第29話 辺境の街アウトラ
「あれが……アウトラ?」
魔王領の森を抜けて少し小高い丘を登ると視界が開けて海岸沿いに港町のようなものが見えた。しかし、近づいてみてもどうにも活気というか人の気配がないように思えるがアレが目的の街なんだろうか。
田舎出身のボクの想像する街とはどうにも趣が違うというか、あまりロックデールと遜色ないような雰囲気だ。
「住民の半分近くがエルフだったからな、みんなして魔王領に逃げた今じゃこんな感じになってもおかしくないな……」
グレッグは少し、もの寂しそうに街を見つめている。来たことがあるのだろう。
逆にベルさんは特に何の感慨もなさそうだ。
「あれ?もしかしてベルさんはここに来るの久しぶりじゃなかったりします?」
「……」聞こえているはずなのに無視された。
ボクの隣でグレッグは「ここまで一人で来てたんですね」と少し呆れたようにしている。
「グレッグはいつ以来?十年ぶりとか?」
「そうだな。人間の国王がエルフ狩りを始めてからだからそんなもんだ」
グレッグは冷たく突き放すようにそう言ってすぐ後悔したような表情で「すまん、お前に言ってもしょうがないのに」と謝ってきた。
ボクはどう返すべきかすぐに思いつかずにいるとベルさんがさっさと前を進んでいるのに気がついてグレッグと二人、走って彼女を追いかけた。
街の入り口につくとそれなりに栄えた港町だったはずのアウトラは完全に放棄されたようで廃墟と廃材で溢れかえっていた。これじゃ活気なんてなくて当たり前だ。歩くのすら憚られる。行商人などの交流も途切れているのだろう。
何年も前に港町としての機能は完全に停止してそうだ。
よくよく見てみると戦闘の形跡のようにも見えるがどうなんだろう?ただ放棄された建物が潮風で傷んだだけかもしれない。でもここは魔王領と人間領の境に最も近い場所なはずだし……あれ?
よく考えたらココは人間たちにとって要所になるはずなのに何故、十年近くも放置されてるんだ?
ベルさんに訊こうとするも歩き慣れたように廃墟の群れを進んでいく彼女にボクらは置いていかれないようにするので精一杯だった。
歩くだけでも危険な雰囲気だが街中を歩いているとなにやら廃品を漁る人を見かけた。
「あっやべぇっ!ハート、変身魔法!エルフだってバレたら――」
「――大丈夫よ」
大急ぎで顔を隠したグレッグと対照的にベルさんはなおも堂々と歩いて街へと入っていく。
廃品を漁っていた人はコチラに気がつくが特に気に留めた様子もなくそれを続けている。ベルさんのいうとおりエルフであることを隠さなくても大丈夫そうだ。
「ど、どんだけ肝が座ってるんだウチの姫様は?」
「まぁ、何度か来てるみたいだし……」
どこか目的の家や人でもいるのだろうか。
とにかくベルさんについていく以外の選択肢がボクらにはないので後を追うことにする。
いくつかの廃墟を抜けて進むと少しだけ小ぎれいな場所に出た。
「ここだけ他と違って綺麗だな」
「うん。ここには人が住んでそうだね」
廃墟からとりあえずで使えるものを集めたのか、張りぼての建物に統一感のない洗濯物が干されている。
「ここで待ってて」と言い残してベルさんは大きめな建物へと一人、入って行った。
「……誰かいるのかな?」
「何だろ?商店的なのならわざわざ俺らを外で待たせないよな?」
「お兄ちゃんたちはエルフなの?」
グレッグと二人、ベルさんを建物の外で待っていると小さな人間の少年に声をかけられる。少年はこの街の住人なのだろう、街と同様にボロボロで汚らしい服装をしていた。
「ボクは人間だよ」と答えるとグレッグは食い気味で「俺もだよ!」とウソをつく。
少年はグレッグのことなど目に入らないのか自らの耳を掴んで「ボクも人間!」と屈託なく笑った。少年はまだ五、六歳とかその辺だろう。
「……君はエルフを見たことあるの?」ボクは少年の目線に合わせてしゃがみ込んで訊いてみる。
「あるよ!エルフのお姫様がっ!ってウソウソ!これは言っちゃダメなやつだから!!」
少年は口の前で手を振りながらどこかへと走り去って行った。
「なんだってんだ今のは?」
「……外の人が珍しいとかかな?ここまではっきりと放棄された街に行商やらが来ることはないだろうし」
ボクの雑な推測に、なるほどなぁとグレッグは納得している。
「しかし住民が半分近く居なくなっただけとは思えない有様だな」
「放棄されたっていうよりは激しい戦闘でもあったのかなってボクも思ってたんだよ」
「今の子どもは何歳くらいなんだ?人間の年齢は見てもわからん」
「年齢?どうだろ?ボクは五、六歳くらいだと思うけど……」
「じゃあアウトラで何かが起きた後に産まれた可能性があるな」
「何の話?」
後ろから不意に声をかけられ振り返ると声の主はベルさんだったが、その横には何やら不審な人が立っていた。
「紹介するね、彼女はピジョン。こっちはハートとグレッグ」
ピジョンと紹介された女性は目深に被ったフードで顔が見えない。名前も恐らく偽名だろう。なぜこんな人を紹介されたのかベルさんの真意がわからない。
ボクとグレッグが怪訝そうな雰囲気を隠しきれずにいるとベルさんはピジョンと呼ばれた女性と二人何も言わずに歩き始めると先程の少年が物陰から現れ「母ちゃん!」とピジョンに抱きついた。
「あっさっきのガキンチョ」と呟いたグレッグにベルさんが「二人ともあの子が普通の子どもに見える?」と聞かれた。
「どういう意味です?」「普通の子どもじゃないんですか?」ボクとグレッグはワケがわからずそう答えるしかなかったがベルさんはボクらの答えに満足そうな表情を浮かべている。
つまりそれって、あの少年は普通の子どもじゃないってことになるんじゃないか……?
ピジョンも顔を隠して偽名だし、もしかして二人とも「……王族とか?」
ボクの思わず出た言葉に場が凍る。
正しくはグレッグ以外の全員が、だ。
「ハハハハ、何言ってんだよ。何がどうしたらこんなところに王族がいるんだ。そもそも人間の王族は王都で暴虐の限りを尽くしてる奴らだろ」
グレッグは「ねぇ姫様?」なんて同意を求めてみるが応答はなく、ようやく凍った空気に気がついた。
「……概ね、正解よ。詳しい話は別の場所でしたいから移動してもいい?」
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