第28話 物騒な話

 「なんか、物騒な話してるけど何の話なんだ?」

 

 グレッグはボクとベルさんの話についていけず困惑している様子だ。

 どうしよう、今わかっていることをグレッグに全て話した方がいいとは思うけど、まずはアウトラへの到着を優先するべきかココで話してから向かうべきか悩むな。


「……」「……」ベルさんと目が合うが渋い顔をしている。どうやら同じようなことを考えているらしい。

 

「あっ、雨だ」

 グレッグの指差した方向を見ると大きな暗い雲がコチラへと流れてきているのが見えた。すぐにでも雨が降りそうだ。

 

「ハート!

「はいっ!」ベルさんの指示に従ってボクは初級土魔法を唱え大量の土を生成した。

 

 ボクの生み出した土をベルさんが成形し簡易的な小屋を作る。この方法で何度も急な雷雨に対応してきたのでもう慣れたものだ。

 未だに出す量の加減は雑なままだが……。


 図らずもボクたちはこの場に足止めされることとなった。こうなったらせっかくなのでグレッグに全て話そうと思う。

 土で作った小屋の中にはこれまた土で作った椅子とテーブルがあり、ボクら三人はそれぞれ座る。

 換気口と窓を兼用した穴から雨の音が聞こえてきた。


「二人が話してたのって……」

 どこから話そうか、なんて考えて黙っているとグレッグが最初に口を開き、言い終わる前にベルさんが「あくまで推測の域を出ないって前提よね?」とボクに確認する。

「はい。ボクもそう思います」と頷き答える。


 二人がボクを見ている。

「まず……記憶を失ったあと目を覚まして、今のボクになってからいくつもの疑問があったんだ。その中でも一番大きな疑問が、『どうして』記憶を失ったのかってことで……」

 さて、どこからどう話せば伝わるかわからないな。

 話しながら考えるしかない……。

 幸い時間は余ってる。


「最初は本当に意味がわからなかったんだ。そもそも普通の田舎の少年に記憶が戻ってるから、『敵』とかそういう存在なんて頭に無かったし」

 

 二人は無言で頷く。

 ボクは長くならないよう気をつけて話を続けていく。

 

「それがベルさんを始めグレッグたち、多くの人に出会って次の疑問に変わったんだ。誰に襲われた?いや……誰がを襲うことが『可能』だったんだって疑問に」


「……そのボクってのは崩剣ってことだよな」

「うん。話に聞いた限りだけど、どうにも崩剣は強すぎてマトモにやりあったら損しかしないと思わない?」

 自分で自分を褒めているようで気持ち悪いけど仕方ない……。


「……たしかにな、最強と言われていた先代の魔王すらいつの間にか倒しちまってたわけだしウワサ通り、いやそれ以上に強かったのは事実なはず……」

 グレッグは唸るようにして考え込んでいる。


「だからボクは『崩剣に近い人』が崩剣と敵対し、辛くも記憶を消すことができた。って考えたんだ」

 

「まぁそう考えるのが自然よね。明らかな他人が崩剣に挑んだところで追い詰められるはずもないし。無謀すぎるもんね」

 ベルさんがボクの言葉をうまく補足してくれている。


 グレッグは少し苦しそうな顔をし「それがアータントを含む勇者パーティってわけか」と呟いた。


 グレッグは勇者を嫌悪しているがアータントには憧れのようなものを抱いているので辛そうだ。


「あくまで推測よね?」

 ベルさんは慰めるようにそう言うがボクはもうほとんど確信に近いものを感じている。

「現魔王は数日前に先代の魔王が崩剣によって倒されたと言っていました。つまりボクが記憶を失ったのは魔王との戦闘後すぐだと考えられます……以上のことから勇者パーティがボクを襲ったと考えるのが妥当かなと思いました。……でももしそうだとするとボクはどうやって彼らの攻撃を回避したのかがわからないんです」

「……」「……」

 二人は何も言わず、悩むように押し黙るのでボクも黙ってさらに考え込む。

 

 この回避方法がわからない内は勇者パーティがボクを襲ったということは仮説にすぎないのだ。

 雨の音だけが響く時間がいくらか過ぎた頃、ボクは空気を少し変えたくなりグレッグに質問した。


「グレッグ、キミは確か勇者パーティは負けてばかりで嫌いっていってたよね?」

「じゃあなんでアータントはいいのかって話か?」

 ボクは無言で頷く。ベルさんは興味なさそうだ。


「アータントが勇者パーティ入りしたのは割りと最近だからな。それこそお前と同時期だったはず」

「つまり勇者パーティがキチンと魔族やらに勝てるようになってからってわけか」

「そういうこと」


「……じゃあその話のついでに聞くけど、ボクの家族が殺された話って――」

 ガタッと音を立ててグレッグが思い切り席を立ち「――大丈夫か?!」と叫んだ。


「……?大丈夫だけど?」

「何、急に?ビックリした……」

 ボクとベルさんはグレッグの行動の意図がわからず困惑してしまう。

「……いや、前に家族の……その話をした時ハートは頭を押さえて苦しそうにしてたので……すみません」

 グレッグは座り直すとベルさんに頭を下げて謝罪している。


 そうか、前は確か頭の中で何か……あれは多分、失った記憶のボクだ。


「もう大丈夫だよ。夢で彼とは話したから」

「……?」「……?」

 ベルさんとグレッグは何いってんだこいつって顔しているがボクも上手く説明できない。


「それより、っていうのも何だけどさ。あの時確かなにか大事な話をしてたと思うんだ」

「本当に大丈夫なのか?まぁお前がイイならいいんだけど……。うーん大事な話?あの時は確か……」

 ボクとグレッグはベルさんにもわかるよう、あの日、エン婆の家での出来事を振り返った。


「……家族が、そんな……」とベルさんは知らなかったようでショックを受けていた。

 ボクもすごくショックだったがすぐに立ち直れたのはきっと、記憶としては失っているが頭のどこかに体験として残っていたからショックが薄まっていたからだと思う。


 ……エン婆の家での会話を振り返り終えた後、グレッグがハーブティーを淹れてくれた。といっても道具も材料も全てベルさんのものだが。


「……そういえば確かに、ウワサの崩剣とハートはだいぶイメージが違うわね」とベルさんが不思議そうにコチラを覗き込んでくる。ボクは恥ずかしくて仰け反るようにした。


「……やっぱりイメージと違うよね」

 ベルさんはワザと顔を近づけてボクの反応を見ようとしていたのか。

 

「それは、ほら色々あって大人になったとかあるんじゃないですかね?」

 ボクは少し熱くなった頬に気づかれないよう顔を逸らしたまま言い訳がましくそういった。

 

「違うんだよ、ハート。近年の崩剣は土人形ゴーレムみたいに無口で無表情でまるで感情のが見えない、人じゃないナニカになったってウワサがあるんだ」

「……え?なにそれ?……どういうこと?」

 ボクは言われた言葉の意味がわからず頭の中を滑ってしまう。

  

「仮に、それがウワサじゃなかったら……魔術師団に最年少で入団した、レヴィ=アータントなら可能ね」


 ベルさんの言葉にグレッグは驚き目を丸くしているがボクは「さっき移動魔法出会った人がアータントさんなら確かにやりかねません。そんな敵意を感じました」とこぼした。


「つまり、アータントや勇者はあなたを魔法で傀儡にして数年間操り、魔族や魔獣なんかと戦わせ、魔王との戦いに利用したあと、用済みになって殺そうとしたけど逃げられて今に至る……可能性があるわね」


 ベルさんはずいぶんと彼女らしくない強い表現で断定したことにボクは少しだけ違和感を感じた。

 が、それ以上に、崩剣として生きてきたの壮絶で残酷な人生に対する憐れみのようなものが勝っていた。


 だから夢の中で……彼は過去を思い出すなと、幸せに生きろと言ったのか。


「……もしそうなら、勇者たちの傀儡になっていたのなら、なぜ殺す必要があるんですか?!最強の武器として手元に残しておくでしょ普通!」

 グレッグは熱くなっているが言っていることは極めて冷静だ。確かにそこまでする理由が見当たらない。

 リスクと引き換えの天秤に何を乗せたんだ?


「……ダメだ思いつかない!」

 グレッグはそう言って立ち上がると外の空気吸ってくる。といって出て行った。雨は止んだらしい。

 ベルさんの方を見ると「私はいいや」と言われたのでボクはグレッグの後をついて外へ出た。


 雨のおかげで過ごしやすい気温になっていた。


「なんか、うまく言えねぇんだけど……あんま気にすんなよ?」

 グレッグは横に立ったボクの肩を叩いて励ましてくれる。そんなに落ち込んでいるように見えたのか?と思ったが普通こんな話落ち込むか。と思い直した。


「忘れているけど経験したことがあるからかな、あんまショックじゃないんだ。知ってる話ってわけじゃないけど知らない話でもないっていうかさ。ボクもうまく言えないや」


「そういうもんなのか……まぁとにかく、一人じゃないんだ、抱え込んだりするなよ?」

「ありがとう」

 グレッグにお礼というと後ろで大きな音が聞こえできたので振り返るとベルさんが土の小屋を壊していた。


「とりあえずアウトラに向かうか?」グレッグは前を向いたままコチラへ訊ねてくる。


 「勇者パーティは魔法で崩剣を操り人形にしたにもかかわらず何故殺そうとしたのか。崩剣は操り人形だったはずなのに何故、今こうして生きているのか……この二つがわからないな……」


「ここで悩んでいてもわからないでしょ?」


 後片付けを済ませたベルさんが手についた土を払いながら声をかけてきた。

「……じゃあ向かいますか」

「おう!」「うん」


 ボクらはそれから半日足らずの道を進みアウトラにたどり着いた。

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