が飛び出るほど驚いたが声の主がベルさんなのはわかっていたので極めて冷静を装って振り返る。 


 

 

 

  

 

 

 

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